『SIZUKO! QUEEN OF BOOGIE』 ~ハイヒールとつけまつげ~』:PR

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「猛暑日のウルトラライトダウン」【前編】

2025.7.29
九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

文=九条ジョー 撮影=山口こすも


昭和の戦前戦後を駆け抜けた歌手・笠置シヅ子の半生を歌と芝居、そして迫力ある生バンドの演奏で描いた舞台『「SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE」~ハイヒールとつけまつげ~』が、8月1日(金)からIMM THEATERで上演される。2019年に大阪で初演以来、5年8カ月ぶり2度目の再演となる本作では、前回から引き続き神野美伽が主人公・笠置シヅ子を演じる。

普段はお笑い芸人として活動する九条ジョーも、今回より本作に出演。パワフルな共演者や演出の白井晃氏らとともに稽古する日々を綴る。

7月6日 また別の人間を演じる日々が始まる

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記
九条ジョー(くじょう・じょー)

曇り。稽古初日。顔合わせの日。

また別の人間を演じる日々が始まった。

普段から九条ジョーという
別の人格を演じている本当のボクに、
更に別の人格を覆い被せて暮らすことになる。
人格のマトリョーシカ。多重人格ではなく。複重人格。

お笑いと兼業しながら俳優の仕事を始める事になり、
色々な作品に携わって別の人格を上書きしていく度に、
本当の自分がどんな人間だったのか
分からなくなっていた。

今回の作品は、細かい配役を含めると4種類の人間を
演じなければならない。

それぞれの配役に選出された俳優には
それぞれの配役に選出された意味がある。
それを監督や演出家の言葉や指示から感じ取り、
本番までに答えを見つけ出さなければならない。

数学の問題や社会のルールのように
決まりきった答えがある訳でもなく、
それを毎日ただ闇雲に役を演じながら
踠き苦しんで答え合わせをするしかない。

それに比べるとお笑いは
ウケたかどうかという答えが毎回返って来る。
それが自らの自尊心を保つ為の常備薬であり、
それがないとボクは枯れ果ててしまう。

暫く続くであろう禁断症状に蓋をして、
期待と不安を一番内側の人間に閉じ込めながら
自転車に跨がって稽古場へ向かった。

稽古場に到着して暫くすると、
続々と出演者や制作の面々が机を取り囲み、
定時になって顔合わせの挨拶が始まった。

今回出演される俳優さんは6年前に
同じお芝居が大阪で敢行された時に顔を合わせており、
ボクと加藤虎ノ介さんだけが
初めてこの作品に携わる事になっていた。

出演者の全員が順番に挨拶をする流れになり、
普段から使い慣れている九条ジョーの佇まいを
纏いながら何個かボケを挟みつつ、
作品に対する意気込みを伝えて初回の挨拶をした。

道化を演じる事によって何かをやらかしたとしても
許して貰えるようにするという
ズル賢いボクの常套手段だ。

そこまで受け入れられている気はしなかったが、
今更引き下がる事は出来ないと思ったので
そのまま挨拶を終わらせて席に着いた。

最後に演出家の白井晃先生が
今回のお芝居についての内容と
意気込みを伝える為に椅子から立ち上がった。

ジャケットの内側にベストを誂えていると思っていたのだが、
白井さんはユニクロのウルトラライトダウンを着ていた。

ユ、ユニクロのウルトラライトダウン……!?

この日は東京が初めて猛暑日になった日だった。

ボクが毎年2月前半に自転車移動の時だけに着る
ユニクロのウルトラライトダウンを
演出家である白井晃大先生は
8月の猛暑日にお着に召されていた。

か……かまされているのか……!?

ボク等はかまされているのか……!?

ウルトラライトダウンを纏いながら
作品に対する熱い想いや内容を
汗水一つ垂らさずに淡々とお話されている。

ウソだろ……!

演出家にまで上り詰めると季節はなくなるのか……!

いや違う!
きっと何か別のメッセージをボク等に演出している筈だ!

色々な策略や思惑が頭に過ぎっては消えていく。

作品に対して熱くお話しされているにも関わらず、
何も言葉が入って来なくなっていた。

この猛暑日に私のウルトラライトダウンでも見て
少しでも冬を感じて涼んでくれというメッセージなのか!

いや違う!

それともオレのウルトラライトダウンを脱がせる程の
熱い演技をやってみろというメッセージなのか!

いやこれも違う!

さては自宅から稽古場まで続く
専用の涼しい地下通路をお持ちなのか!

これも違う気がする!

