『ベイビーわるきゅーれ』人気の秘密は『週刊少年ジャンプ』の“新原則”? 努力より個性が際立つシリーズの魅力とは

2024.10.22

文=竹島ルイ 編集=田島太陽


殺し屋コンビ“ちさまひ”こと、ちさと(髙石あかり)とまひろ(伊澤彩織)が繰り広げるZ世代ダラダラトークと、キレッキレのハードコア・アクション。そのギャップが観客のハートを撃ち抜き、インディーズ映画『ベイビーわるきゅーれ』(2021年/監督:阪元裕吾、アクション監督:園村健介)は異例のヒットとなった。

好評を受けてシリーズ第2弾『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』(2023年)が制作され、今年9月27日からは最新作となる第3弾『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』が全国映画館で上映中。10月4日からは『ナイスデイズ』の撮影現場に密着した『ドキュメンタリー オブ ベイビーわるきゅーれ』が公開され、さらには連続ドラマ『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』(テレビ東京)も放送中だ。

第1作が上映されてから3年、『ベビわる』旋風はますます勢いを増して、エンタメ界を席巻している。このシリーズの魅力はどこにあるのか、考察していこう。

<推し>の感情を誘発しながら、幅広い客層に受け入れられる

『ベイビーわるきゅーれ』は、クチコミで爆発的な人気を得た作品だ。テアトル新宿で封切りされるやいなや、熱狂的な支持を受けて連日満席状態となり、『Filmarks(フィルマークス)』の初日満足度ランキングでも1位を獲得。その後もSNSを中心に評判が評判を呼び、池袋シネマ・ロサでは半年以上にわたってロングラン上映された。『カメラを止めるな!』(2017年)のように、もしくは『侍タイムスリッパー』(2024年)のように、​​ファンの熱気にあと押しされて、多くの人の目に触れるようになったのである。

“ちさまひ”は、阪元裕吾監督が2021年に発表した『ある用務員』に登場する女子高生殺し屋コンビが原型になっている。9人の殺し屋が主人公たちに襲いかかる怒涛の展開の中でも、黒髪ロングと金髪ショートのアサシン・キャラはひと際まばゆい存在感を放っていた。やがて阪元監督に、「このふたりを主人公にした映画を作ったらおもしろいかも!」という天啓がひらめく。演じていた髙石あかり&伊澤彩織をそのまま主演に迎えて、『ベイビーわるきゅーれ』が誕生したのである。

殺し屋のまひろ(左)とちひろ(右)/(C)2024「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」製作委員会
殺し屋のまひろ(左)とちさと(右)/(C)2024「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」製作委員会

ふたりとも、この映画が初主演。髙石あかりはこれをきっかけにして人気俳優となり、今年だけでも『パレード』、『新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!』、『スマホを落としただけなのに 〜最終章〜 ファイナル ハッキング ゲーム』など、数々の注目作・話題作に出演。山田尚子監督のアニメーション映画『きみの色』では、声優にも初挑戦している。

一方の伊澤彩織は、これまでスタントパフォーマーとして活躍。『キングダム』(2019年)や『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』(2021年)などで実績を積み重ね、ハリウッドに請われてキアヌ・リーブス主演の大作『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(2023年)にも参加した。そして、「ベビわる」で本格的な俳優業にも進出。最初はセリフのある芝居に不安を抱えていたというが、どこかつかみどころのない不思議キャラのまひろ役を、見事に演じきっている。

殺し屋としての仕事のときには、ガラっと目つきが変わる“ちひさま”のふたり/(C)2024「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」製作委員会
殺し屋としての仕事のときには、ガラっと目つきが変わる“ちひさま”のふたり/(C)2024「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」製作委員会

当時さほど知名度のなかった若い女性コンビを主役に据えることで、<推し>の感情を大きく誘発し、地下アイドル的な人気を博した側面はあるだろう。だが阪元裕吾監督は、中高年男性をターゲットにするというよりは、女性を応援するような作品にしたかったと発言している。実際に筆者が池袋シネマ・ロサで鑑賞したときには、中高年から若いカップルまで、幅広い客層で席が埋まっていた。

