【ポスト・高倉健?】『碁盤斬り』草彅剛がダース・ベイダーのような“黒“に反転。日本代表とも評される天賦の才とは?

2024.5.24
(C)2024「碁盤斬り」製作委員会

文=竹島ルイ 編集=田島太陽


劇作家の故・つかこうへいは、草彅剛のことを“大天才”と呼んだ。「静かなたたずまいの身中には秘やかにケモノが眠る」と評して、その比類なき演技力を絶賛。

演出家の河原雅彦は「天賦の才」、脚本家の三谷幸喜は「天衣無縫」、そして脚本家の坂元裕二は「もし俳優の五輪があったら、日本代表は草彅さんです」と語っている。トップクリエイターたちが認める才能、それが草彅剛なのだ。

どんな色にも染まる天才俳優・草彅剛

柳田格之進(草彅剛)|(C)2024「碁盤斬り」製作委員会
柳田格之進(草彅剛)

スポンジのような吸収力。ナチュラルな佇まい。トップアイドルとして芸能界の最前線で活躍してきた彼は、芝居となればスターとしての自分を覆い隠して、無色透明な存在に変化(へんげ)し、どんな色にも染まっていく。まるで真っ白なキャンバスのように。

『黄泉がえり』(2003年)では生真面目な青年、『BALLAD 名もなき恋のうた』(2009年)では一騎当千の強者、『ミッドナイトスワン』(2020年)では葛藤を抱えるトランスジェンダー。草彅剛は役を自分に引き寄せて、その人物を生ききってしまう。自分の個性をキャラクターに付与するのではなく、自分の中に新たな個性を生み出すのだ。まさしく“天才”俳優である。

そんな草彅剛の『サバカン SABAKAN』(2022年)以来となる映画作品が、本格時代劇『碁盤斬り』。監督を務めたのは、『凪待ち』(2019年)で香取慎吾とタッグを組んだ経験もある白石和彌。この映画の脚本を書いた加藤正人が大の囲碁ファンで、それを題材にした人情噺『柳田格之進』をやってみたいと言ったことをきっかけに、このプロジェクトが始動した。原案は、囲碁にまつわる古典落語なのである。

娘のお絹(清原果耶)とふたりで長屋に住んでいる、貧乏浪人の柳田格之進。ある日、豪商の萬屋源兵衛(國村隼)と碁に興じていると、五十両が紛失する事件が発生。その場に居合わせた格之進が濡れ衣を着せられてしまう…という物語。そしてこの映画には、仇討ちという落語にはないオリジナルストーリーも組み込まれている。

柳田格之進と娘のお絹(清原果耶)|(C)2024「碁盤斬り」製作委員会
柳田格之進と娘のお絹(清原果耶)

本作は、古典落語の人情噺に血生臭い復讐譚をミックスした、<リベンジ・エンタテインメント>なのだ。

囲碁のように、白から黒へ

白石和彌は、反体制の映画を撮り続けてきた伝説のアウトロー監督・若松孝二の門下生。師匠への熱い想いは、ありし日の若松プロダクションを描いた『止められるか、俺たちを』(2018年)にも表れている。どこか粗野で、野蛮で、生々しくて、昭和の匂いがする白石タッチは、若松孝二譲りのものだろう。

だが『碁盤斬り』の序盤で描かれるのは、格之進と、彼の嘘偽りのない碁に心底惚れた源兵衛の、ほんわか囲碁デイズ。そこには、お互いが切磋琢磨するようなバトル要素はない。まるで春の暖かな木漏れ陽が差し込んでくるような、穏やかな時間。そこにはピースフルな空間が広がっている。古典落語の人情噺を映像化すると、白石和彌映画はここまで優しい手触りになるのか……と、筆者はちょっとした驚きを感じていた。

柳田格之進と囲碁を打つ萬屋源兵衛(國村隼)|(C)2024「碁盤斬り」製作委員会(C)2024「碁盤斬り」製作委員会
柳田格之進と囲碁を打つ萬屋源兵衛(國村隼)

だが格之進が衝撃の事実を知り、柴田兵庫(斎藤工)の仇討ちに出る映画のオリジナルパートに突入すると、映画は一気にギアを上げていつもの白石和彌モードに突入。さっきまで楽しくツヨポンと國村隼が囲碁をしていたはずなのに、画面には突如緊張がみなぎり、殺気が漂ってくる。まるで囲碁のような、白から黒への反転。ここまでトンマナが異なるシークエンスが、1本の作品にパッケージングされているのは珍しい。

かつて巨匠・黒澤明は、乾いたタッチの『用心棒』(1961年)とユーモアにあふれた『椿三十郎』(1962年)を比較して、「『用心棒』が冬の感じの狂想曲なら、『椿三十郎』はおおらかな春の感じの優雅な円舞曲です」というコメントを残している。まさしく『碁盤斬り』は、ハード路線の『用心棒』とソフト路線の『椿三十郎』をまとめてコンパイルしているような感覚なのだ。

特に、本作のハード路線スタイルは際立っている。その昔時代劇とは、様式美で構築された世界だった。だが60年代あたりから、型としての殺陣からリアルな殺し合いへとギアチェンジ。白石和彌監督にとって『碁盤斬り』は初めてとなる時代劇だが、彼特有の生々しいタッチとかけ合わされることによって、『切腹』(1962年)や『十三人の刺客』(1963年)のような、殺気を帯びた映画となったのだ。