分からない……。
どれだけ考えあぐねても
白井さんの意図が読み取れない……。

考えても答えが見つからないので、
今すぐ結論を出すのはやめておく事にした。

それは稽古を重ねる内に分かっていく事になると思うし、
ボクもボクのままボクなりに
ボクに出来ることをこれから体現していくしかない。

やってやる……。絶対にやってやるんだ……。

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

7月7日 聖母のボタンアメ

曇り。稽古2日目。

自転車で稽古場に向かっている最中に
突然雨が降り始めた。
雨でコンクリートが色濃くなっていくにつれて、
ボクの心も不安で黒く染まっていった。

この日からいきなり立ち稽古が始まった。
第一幕の最初のシーンから順番に、
ハイペース且つ高度な掛け合いの繰り返しに
心と身体が付いて行くのに必死だった。

お芝居を経験するのはこれで4回目だが、
演出家の采配によって稽古内容は全然違う。

ボク以外の出演者のセリフを覚えるスピードと
役を乗りこなした振る舞いに恐れ慄いた。

ボクだけが。
まだボクのまま演技をしていた。

焦りと緊張に蓋をして何時間も続く稽古に奮闘した。

合間の休憩時間に鈴木杏樹さんから
ボンタンアメのパイナップル味を頂いた。
見慣れたパッケージに
見慣れないパイナップルの輪切りが描かれていて、
それに勘違いした俳優陣全員から
度々沖縄旅行に行ったのか聞かれていたが、
Amazonで購入しただけらしい。

ボンタンアメの原材料にはもち米が入っていて、
それがどうやら長丁場になる舞台の
制尿作用に繋がるらしい。

杏樹さんは稽古場に居る人全員に
分け隔てなく接するタイプで、
優しい笑顔と楽しい会話で現場の空気を和ませていたが、
それでいてどこか全てを達観して
生きているような印象を抱いた。

慈愛。敬愛。博愛。

ガンジーやマザー・テレサの境地にまで
辿り着かないと醸し出せない風格のような、
人を損得で勘定しない、
対峙した生きとし生けるもの全てに
平等に接する事を決めた聖母マリアのようなお人である。

それが、この世界を渡り歩いてきた人間の証であり、
そうまでしないとこの世界では
生き永らえないのかもしれない。

そしてそれが。
この世界で杏樹さんがボンタンアメと同じ
ロングセラーになった理由なんだと思った。

同じような振る舞いが出来ないボクは。
これから死ぬまでこの業界で存在出来るのだろうか。

一粒だけ食べてみようと思い、
稽古の合間を狙って口に放り込んだ。
まだ馴染めていない環境と空間のせいか、
何度噛んでも味がしなかった。

杏樹さんに気を遣わせても悪いので、
この味の方が好きですと嘘を付いて
その場をやり過ごした。

聖母マリアにはボクの嘘など全てお見通しで
見透かされてるような気がしたが、
持ち前のアルカイックスマイルで
ボクを逃がしてくれた。

稽古が終わってから、
新宿にある吉本本社の会議室に駆け込み、
前回の大阪公演の映像を見る事にした。

今回ボクが演じる事になった配役を
別の大御所俳優さんが軽快に演じ切っていた。
途中で怖くなって見るのを辞めてしまった。

ボクだけの。ボクにしか出来ない。
ボクならではの演技を。

与えられた役柄に向き合って演じる事を心に決めて
朝が来るまで何度もセリフを叩き込んだ。

7月8日 イケオジの可愛い一面

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

晴れ。稽古3日目。

杏樹さんから出演者全員に
1箱ずつ配られたパイナップル味のボンタンアメを
加藤虎ノ介さんがその日の稽古中に全て平らげていた。

あんなに制尿作用があると聞いたのに
一番トイレに行っていた。
しかも加藤さんはこのタイミングで禁煙を始めた。
意味が分からなかった。

口が寂しいのか定期的にケータリングのお菓子を
頬張りながら真剣に台本を読み込んでいる。
可愛い……。
これがパパ活をする女子の気持ちなのか……。

それでいて、
いざ稽古が始まるとギラついた目と表情で
役を乗りこなしている……。
イ、イケオジ過ぎる……。

仕事は出来るのに職場にわざと遅刻ギリギリに現れて
みんなからイジられて後輩を立てるタイプだ。

飲み会で1杯目にとりあえずビールを
頼まないといけない空気感に、
自ら率先して1杯目にカルーアミルクを頼み、
男子から総ツッコミを受けつつ、
女の子には無理してお酒を飲まさせない
あのタイプだ……。

二次会のカラオケでもきっと、
オジサン世代の歌を歌いたいところを、
無理してKing Gnuなんかを歌ったりして
他の人が歌い易い空気に変えるあのタイプだ……。

本当は歌が上手いのにだ。
本当は高音の部分も裏声で歌えるのに、
わざと音程を外してその場を和ませるアレだ……。

そのくせお会計は全部払いつつ、
いい感じになってる部下の社員同士を
くっつけさせるアレ。

オレはもう遊びきったからと
後輩を立ててモテさせるアレだ。

ボクは知っている。
それを出来る人が一番人に優しいし、
一番人の事を気にしている。
誰にでも出来る事ではない。

渋さと可愛さを兼ね備えている。

きっと禁煙を始めたのも、
男だけが集まって徒党を組む事に反旗を翻して、
神野さんと杏樹さんに不安な思いをさせたくないからだ。

男女共同参画社会基本法はきっと、
加藤さんのような人間が作り上げたに違いない。

稽古がピリつき出した時にも、
本当はタバコを吸いたい所を我慢して、
禁煙のせいで無理して食べている煎餅をワザと床に溢し、
杏樹さんの犯人見つけたという言葉に対して
テヘヘと照れる事で周りを和ませているこの空気感。