あらゆるターゲットに受け入れられる、間口の広さ。『ベイビーわるきゅーれ』の魅力のひとつといっていいだろう。

『鬼滅の刃』『呪術廻戦』を手本に、新しい「ジャンプ三大原則」で体育系的ノリを回避

阪元裕吾監督は、ハリウッド映画よりも『週刊少年ジャンプ』のようなおもしろさを目指していると発言している。お手本にしているのは同世代の邦画作品ではなく、『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』といった人気コミックなのだ。

『ジャンプ』といえば、1968年の創刊当初から「友情・努力・勝利」をスローガンに掲げてきた週刊誌。とはいえ、これは半世紀以上も前の三大原則。歴代のジャンプ編集長が集結した2019年のイベントでは、「努力はネタにならない。マンガはキャラクターが命なのだから、友情・個性・勝利なのでは」という趣旨の発言があった。「友情・個性・勝利」……まさしく『ベイビーわるきゅーれ』も、これに当てはまる。

(C)2024「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」製作委員会
(C)2024「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」製作委員会

ショートケーキを頬張ったり、着ぐるみバイトに精を出したり、保険料の支払いに四苦八苦したり、女の子ふたりの底抜けにダラダラした毎日が描かれつつ(=友情)、ちさと&まひろだけでなく、担当マネージャー須佐野(ラバーガール飛永翼)、死体清掃係の田坂(水石亜飛夢)、宮内(中井友望)といったクセ強メンバーのキャラに肉薄し(=個性)、最後は激しい格闘の末に強敵を打ち破る(=勝利)

ここには、殺しのプロフェッショナルとして日々鍛錬するような、特訓シーン(=努力)はほぼ見られない。「努力」をオミットすることによって、熱血っぽい汗臭さ、体育系的なノリが周到に回避されている。新しいジャンプ三大原則に則った作りが、ヒットにつながっているのだろう。

現在の日本映画界は、マンガ原作のアニメによって牽引されている。2023年の興行収入ランキングをチェックしてみても、ベスト10のうち5本がアニメーション作品だ。アニメ的リアリティ、アニメ的作劇に慣れ親しんだユーザーに、『ベイビーわるきゅーれ』が提示した世界観は刺さりまくったのである。

敵役の徹底的な描き込みによって生まれるエモーション

一緒に暮らし、私生活でも仲良しのちさと(左)とまひろ(右)/(C)2024「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」製作委員会
一緒に暮らし、私生活でも仲よしのちさと(左)とまひろ(右)/(C)2024「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」製作委員会

もうひとつ『ベイビーわるきゅーれ』シリーズで特筆すべきは、敵役の徹底的な描き込みだ。第1作でも、ヤクザの親分・浜岡(本宮泰風)と、その娘・ひまり(秋谷百音)、息子・かずき(うえきやサトシ)の親子が強烈なインパクトを残していたが、『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』に登場する神村ゆうり(丞威)・まこと(濱田龍臣)兄弟は、特に異彩を放っている。

彼らは、殺し屋協会に所属しないバイトの殺し屋。いつかはこの世界でトップになることを夢見ているが、来る仕事は下請けばかり。伝達ミスで違うターゲットを殺してしまい、報酬がもらえないこともあったりする。正規雇用・非正規雇用という現代日本の社会問題を、少々戯画的なタッチで、殺し屋という特殊業態に反映させている。

さらに興味深いのは、社会的弱者としてのゆうり・まこと兄弟との対比によって、実はちさと&まひろが恵まれた環境にいることが明示される演出。未納だった「うきうき殺し屋保険プラン」の保険料を、彼女たちが期限日までになんとか支払おうとするドタバタ・シークエンスも、組織に属している者=正規雇用者としての立ち位置を示している。彼女たちは社会にうまくなじめないながらも、社会にきちんとコミットしているのだ。

だから我々観客は、どうしてもゆうり・まこと兄弟にも感情移入してしまう。血も涙もない敵キャラどころか、普通の映画なら主人公でもおかしくないほどのナイスガイズ。殺し屋のスキルも実績もちさと&まひろには敵わないが、それでも意地とプライドをかけて、彼らは真正面から戦いを挑む。クライマックスのタイマン・バトルは、観ているこちら側が感情グッチャグチャになってしまう。

