女性嫌悪・ハラスメントの問題を“妖怪目線“で描く『妖怪シェアハウス』の秀逸さ

2022.6.18
(C)2022 映画「妖怪シェアハウス」製作委員会

文=バフィー吉川 編集=菅原史稀


現代社会の生きづらさを風刺する社会派作品『妖怪シェアハウス』

2020年9月度にギャラクシー賞を獲得したドラマ『妖怪シェアハウス』をご存じだろうか? 土曜の深夜枠のドラマということもあって、完全にノーマークだったという人も多いはず。

妖怪をテーマに扱っていながら見た目がかなりポップであるし、また近年は妖怪のドラマや映画作品で評価の高い作品が圧倒的に少ないことから、手を出すか迷った人も少なくはないだろう。初め、筆者が観るか否かを迷ったのもそういう理由からだった。

(c)2022 映画「妖怪シェアハウス」製作委員会

しかし本作が内包するのは、今の日本が抱えている社会問題そのもの。ジェンダーやフェミニズムにまつわるトピックや、現代社会の生きづらさ、そして時には「自分らしさ」とはなんなのか「幸せ」とは何かと、哲学的な問いを投げかける社会風刺ドラマでもあったのだ。

その劇場版となる『映画 妖怪シェアハウス—白馬の王子様じゃないん怪—』が、6月17日から全国公開される。

『四谷怪談』お岩さんの姿に映し出される、江戸時代からつづくミソジニーの価値観

小芝風花演じるのは、鹿児島県・喜界島から上京した主人公の目黒澪。平和な環境で育ったこともあって、人を疑うこともなければ警戒心もないため、いつも男に騙されてはまわりからはバカにされている、といった人物像だ。

(c)2022 映画「妖怪シェアハウス」製作委員会

本作はまず、劇中に登場する妖怪のチョイスがよく考えられている。

たとえば松本まりか演じる『四谷怪談』のお岩さんは、『東海道四谷怪談』(1959)や『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(1994)など、何度も映画化やドラマ化された有名な幽霊だが、実は夫に裏切られて自殺に追い込まれたという悲しい背景を持つ。つまり、男に尽くしたあげく裏切られた女性の象徴のような幽霊なのだ。だからこそ本作では、男運の悪過ぎる澪のことが気になってしまう、強い母性の持ち主として描かれている。

しかし私たちのお岩さんに対する認識は、“怖い存在”としてのみに留まっていないだろうか? 映画などの影響も強いだろうし、お化け屋敷などでもそういったイメージが定着している。『四谷怪談』の物語としては、明らかにお岩さんではなく男側に問題があるのだが、それでも“嫉妬に狂った女性”の幽霊のようなイメージになってしまったのは、江戸時代にもあった女性蔑視の価値観が反映されているという説もある。

本作では、江戸時代から令和まで女性蔑視の価値観が存在しつづけているという実態を、伝統的な怪談の登場人物を通じて伝えているのだ。

また主人公・澪が出版社で働いているという本作の設定により、エンタメ業界に蔓延(はびこ)るハラスメントの問題も滲ませている。上司が権力を利用し、部下の権利を侵害するパワハラ・セクハラ・モラハラのハラスメント地獄。それを断れば仕事をクビになるかもしれないという不安から、被害を訴えられずにつづいていく負の連鎖。

近年では園子温や榊英雄などの加害も告発されているだけに、この問題をエンタメ作品に落とし込む意味は大きいと見られるだろう。

幽霊や妖怪たちは、単純に人間を脅かしたりいたずらをしたりするだけだが、どうして人間は、こんなにも複雑で同じ人類同士で傷つけ合うのだろう。本作を観ていると、そんな気持ちが湧き起こってくる。そしてむしろ妖怪のほうが人間よりもよっぽど“人間としてあるべき姿”として描かれているあたりも、皮肉が効いている。

(c)2022 映画「妖怪シェアハウス」製作委員会

ドラマ版よりも深まった哲学的まなざしに注目

ドラマ版では、悪事を働く人間が敵として描かれてきた『妖怪シェアハウス』(シーズン1)に対し、『妖怪シェアハウス-帰ってきたん怪-』(シーズン2)では闇落ちし、凶悪化した妖怪が敵として澪たちを苦しめるという変化が見られた。そして妖怪たちが闇落ちした理由として、人間社会に長く居過ぎたことで純粋な気持ちを忘れ、いつしか欲や権力、そしてそれを維持するストレスにつけ込まれてしまったことが原因だった。ここでは、人間も妖怪も、この不条理な世界では自分を見失ってしまうというメタファーが表されている。

(c)2022 映画「妖怪シェアハウス」製作委員会

一方映画版では、AIで理想の恋人を作るアプリが大流行する様子が描かれる。人間たちがどんどんAI恋人に夢中になることで、リアルな恋人であれば必要とされる駆け引きが不要となり、ケンカもなければ、嫉妬心や独占欲、関係のもつれによる憎しみといった感情も芽生えない。その結果、その結果、清らかな心のままで雑念のないツルツル人間が増えつづけているという事態に。

一見平和に見えるこの光景、しかし人間が欲を持たなくなるということ、執着しなくなるということは果たしてよいことなのだろうか? AIにとっては、「欲」などという感情は、最も無駄で争いを生む非合理的なものだと判断してしまうだろう。

人間が生きる意味とは、価値とは、喜びとは……。ドラマ版でも哲学的な題材は扱っていたものの、人間にとっての究極の問い、仏教の「四苦八苦」を落とし込んでいるのが映画版だといえよう。

妖怪たちのユルいかけ合いはドラマ版に引きつづき、アリ・アスターの『ミッドサマー』と、世界一ダサいPVとして話題になったArmi and Dannyの「I Want To Love You Tender」を組み合わせた痛々しいミュージカル・シーンを加えるなど、しっかりバカもやってくれているからこそ、説教臭くも宗教臭くもなく、等身大の物語として受け止めることができる。

的を射た社会風刺とおバカの絶妙なバランスが本作の魅力であり、映画版は、その集大成といったところだ。

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