草彅剛はポスト・高倉健に一番近い存在

白から黒への反転。映画のトンマナに呼応するように、草彅剛のキャラクターも反転する。柔和な表情をたたえていた格之進は鬼の形相となり、復讐に囚われた狂気の男へと激変。天使から悪魔へ。『スター・ウォーズ』でいえば、ジェダイからシスへ。どんな色にも染まることができる草彅剛だからこそ、極から極へと大きくチューニングすることが可能だったのだ。

鬼気迫る表情の格之進(草彅剛)|(C)2024「碁盤斬り」製作委員会
鬼気迫る表情の格之進

『凶悪』(2013年)のリリー・フランキー&ピエール瀧、『日本で一番悪い奴ら』(2016年)の綾野剛、『孤狼の血 LEVEL2』(2021年)の鈴木亮平、『死刑にいたる病』(2022年)の阿部サダヲ。思い返してみれば、白石和彌のフィルモグラフィは極悪非道な悪人たちのショーケースだ。

もちろん清廉潔白であることを信条としてきた柳田格之進=草彅剛は、それとは真逆のキャラ。だが弥吉(中川大志)にある決断を迫るシーンの彼は、誰よりも恐ろしい表情を見せる。白石ワールドに召喚されたからこそ、このハイボルテージ・アクトをまっとうすることができたのだろう。

筆者が最も驚嘆したのは───これが一番すごいところだと思うのだが───白(善)から黒(悪)へと別人のように切り替わるのではなく、善としての骨格をまといつつ、心に闇を抱えてしまった男を体現していること。まるでダークサイドに堕ちてしまっても、その奥底に善の心を宿していたダース・ベイダーのように。だからこそ格之進の背中には、えもいわれぬ悲哀が貼りついている。そのニュアンス、さじ加減が絶妙なのだ。

格之進と遊廓の大女将・お庚(小泉今日子)|(C)2024「碁盤斬り」製作委員会
格之進と遊廓の大女将・お庚(小泉今日子)

白石和彌監督、斎藤工とともにトーク番組『ボクらの時代』(フジテレビ系)に出演した草彅剛は、格之進を演じるにあたって高倉健の演技を参考にしたと語っている。実直な人柄がそのまま滲み出るような、人間味あふれる芝居。けっして饒舌ではないが、その表情や眼差しですべてを物語る。遺作となった『あなたへ』(2012年)で共演した彼は、がっぷり四つで稀代の大スターと対峙し、そのすごみを肌で知った。

草彅剛は、次回作で『新幹線大爆破』(1975年)のリブートに出演することが決まっている。この傑作サスペンス映画で主演を務めたのは、高倉健。新幹線に爆弾を仕掛ける犯人役を演じた。大スターの健さんが犯人を演じるのは意外なキャスティングだったが、借金を抱えて首が回らなくなった町工場の社長という役柄に、ありったけのヒューマニティを注ぎ込んで、反感ではなく同感を呼ぶキャラクターにしてしまったところに、高倉健の偉大さがある。

草彅剛が犯人役を演じるかどうかは、この稿を書いている時点でまだ明らかになっていない。だが、もしかつて高倉健が演じた役をやるとするなら、かつてこの大スターがそうであったように、白(善)の中に黒(悪)が宿るキャラクターを演じてくれることだろう。ポスト・高倉健の座に一番近いのは、実は彼かもしれない。

ハッピーエンドか、アンハッピーエンドか

時代劇というフォーマットには、封建社会の不条理さが刻まれている。身に覚えのない罪によって藩を追われ、娘とふたりで爪に火をともすような日々を過ごし、しまいには五十両を盗んだ犯人としてあらぬ嫌疑をかけられる。自らの潔白を示すためには、腹を切るしかない。ここには「死をもって名誉を守る」という、現代人の我々からするとあまりにも理解し難い論理が働いている。

格之進と因縁のある武士・柴田兵庫(斎藤工)|(C)2024「碁盤斬り」製作委員会
格之進と因縁のある武士・柴田兵庫(斎藤工)

白石和彌もまた、これまでの作品で多くの不条理を描いてきた。容赦のない暴力で突然死に至らしめる、不条理を。だからこそ、彼の映画にはドス黒い臭気が漂っている。白から黒へと反転する『碁盤斬り』の作劇は、そのスタイルからしても当然の流れだ。ポイントは、この物語を“黒”のまま終わらせるのか、もう一度“白”に反転させるのか。白石和彌と脚本家の加藤正人の間でも、ラストをどうするかで意見が割れたという。

実は落語の『柳田格之進』は、噺家によって結末が異なる。江戸時代から続くマテリアルに噺家が解釈・再構築を試みることで、新しい『柳田格之進』が立ち昇ってくるのだ。そこには、ハッピーエンドもあればアンハッピーエンドもある。この物語にどう決着をつけるかは、話し手に任されている。

映画となった『柳田格之進』が、実際にどのような結末を迎えているかは、ぜひ映画館で目撃してほしい。

『碁盤斬り』

監督:白石和彌
脚本:加藤正人
音楽:阿部海太郎
小説:『碁盤斬り 柳田格之進異聞』加藤正人 著(文春文庫)
配給:キノフィルムズ
(C)2024「碁盤斬り」製作委員会

この記事の画像(全15枚)




この記事が掲載されているカテゴリ

竹島ルイ

Written by

竹島ルイ

映画・音楽・テレビを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン『POP MASTER』主宰。

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。