「日の丸」を撮りながら考えたこと(TBSドラマ制作部・佐井大紀)

2022.2.28
『日の丸~それは今なのかもしれない~』より (c)TBSテレビ

文=佐井大紀 編集=森田真規


寺山修司が構成を担当し、TBSドキュメンタリー史上「最大の問題作」と呼ばれた作品──それが街頭インタビューのみで構成された番組『日の丸』である。

「日の丸の赤は何を意味していますか?」
「あなたに外国人の友達はいますか?」
「もし戦争になったらその人と戦えますか?」

1967年2月に放送されたこの番組は、放送直後に“マイクの暴力”と講義が殺到し、閣議でも問題視されるなど波紋を呼んだ。

そして2022年2月13日、この「日の丸」インタビューを再現した番組『日の丸 それは今なのかもしれない’22』が放送された。監督したのは、TBSドラマ制作部に所属する1994年生まれの佐井大紀氏だ。彼はなぜ今「日の丸」を撮ろうと思ったのか──。


1967年と2022年という時代の運命的な類似

「まっかに燃えた太陽だから 真夏の海は恋の季節なの」
(「真赤な太陽」作詞:吉岡治)

美空ひばりのこんな歌が流行った1967年、日本で初めて「建国記念の日」が施行された。その2日前である2月9日、TBSであるドキュメンタリー番組が放送される。「日の丸の赤は何を意味していると思いますか?」「祖国と家庭、どちらを愛していますか?」「あなたに外国人の友達はいますか? もし戦争になったらその人と戦えますか?」そんな挑発的な質問を、素人の女子大生が街ゆく人々に次々とインタビューしていく。

その名も……『日の丸』。

日の丸~それは今なのかもしれない~』より (c)TBSテレビ
1967年放送のドキュメンタリー番組/『日の丸~それは今なのかもしれない~』より (c)TBSテレビ

放送直後から“マイクの暴力”として抗議が殺到、閣議でも偏向番組、国旗への侮辱として問題視され、郵政省電波管理局がTBSを調査するに至った曰くつきの番組である。

ドキュメンタリー番組『日の丸』が“まっかに燃えた”1967年、それは東京オリンピック開催の3年後。また3年後の1970年には「人類の進歩と調和」をテーマに掲げた大阪万博を控える、高度経済成長期の真っただ中だった。2022年もまた、前年には東京オリンピックを開催し、3年後の2025年には大阪万博を控えている。60年代当時ベトナム戦争という不安が世界を覆っていたように、近年はコロナパンデミックの猛威が世界中を脅かしつづけている。

このように、1967年と2022年という時代は運命的に類似しているといった暗示にかけられた私は、今こそ『日の丸』を試みる意義があるのだと妙な確信を得てしまったのだ。私は自ら街に飛び出しこの「日の丸」インタビューを再現、ふたつの時代を対比させて「日本」や「日本人」の姿を浮かび上がらせようとした。それが、今回私が監督したドキュメンタリー映画『日の丸~それは今なのかもしれない~』が生まれた経緯である。

すべてのドキュメンタリストは、自らが矢面に立つべきである

「日本」とは何か? 「日本人」とは何か? そんなあまりに大きく曖昧な問いの答えを、果たしてどのように導き出せばよいのか? 街中やSNSでインタビューに答えてくれた人々の声、声、声……その声をどう拾い上げていくべきなのか? この作品の制作過程で私は、ドキュメンタリーが持つふたつの大前提を痛感させられた。「ドキュメンタリーが描く“事実”の曖昧さ」そして「制作者の加害性」、このふたつである。

そもそもドキュメンタリーとは、“ありのままの事実”ではなく、“選択された事実の集積”でしかない。しかし我々は、ドキュメンタリーの“フィクションではない”という側面にばかり注意を奪われ、ドキュメンタリーとはそもそも制作者の意図によって構成・撮影・編集されたひとつの作品であることをうっかり忘れてしまうことがある。

街頭インタビュー/『日の丸~それは今なのかもしれない~』より (c)TBSテレビ
街頭インタビュー/『日の丸~それは今なのかもしれない~』より (c)TBSテレビ

確かに政治や社会問題を扱ったドキュメンタリーの中には、極めて努めて公平な立場に立とうとする作品も存在するだろう。しかしそれはドキュメンタリーというより、毒にも薬にもならない、ただの情報の羅列になってしまう場合もないだろうか? 今回、仮にそのスタンスで制作に臨んで、ただでさえ曖昧な「日本」とは何か?「日本人」とは何か?という答えを導き出そうものなら、もう5分と観ていられない代物になっていたと思う。

1967年放送版の街頭インタビュー/『日の丸~それは今なのかもしれない~』より (c)TBSテレビ
1967年放送版の街頭インタビュー/『日の丸~それは今なのかもしれない~』より (c)TBSテレビ

私=佐井大紀という個人から、観る者に対して直接「日の丸」について訴えかけていく、作品の目線をそのように設定しないことには届くものも届かないと考え、私は自分自身を前面に押し出す構成方針に振り切ることにした。