150人殺しを目指す超ストイックな殺し屋、冬村かえで(池松壮亮)/(C)2024「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」製作委員会
150人殺しを目指す超ストイックな殺し屋、冬村かえで(池松壮亮)/(C)2024「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」製作委員会

そして『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』では、最強の敵・冬村(池松壮亮)が登場。ひたすら己を鍛錬することしか興味がない、孤独な一匹狼。仲間のいない彼の背中は、どこか物悲しい。阪元裕吾監督は冬村のバックボーンを丁寧に描き、キャラクターをふくよかにふくらませて、最終決戦のエモーションを掻き立てていく。

これもまた、「友情・個性・勝利」でいうところの「個性」を意識した作りといえるだろう。

<日常>と<非日常>の的確なチューニング

さらに『ベイビーわるきゅーれ』の大きな強みとして、ダラダラ過ごす<日常>と殺し屋としての<非日常>のバランスを、TPOに応じてうまくチューニングできることが挙げられる。

ドラマ『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』が放送されている「水ドラ25」は、『ソロ活女子のススメ』や『とりあえずカンパイしませんか?』など、女性を主人公にしたゆるーい日常系ドラマが数多く作られてきた枠。そこに「ベビわる」はちょっと異色すぎるような気がするが、阪元裕吾監督は映画版よりも<日常>の目盛りを大きくすることで、「水ドラ25」枠にうまくアジャストしている。

象徴的なのが、第5話。伝説の殺し屋・宮原(本田博太郎)によるプロジェクト「風林火山」に無理やり駆り出されたちさと&まひろが、共同合宿に参加。宮原のモチベーション維持に欠かせない釜めし弁当が届かないことが発覚し、彼にバレないように弁当を再現しようとメンバー全員が奮闘する、三谷幸喜が書きそうなシチュエーション・コメディが展開する。

ドラマ『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』に登場する、全国2位の伝説の殺し屋・宮原幸雄(本田博太郎)/(C)「ドラマ ベイビーわるきゅーれ」製作委員会
全国2位の伝説の殺し屋・宮原幸雄(本田博太郎)/(C)「ドラマ ベイビーわるきゅーれ」製作委員会

やがてプロジェクトマネージャー夏目(草川拓弥)の暴言に端を発して「殺し屋協会ハラスメント防止委員会による徹底指導」が行われ、「殺し屋演出家・桑原による、ターゲットを騙すことを目的とした殺し屋演技レッスン」が熱を帯び、そうしたら桑原も暴言を吐いて再び「殺し屋協会ハラスメント防止委員会による徹底指導」が行われ、どうにかこうにか立案計画が固まって「作戦決行前夜 決起飲み会」が開かれる。めんどくさいおじさん上司に振り回される日常が、コミカルに描かれているのだ。

ドラマ『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』に登場する殺し屋協会マネージャー、夏目敬(草川拓弥)/(C)「ドラマ ベイビーわるきゅーれ」製作委員会
宮原の計画に翻弄される、殺し屋協会マネージャー・夏目敬(草川拓弥)/(C)「ドラマ ベイビーわるきゅーれ」製作委員会

もちろん映画版は、目盛りを<非日常>に大きく振っている。シリーズを重ねるごとにスケールもデカくなって、特に『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』のクライマックスは、日本映画でも最上級の本格アクション。緩急の切り替えが非常に巧みなのだ。

あらゆるターゲットに受け入れられる間口の広さ。
『少年ジャンプ』的なエンタメ感。
敵役の徹底的な描き込み。
<日常>と<非日常>の的確なチューニング。

エンタメ界を席巻する『ベイビーわるきゅーれ』サーガには、たしかにヒットするだけのポテンシャルと戦略が備わっている。その熱気は、さらに高まっていくことだろう。阪元裕吾監督による次の一手が楽しみだ。

『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』作品情報

監督:阪元裕吾
アクション監督:園村健介
キャスト:髙石あかり、伊澤彩織、水石亜飛夢、中井友望、飛永翼、大谷主水、かいばしら、カルマ、Mr.バニー、前田敦子、池松壮亮
公開:2024年9月27日(金)より全国公開中

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竹島ルイ

映画・音楽・テレビを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン『POP MASTER』主宰。

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