“父性”を問い直す映画『泣く子はいねぇが』。是枝裕和を唸らせた「そして〇〇になる物語」
秋田県男鹿市の伝統行事「ナマハゲ」を通して大人になりきれない男性を剥き出しにする映画『泣く子はいねぇが』が、2020年11月20日に封切られた。
1989年生まれ秋田県出身である佐藤快磨監督は、幼いころに友達の家で体験したナマハゲに着想を得て、約5年もの歳月をかけてこの映画の脚本を完成させたという。「父性」や「大人になるということ」をめぐる渾身の物語が、本作の企画を担当する是枝裕和を唸らせ、完全オリジナル作品というかたちで長編デビューを果たした。
親になること、大人になることから逃げつづけた男が、現実に面と向かっていく姿。主人公の男性の脆弱性を浮き彫りにしながら、物語は結末に向けてある「目」を捉えていく。
全裸で走り回り、子育てからも逃げた男
天井にあるファンがゆっくりと回る姿から、それがスローモーションなのだとわかる本作のファーストシーン。カメラは秋田県の伝統行事「男鹿のナマハゲ」が行われている部屋の中を捉えながら、あるひとりの男にじりじりと近寄っていく。ナマハゲの面を被っているのに、子供たちをおどかすでもなく直立不動した妙な男。やがてその面の裏に、男の死んだように虚ろな「目」が浮かび上がってくる。
その異様な目が主人公・たすく(仲野太賀)のものであることはあとあとわかることだ。男鹿のナマハゲ行事が行われるのは大晦日の夜。娘が生まれたばかりでありながら、妻であることね(吉岡里帆)に「このままじゃ無理だと思う」「いつか限界になる、絶対」とたしなめられてしまうたすくは、それにもかかわらず逃げるようにナマハゲ行事に繰り出し、その場で泥酔したのち全裸になって街を走り回るという愚行を働くことになる。
全裸の男が砂浜に辿り着いて倒れ込むショットから、映画は急に2年後に飛んでフットサルコートに倒れ込むたすくを映し出す。まるでその2年が彼になんの成長も与えなかったことを示唆するようなカット割りだ。
ここまでを見てわかるように、『泣く子はいねぇが』という映画には説明的なセリフがほとんど存在せず、映像がすべてを物語っている。なぜそれほど妻から失望されているのか、なぜ男は子育てから逃げ東京へやって来たのか。明らかにされない詳細は、よりリアリティのあるセリフ、カット割り、役者の表情といった「余白」としか言えない要素によって埋められていくのである。
「父性」や「父親の不在」を描いてきた是枝裕和が参画
今や世界でも認められている映画監督・是枝裕和は、本作の脚本を読んで「監督の切実さが伝わってきて、きっと佐藤さんはこれを撮らないと先へ進めないだろうと思い、背中を押すことに決めました」と企画に乗り出したそうだ。是枝監督のフィルモグラフィーに「父性」や「父親の不在」をテーマにした作品が散見されるのは周知のとおり。
『そして父になる』(2013年)では福山雅治演じるエリート建築家がタイトルのとおり父性を獲得していく様子を描き、『海よりもまだ深く』(2016年)では売れない小説家の主人公(阿部寛)が別れた妻と息子に今はなき家族を再投影しようとする歪(いびつ)さを正面から捉えた。
どちらの作品も父親としてはもっぱらダメな主人公が模索しながら彼らなりの父親像を見出していく物語であり、その意味では『泣く子はいねぇが』にも通じる部分が多くあると言えるだろう。本作の主人公・たすくははやくに結婚して娘ができ、それゆえか子供っぽさが抜け切らないという設定の男性だ。佐藤監督自身がまだ30代前半であるという点、たすくが是枝作品の主人公たちからは10コほど歳が離れている点から考えても、「今の若者の視点」から『そして父になる』への回答を示しているような映画でもある。
おもしろいのは、たすくは是枝作品の主人公たちのようにある分野で才を示せる(=仕事に逃げることができる)わけではなく、かといってギャンブルや酒、タバコに逃げることもできない、ある種の“普通さ”を携えた人であることだ。それでも彼は、目的もなく上京したり、定職につかずにお金を稼ごうとしたりしながら逃げつづける。そんな彼の逃げ様はどこまでも情けなくどこまでも愚かだが、その特別になれなかった境遇ゆえに、多くの人に共感を与える開かれた内容になっているのだろう。
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