このとき浮かび上がってくるのが、「制作者の加害性」という問題だ。

たとえばあなたが職場や学校で、知人のAさんから「Bさんって人は少し難しいところがあるんだよ」と言われたとする。そのときあなたは、Aさんのことを信頼していようが苦手に感じていようが、まだ実際には会ったことも話したこともないBさんに対して、何かしらの印象を抱かざるを得ない。

ドキュメンタリーとは良くも悪くも、このちょっとした告げ口のような側面を持ち合わせている。そのAさん、つまり取材対象者に対しての加害性を意識しないでドキュメンタリーを完成させた者は、常識的な倫理観を持ち得ない狂人か、安全地帯であぐらをかいた小心者のふたつにひとつである。そして同時に、制作者と取材対象者のやりとりにおける緊張感は、そのドキュメンタリー作品のひとつの見どころとなる。お客様が反応を示すのは“事実の説明”以上に、“感情の衝突”なのではないだろうか。

本作を監督した佐井大紀/『日の丸~それは今なのかもしれない~』より (c)TBSテレビ
本作を監督した佐井大紀/『日の丸~それは今なのかもしれない~』より (c)TBSテレビ

そのようなことを踏まえ、私はこの作品の特に前半部分、意識的に自らの加害性を強調した。協力してくれた取材対象者の回答に対して違和感や拒否感を覚える視聴者もいるかもしれない。しかしあなたがその感情を抱く対象は本来、カメラの前で話しているその人ではなく、その事実を意識的に選択した、つまりこのドキュメンタリーを制作した私であるべきだ。そしてすべてのドキュメンタリストは、自分の取材に応じてくれた人々のために、誰よりもまず自らが矢面に立つべきである。

この文章を書いた8日後の2022年2月13日、『日の丸 それは今なのかもしれない’22』は放送された。

『日の丸~それは今なのかもしれない~』予告

寺山修司と萩元晴彦が55年前に仕かけた時限爆弾

以下は、放送の2日後2月15日の記述である。

「まっかに燃えた太陽だから 真夏の海は恋の季節なの」
(前掲)

本作は『日の丸 それは今なのかもしれない’22』と題して、去る2月13日(日)深夜1時にテレビ短縮版がオンエアされた。放送中および直後、線香花火程度には燃えていた。ネガティブな反応の多くは主にふたつに分類された。

「これは特定の思想を流布しようとするプロパガンダ番組だ」というものと、「インタビュアーの取材方法が強引で不愉快」というものである。この反応は1967年当時TBSに届いた抗議の電話とほぼ同じ内容である。さらに自分でも驚いているのは、このふたつの反応が、私がドキュメンタリーの大前提として痛感させられたふたつの事柄、「ドキュメンタリーが描く“事実”の曖昧さ」、そして「制作者の加害性」に紐づいているということである。

本作の後半は、1967年版『日の丸』および本作の演出意図について解説する構成となっていて、前半部分の“不愉快な”インタビューの方法や日の丸に関する質問の背景についても、当時の構成・寺山修司、ディレクター・萩元晴彦の発言に触れてその意図を説明している。さらに3月18日から公開される映画拡大版では、テレビ版に比べてこの後半部分をさらに分厚く構成した。『日の丸』以降の寺山修司の作品にも触れ、彼が「国家」というものをどのように捉えていたのか、ひとつの答えを見つけ出そうとした。

映画『日の丸~それは今なのかもしれない~』は、日本や日本人に対して考えを巡らすだけでなく、“ドキュメンタリーとは何か”というテーマについても考えさせられる、寺山修司と萩元晴彦が55年前に仕かけた時限爆弾のような作品となった。このパンドラの箱を開けるか、開けないのか……。私は劇場の暗闇の中で、あなたと出会えることを待ち望んでいる。

『日の丸~それは今なのかもしれない~』は、『TBSドキュメンタリー映画祭 2022』(3月18日(金)〜3月24日(木)ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催ほか全国順次開催)にて上映。またテレビ短縮版『日の丸 それは今なのかもしれない’22』(ドキュメンタリー解放区)は、3月6日(日)までTVerで配信中。

『TBSドキュメンタリー映画祭 2022』予告

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  • 『TBSドキュメンタリー映画祭 2022』

    『TBSドキュメンタリー映画祭 2022』

    2022年3月18日(金)~3月24日(木)ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催ほか全国順次公開
    (c)TBSテレビ

    『日の丸~それは今なのかもしれない~』(監督:佐井大紀)
    TBSドキュメンタリー史上、最大の問題作と呼ばれた作品がある。1967年2月放送、街頭インタビューのみで構成された番組『日の丸』。「日の丸の赤は何を意味していますか?」「あなたに外国人の友達はいますか?」「もし戦争になったらその人と戦えますか?」放送当時に閣議で問題視され、長年タブーとされてきた本作が現代に甦る。2022年と1967年、ふたつの時代の『日の丸』インタビューの対比を中心に、「日本」の姿を浮かび上がらせていく。

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佐井大紀

(さい・だいき)1994年4月9日生まれ、神奈川県出身。2017年TBS入社。ドラマ制作部所属、助監督、アシスタントプロデューサーとして連続ドラマに携わる傍ら、2021年9月には企画・プロデュースした朗読劇『湯布院奇行』が新国立劇場・中劇場で上演された。ほかにもラジオドラマの原作や文芸誌『群像』への..

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