『エルピス』第4話、長澤まさみのセクシュアルなシーンは必要か?朝ドラとの共通点と「突破できないジェンダーギャップ」

文=木俣 冬 編集=岩嵜修平


テレビ局を舞台に、スキャンダルによって落ち目となったアナウンサーと深夜番組の若手ディレクターたちが連続殺人事件の冤罪疑惑を追う渡辺あや脚本のドラマ 『エルピス —希望、あるいは災い—』(カンテレ)。
第3話でアナウンサーの浅川が仕掛けた作戦は成功。映像は放送され、大きな反響を生むも、思わぬ余波が──
今回は、ライターの木俣冬が、第4話のあらすじや見どころをレビューする。


テレビドラマから続々と消されている不都合なものを描く

会議で話す浅川恵那(長澤まさみ)と岸本拓朗(眞栄田郷敦)(4話より)写真提供=カンテレ
会議で話す浅川恵那(長澤まさみ)と岸本拓朗(眞栄田郷敦)(4話より)写真提供=カンテレ

『エルピス』が斬り込んでいく不都合な真実は浅川恵那(長澤まさみ)と岸本拓朗(真榮田郷敦)が追いかけている冤罪事件に限ったことではない。ハラスメント上司の言動や喫煙シーンなど今、テレビドラマから続々と消されている不都合なものを執拗に描いているような気がしていて、それはすなわち、なんとなく当たり前のようになっているあらゆる物事の是か非かを問いかける行為であろう。

第4話では第3話に続いて斎藤正一(鈴木亮平)と浅川のセクシュアルなシーンがあった。再び浅川の家に訪ねてきて、ベッドを買ったことを指摘する斎藤。その後のふたりの溺れるような営みは、ハラスメントや喫煙のようなコンプライアンスに関わることではないとはいえ、インティマシー・コーディネーター(映画やドラマで、俳優の身体的・精神的安全を確保するために、性的シーンなどデリケートな撮影現場に立ち会い、俳優と制作の仲介・コーディネートをする役割)を導入しているというから、配慮が必要な場面という認識のはずだ。だからこそ、セクシュアルなシーンは必要?と思う視聴者もいる。

端的に言って、必要。ここにこそ奥深い人間ドラマがあるからだ。

4話あらすじ:どうしようもなく抱かれたくなるのは

浅川恵那(長澤まさみ)と斎藤正一(鈴木亮平)の間に入る岸本拓朗(眞栄田郷敦)(3話より)写真提供=カンテレ
浅川恵那(長澤まさみ)と斎藤正一(鈴木亮平)の間に入る岸本拓朗(眞栄田郷敦)(3話より)写真提供=カンテレ

第4話は、浅川と岸本の渾身の調査報道が視聴者に受け入れられ、局長にも褒められるが、そこよりも浅川と斎藤の奇妙な関係に時間が割かれているように感じる。

用事があるような素振りで浅川の部屋を訪ね、同衾して帰っていく斎藤。どうやら浅川が抗えないことをわかっていて、ソフトに身体的に彼女を追い込んでいるように見える。筆者は昔、元警察官の人にインタビューする仕事で、捜査のために異性と性的な関係に持ち込むような話を聞いたとき、なんだか気持ち悪いなあと思ったことがあるのだが、斎藤にはどこか、そういう気配を感じてしまう。けっして純粋な恋ではないし、単なる欲望でもない。何かのために浅川を利用していることは確実で、浅川もわかっていながら身を任せてしまう。彼女はそれを

「悔しいけど、やっぱり自分なんかには太刀打ちできないくらい、この世界は残酷で恐ろしいのだと思い知らされてしまうようなとき、どうしようもなく抱かれたくなるのはきっと、この人が私よりずっとそういうことに詳しいからだ。守られているような気がしてしまう。抱かれているだけなのに。そしてこの人は、そんな私の心理についても時に私より詳しいのだ」

第4話より

と考えている。ここに容易に突破できないジェンダーギャップの問題が潜んでいるように感じる。そして、浅川は斎藤(力)に抗えない己の弱さを、岸本に暗く鋭い目ヂカラで見られたとき責められているように感じてしまう。岸本もまた過去、強いものに負けた経験を抱えている。


長澤まさみに見る湿り気と背徳感

ところで、浅川と斎藤の妙に湿った雰囲気を観ていて、QJWebで渡辺あやに取材したとき、映画『逆光』に関して彼女が話していたことを思い出した。

試写会に、朝ドラ『カーネーション』でAPをやっていて、今はNHKのプロデューサーになった若い女性が「あやさんの脚本では感じながら、これまで一度も映像に具現化されていない、ある種の艶っぽさみたいなものを今回初めて見た気がしました」と言ってくれたんですよ。ああ、そうか、そうかもなあって思って。

脚本家・渡辺あやインタビュー(1) 地元・島根を訪ね、『ここぼく』『逆光』の背景を聞く

筆者は、『カーネーション』の周防龍一(綾野剛)と小原糸子(尾野真千子)も、朝ドラにしては艶めかしく感じて観ていたのだが、渡辺は、朝ドラだと限界があるのだと言った。

朝ドラだと、ディレクターが超ベテランから新人まで7人くらいが持ち回りで撮るので、脚本の行間を大事にする淡いものはやれないんです。監督の演出手腕にかけるよりは、誰が撮っても書きたいことが伝わるように、起承転結とキャラクターのメリハリをつけます。

脚本家・渡辺あやインタビュー(1) 地元・島根を訪ね、『ここぼく』『逆光』の背景を聞く

それでも周防と糸子の、お互い惹かれ合いながらどこかうしろめたさのある関係は、朝、起き抜けに見る番組にしては湿り気があると筆者は感じていた。その背徳感と、どことなく似たものを浅川と斎藤にも感じたのだ(夜のドラマだから時間帯的にはあっていい)。

浅川恵那(長澤まさみ)に語りかける弁護士・木村卓(六角精児)(4話より)写真提供=カンテレ
浅川恵那(長澤まさみ)に語りかける弁護士・木村卓(六角精児)(4話より)写真提供=カンテレ

周防と糸子は、周防に妻子がいるため不倫である(それを気色悪いと責める松田恵を演じたのは『エルピス』で木村弁護士を演じている六角精児である)。それだけでなく、周防よりも糸子のほうが財力もあって、彼に店を持たせることで、周防の男性としてのプライドを超えてしまうことにもうしろめたさが漂う。糸子はかつて、自身の父親に対しても同じようなことをしている。働かない父の代わりに一家の大黒柱のようになり、父のプライドを損ねるのだ。どんなときも必ず立ちはだかってくる力の強い者と弱い者の差異。それを乗り越えたい強い希求と、乗り越えられない現実。それが胸を締めつける。

浅川が斎藤と結ばれる感覚に宿るジョゼ


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木俣 冬

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木俣 冬

(きまた・ふゆ)フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。著書に『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち・トップアクターズルポルタージュ』、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。

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