『エルピス』第6話、村井はなぜネットで強く支持されるのか。煙草を吸い、組織に媚びない中年男性の善意

村井(岡部たかし)(『エルピス』6話より)写真提供=カンテレ

文=木俣 冬 編集=岩嵜修平


テレビ局を舞台に、スキャンダルによって落ち目となったアナウンサーと深夜番組の若手ディレクターたちが連続殺人事件の冤罪疑惑を追う渡辺あや脚本のドラマ 『エルピス —希望、あるいは災い—』(カンテレ)。
第5話で事件の目撃証言を覆す貴重なVTRを手にした岸本と浅川。事件の裏には斎藤が関わる大物政治家の存在が──
今回は、ライターの木俣冬が、第6話のあらすじや見どころをレビューする。


大きく物事が動いた中での凪のようなムード

誰かに話をするとき「いいことと悪いことがある。どちらから話す?」というようなことがある。『エルピス』第6話をレビューするにあたり、いいこととそうでもないことがある。どちらから書こうか。

ではまず、いいことから。第1話から注目されていたハラスメント・チーフ・プロデューサー村井(岡部たかし)が誰よりもかっこよく描かれていたこと。ネットの反響はとても大きかった。それについては、あとでもう少し手厚く書こうと思う。今回のテーマは、なぜ、村井が視聴者に支持されるか?である。

プロデューサー・名越公平(近藤公園)を説得するチーフプロデューサー・村井喬一(岡部たかし)(『エルピス』6話より)写真提供=カンテレ
プロデューサー・名越公平(近藤公園)を説得するチーフプロデューサー・村井喬一(岡部たかし)(『エルピス』6話より)写真提供=カンテレ

いいことではないことは、いろいろあって浅川恵那(長澤まさみ)が報道部制作の『ニュース8』のアナウンサーに復帰するなど大きな転換があった回ながら、若干、ゆったりしているように感じたことである。その要因は何か?と想像を巡らせてみた。

2016年から企画が進行していた『エルピス』は当初、8話で書かれていたという。それがしばらく塩漬けされたのち、カンテレで放送するにあたり10話に増えた。あとから2話分、増やしたからか、大きく物事が動いたにしては、嵐の前の静けさ的な凪のようなムードを感じたのだ。その分、村井が際立って見えたように感じる。それから斎藤正一(鈴木亮平)のギャップ面も。そして話題になったカラオケシーンも。

6話あらすじ:長澤まさみが歌う『贈る言葉』に感じる虚しさ

浅川恵那(長澤まさみ)をたしなめる村井喬一(岡部たかし)(『エルピス』6話より)写真提供=カンテレ
浅川恵那(長澤まさみ)をたしなめる村井喬一(岡部たかし)(『エルピス』6話より)写真提供=カンテレ

岸本拓朗(眞栄田郷敦)が八頭尾山連続殺人事件にまつわる新証言を収録したVTRは、村井の決断によって『フライデーボンボン』で放送された。世間の反響によって局内が揺れ、『フライデーボンボン』は打ち切り。村井と岸本は異動に。浅川は『ニュース8』に復帰するが、「おまえの起用は視聴者対応だよ」と番組プロデューサーに嫌味を言われる。斎藤は退職。……というバッタバタの状況には緊迫感というより退廃的なものを感じた。

大洋テレビの中では、事件の真相よりも、どうやって問題なく自分の立場を守るかが優先順位の上になる。たとえ心の中では躍起になっていても、表面的には何事もなかったように、いつもと同じように淡々と振る舞う。このぬるさや虚しさはリアルだ。少なくとも筆者はこういう世界を目の当たりにしたことがある。何かトラブルが起こったとき、あからさまに人間性が出るもので、そのとき誰もがトラブルから距離を取ろうとするのと同じように、顕在化した人間性をも慌てて隠そうともする。そのよそよそしさはいたたまれない。得するのはよけいなことを一切しなかったプロデューサー名越(近藤公園)だ。何もしなければ、目覚ましい出世はなくても組織に守ってはもらえる。

名越(近藤公園)と村井(岡部たかし)(『エルピス』6話より)写真提供=カンテレ
名越(近藤公園)と村井(岡部たかし)(『エルピス』6話より)写真提供=カンテレ

事なかれ主義といおうか。生ぬるいお湯で伸びたラーメンのような虚しさを、大根仁が、彼の出世作である『モテキ』(2010年)で高い評価を得たカラオケでのやたらと長い喧騒場面で見せる。カラオケで歌う人たちを物語にする元ネタは劇団ポツドールの『男の夢』(2002年)であり、大根仁はそれを『劇団演技者。男の夢』(2006年)としてドラマ化している。人間同士の生々しい関わり、あるいは孤独が、カラオケボックスの狭い空間に充満する。去り行く者・村井を演じる岡部も歌がうまいが、長澤も『贈る言葉』を見事に歌っていた。ちょうどこの回の放送後、主題歌『Mirage』に長澤が参加していることが発表され、ドラマの内容と関連ニュースがうまくリンクした。尺に余裕があってよかったといえるだろう。

村井に見る、失われかけている人間としての尊厳

さて。村井は結局、自分のためでもなんでもなく、浅川と岸本の正しいことをしようという切実な想いをあと押しし、さらには浅川と斎藤の関係まで慮り、自ら責任を負った。放送を決定したのは村井とはいえ、最も割を食ってはいないか。実は、最高の理想の上司と言っていい。こんな人、なかなかいない。このように、冤罪事件の真相よりも、失われかけている人間としての尊厳に比重を置いて描いているという点で『エルピス』は評価すべき物語だと思う。でも、そこで少し不思議に感じたのは、この回、浅川が激しく苦悶するのは、斎藤からの別れのメール(LINE?)を読んだときなのだ。

エレベーターホールで話す斎藤正一(鈴木亮平)(『エルピス』6話より)写真提供=カンテレ
エレベーターホールで話す斎藤正一(鈴木亮平)(『エルピス』6話より)写真提供=カンテレ

木村卓弁護士(六角精児)にVTRのせいで証人が姿を消したことを責められても、村井が異動になっても、もちろん罪悪感を覚えているだろうが、それほど取り乱す様子はない。

「あるいは私もついに忙しいふりをして大事なことを忘れようとしているのだろうか」

第6話より

このセリフが象徴するように、キャスターとしての仕事に忙殺されていく浅川。だが、左遷された岸本はまだコツコツ捜査をつづけていて、ついに八頭尾山のある八飛市と大門雄二副総理(山路和弘)との関わりに行き着く。彼のがんばりが、浅川の流されがちな心を再び動かす(浅川は、斎藤との恋や報道キャスターの仕事や目先の華やかなものに流されがちであるが、それもまた人間らしくはある)。

岸本の欲望に流れがちなリアリティ


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木俣 冬

(きまた・ふゆ)フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。著書に『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち・トップアクターズルポルタージュ』、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。

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