ありがとうございます……。

ありがとうございます……。

本来ボクがしなければならない立ち回りを
率先してやって下さっている。

感謝感激雨嵐。台風霧晴れ海モーゼ割れ。

台本を追うのに精一杯になっている
ボクを庇って道化を演じている。

暫くは芝居以外のその配役を加藤さんに任せて
自分の仕事を全うしようと思った。

少人数のお芝居ながら。
このメンバーが集まった意味が
少しだけ分かったような気がした。

ボクも加藤さんのようなイケオジになりたいと思った。

そうして食らいつきながら
第一幕の通し稽古を終わらせて自宅へ帰って来た。

ボクの中にはまだ。
どの配役も存在していなかった。

7月9日 神野さんからの金言

晴れ。稽古4日目。

稽古を通して出演者の人となりを徐々に知っていく中で、
神野美伽さんだけがセリフの量も格段に多く、
歌の出番もあるので舞台上に出突っ張りになってしまい、
稽古期間中においても会話をする機会が殆どなかった。

勿論主演であるし、
集められたボクらは神野さんが織りなす歌と演技に
出てくる回想の登場人物であり、
神野さんにどれだけ寄り添えるかが
今回のお芝居のカギになっていると思った。

そんな中、
今日は稽古前に婦人公論さんの取材が入っていた。
稽古が始まる1時間前に稽古場に到着して、
ボクと神野さん2人だけで取材に応じた。

この時に気が付いた。
神野さんはいつも、
どの出演者よりも早く稽古場に入り、
セリフの練習や歌のリハーサルをしていた。
神野さんの仕事に対するプロ意識の高さに感服した。

顔合わせの日からこの日記を書き終えるまで。
結局、毎日神野さんが一番乗りで稽古場に来ていた。

休憩時間も少なく、
その時間ですら毎回喫煙所に
立て籠もってしまう事もあり、
取材を通しながら神野さんの
人となりを少しだけ知る事が出来た。

還暦を迎えられる事や、
最近になって再婚をされた事。
記者の方を交えながら
他愛も無い話も含めて色々お話しさせて頂いた。

その中で、
会話の流れで結婚について話し合う事になった。
「自分を幸せに出来ていないのに
他人を幸せに出来る訳がない」
そんなボクの言葉に対して神野さんから、
「アナタが幸せにしようとするではなく、
アナタが幸せになって欲しいと思えるかが大事」
という金言を頂いた。

齢30と少しの人生の中で、
自分より幸せになって欲しいと思える人と
出会えていたのだろうか。

今まで経験してきた恋愛は全て
自分本意で考えていただけに過ぎないような気がした。

60歳に近くなっても。出会いは待っていた。

今のワタシが一番幸せ。

背中から抱きしめられるような
言葉の数々に心が少しだけ楽になった。

ボクが死ぬまでに。
そんな思いを抱けるような人が現れるのだろうか。

取材が終わってからまたすぐに通し稽古が始まった。

セリフが全て入った状態で
何度も繰り返される同じシーンの練習に、
細かい仕草や表情、
体の向きや場所の指定が積み重なって
台本のメモがどんどん増えていった。

白井さんがディテールに拘って追加の演出を足す度に、
それぞれのシーンが彩りを持って輝き出していた。

稽古が終わってから
自転車で新宿の吉本本社へ向かっている途中、
幡ヶ谷の駅前に置かれている
散らかったゴミ袋を漁っているネズミとカラスが
こちらを見て笑っているような気がした。

『SIZUKO! QUEEN OF BOOGIE』 ~ハイヒールとつけまつげ~』

舞台『SIZUKO! QUEEN OF BOOGIE』 ~ハイヒールとつけまつげ~』
2025年8月1日(金)~11日(月・祝)
会場:IMM THEATER
料金:一般席9,800円(全席指定/税込)/U-25席6,800円(全席指定/税込)ペア席18,600円(全席指定/税込)
出演:神野美伽/加藤虎ノ介/福本雄樹/九条ジョー/鈴木杏樹
ミュージシャン:小原孝(Piano)、ASA-CHANG(Drums)、竹中俊二(Guitar)、小松悠人(Trumpet)8/1~7出演、河原真彩(Trumpet)8/8~11出演、宮崎佳彦(Saxophone)、西村健司(Trombone)
脚本:マキノ ノゾミ
演出:白井晃
音楽監督:小原孝
企画・プロデュース:尾中美紀子/オフィス100%

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