燃え殻『それでも日々はつづくから』に感じた「マウントなんか取ってたまるか」という意思と意志
小説家デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』が森山未來&伊藤沙莉の主演でNetflixから映画化され、マンガ&ドラマ原作の執筆、ラジオレギュラーなど複数ジャンルを横断する活動を含め、今、最も注目すべき物書きのひとり、燃え殻。彼の最新エッセイ集『それでも日々はつづくから』が4月27日に刊行された。
ライターの相田冬二は、この本を「2軒目、3軒目まで、話のおもしろい人と飲んだ。そんな一夜に似ている」と評し、この本から「【これは書かないぞ】が、確かにある。その意思と意志」を感じたという──。
完成度をあえて高くしない完成度
ひと晩で読了してしまった。
本を読むのはかなり苦手なほうなので、異例。というか、人生初かもしれない。
燃え殻さん(と、つい呼びたくなる)が週刊誌で連載していることは知っていたが、一度も読んだことがなかった。だから、どの回にも新鮮な気持ちで接した。
連載開始当初は、少し硬い。というか、かしこまっている。それが回を追うごとに、ほぐれていく。読んでいると、どんどん燃え殻さんとお近づきになっていくような感覚が生まれ、その一方的な親近感が心地よく、最後まで読んでしまった感じ。2軒目、3軒目まで、話のおもしろい人と飲んだ。そんな一夜に似ている。
完成度をあえて高くしない完成度というものが燃え殻さんの文章にはあって、それは読み手のことを考えているからなのだと思う。完成度の高い、超然とした文章は疲れる。説教されている気分にもなる。すごいけど、めんどくさくなる。
緻密な構成を感じる文章もあるが、「どうだ!」感は皆無。それは、燃え殻さんが書き手として、交通と交流の狭間にあるものを大切にしているからなのではないだろうか。
話のおもしろい人の話を聴いているとき、私たちは漫然とはしていない。自分の相づちに血が通っていることを感じている。聴く側の前向きさが、おもしろい話をさらにおもしろくすること。一方通行ではない、コミュニケーション。読んでいて、佳い相づりを打ちたくなる。だから、燃え殻さんのことをもっと知りたくなる。
この本は、随筆ともエッセイとも違うが、実体験ならびに最近の出来事を綴っているという意味では、その系統に属する。日記というほどルール化されているものではないし、雑感というほど曖昧なものでもない。燃え殻さんならではの実感みたいなものが、押しつけがましくない風情で揺らめいている。抽象的ではない。具体的だ。が、押しつける厳しさがない。だから、次、次、と読みたくなる。いいな。
“何を書かなかったか”に文章の本質がある
実体験を綴るとき、人はマウントを取りがちだ。SNSなんて、幸福にせよ不幸にせよ、全部【人生自慢】である。誰も、その人の人生を体験することはできないのだから、体験談の類は、初めからすべて優勝だ。あとは、愛らしく見せるセンスか、自虐を極める芸風か、うんちくをお役立ち情報に転換する合理性などがあれば、自己承認欲求はそれなりに満たされる。
燃え殻さんは、これをやらない。
自分の体験を書く。雑念も書く。記憶と戯れてみたりもする。不平不満も言う。嫌だなぁと思う人の傾向をちゃんと記したりもする。
しかし、マウントを取らないのだ。
自分が自分だけの人生を生きていることを盾にしてマウントを取ったり絶対にしない。限りなく個人情報に近いことも、時々綴る。だが、けっして露悪的にはならない。露悪も結局、マウントを取ることと大差ないのだ。ネガティブなことを綴れば綴るほど、「どうだ!すごいだろ」に近づく。露悪に漂う、あの嫌な感じがない。
それは、性格といえるかもしれないが、筆力だと思う。書き手の性格が文章に嫌味なく反映している状態こそが、筆力を証明する。
オチはあったり、なかったりするが、別に「うまくいった!」とか「うまくいかなかった!」とかいうこともない。文章同士にヒエラルキーがなく、オチがあってもなくても、余韻は一緒だ。
流れるように複数のエピソードが連なるときもあるし、ひとつのネタに終始するときもある。だが、どっちが濃いとか、どっちが薄いということもない。全部、公平だ。生きているということは、全部公平で、何が上で、何が下、ということもない。
文章は、何を書いたか、ではなく、何を書かなかったか、に本質がある。
燃え殻さんは、物事の比較をやらない。それを強弁など一切しないが、【これは書かないぞ】が、確かにある。その意思と意志を感じる。
自分の身に起きたことたちを、較べない。もちろん、誰かに自慢もしない。マウントなんか取ってたまるか。
なぜなら「それでも日々はつづくから」だ。
【関連】燃え殻が語る、フラッシュバック物語術「いつだって、思い出は途中から始まり、人間関係は途中で終わる」
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