『エルピス』第3話「正しいことがしたいんだ」長澤まさみと眞栄田郷敦は止まらない

殺人事件被害者の姉と話す話す浅川恵那(長澤まさみ)と岸本拓朗(眞栄田郷敦)(3話より)写真提供=カンテレ

文=木俣 冬 編集=岩嵜修平


ドラマ『エルピス —希望、あるいは災い—』(カンテレ)が始まった。放送されるフジテレビの月曜22時枠は、2021年10月以来、綾野剛主演の『アバランチ』、『ドクターホワイト』、『恋なんて、本気でやってどうするの?』、『魔法のリノベ』と話題作がつづいている。

本作は、NHK連続テレビ小説『カーネーション』(2011年~2012年)や『今ここにある危機とぼくの好感度について』(2021年/NHK)などの脚本を手がけた渡辺あやが、民放ドラマで初めて脚本を執筆したことでも注目を集めている。『カルテット』(2017年/TBS)、『17才の帝国』(2022年/NHK)などを手がけたプロデューサー・佐野亜裕美と渡辺あやの6年越しの企画となった話題のドラマ。ライターの木俣冬があらすじや見どころをレビューする。


3話あらすじ:反対されても走り出した浅川は止まらない

忖度しない問題作『エルピス』。

スキャンダルがもとで報道キャスターから深夜情報番組のライトなコーナーMCに降格したアナウンサー浅川恵那(長澤まさみ)は、新人ディレクター岸本拓朗(眞栄田郷敦)と連続殺人事件にまつわる冤罪の調査報道を始める。

第3話では取材が深まり、松本良夫(片岡正二郎)を取り調べた人物の証言や、被害者の遺族の証言を撮って1本の映像にまとめると、その内容を見た『フライデーボンボン』の若手スタッフの心を大きく動かし、チーフプロデューサー・村井喬一(岡部たかし)まで、えぐくておもしろいから「やればいいんじゃない」といい出す。

浅川恵那(長澤まさみ)にサムズアップする村井喬一(岡部たかし)(3話より)写真提供=カンテレ
浅川恵那(長澤まさみ)にサムズアップする村井喬一(岡部たかし)(3話より)写真提供=カンテレ

結果的に保守的なプロデューサー・名越公平(近藤公園)が上に許可を求めたため反対されたが、走り出した浅川は止まらない。何かに憑かれたように正しいことを押し通そうとし、共に行動する岸本は気圧されるが、彼もまた徐々に「正しいことがしたいんだ」と思いを馳せるようになる。

脚本家・渡辺あやの前作『ここぼく』との近さと遠さ

世の中のことを深く考えずにのほほんと生きてきたぼんくら青年が、正しいことをやりたいと切実に願う人物と出会い、心動かされていく、それは渡辺あやの『今ここにある危機とぼくの好感度について』(『ここぼく』、2021年/NHK)と、とても似ているように感じる。

『ここぼく』では、事なかれ主義のテレビ局の人気アナウンサーが大学の広報に転職し、広報という立場から学内にはびこる不正を隠蔽することに加担していくが、隠蔽によって不利益を被る人たちの姿を見て、次第に自身の行いに疑問を感じるようになる。主人公である広報マン(松坂桃李)と岸本はかなり被るが、舞台が大学内であることと、政治と密接なテレビ局であることとの違いが、ここまで全体の印象を変えるのかと驚くばかり。

屋上で佇む岸本拓朗(眞栄田郷敦)(3話より)写真提供=カンテレ
屋上で佇む岸本拓朗(眞栄田郷敦)(3話より)写真提供=カンテレ

もちろん、日本の最高位の大学による隠蔽も大きな問題だが、殺人事件の冤罪はかなり大きな問題で、コメディタッチの『ここぼく』と比べると、『エルピス』には笑える要素はない。正確にいえば、岸本が時折ユーモアを振りまいてはいるが。たとえば第3話では、

「あれを検索せずにはいられなかった。浅川恵那 路チュー」

第3話より

のくだりなどはユーモアパートであろう。

とまれ。どうやら渡辺あやは『ここぼく』よりも『エルピス』を先に書いていて(なにしろ企画は6年前)、『エルピス』をせっかく書いたにもかかわらず、正しい情報を伝える放送局のあり方を問うような問題作であったため、放送のメドが立たないころ、『ここぼく』を書くことになったようで、『ここぼく』と『エルピス』が同じDNAを持っていることは想像に難くない。だが、渡辺あやは、『エルピス』は自身が今まで書いたことのないものになっていると放送開始前のインタビューで語っている。

確かに『ここぼく』と、『エルピス』とはムードがまるで違う。NHKと民放の違いであろうか、『エルピス』は、これまでの渡辺あやドラマよりもこってりしていると感じる。組むプロデューサーや演出家、番組の枠によって、脚本はずいぶん印象を変えるものだなあと思う。


永山瑛太は村上春樹作品における「羊男」?

第3話のこってりポイントは、浅川が、取材先の商店街で怪しい男(永山瑛太)に出会う場面と、またも自宅を訪れた斎藤正一(鈴木亮平)とキスする場面。

まず、怪しい男は、明らかにミスリード要員として登場してきた印象である。

「およそ物事はそれが語られるにふさわしい位相を求めるものです。あなたがお知りになりたいことは言語なんて目の粗い道具だけですくい切れるものではありませんよ」

第3話より

と文学的なことを語り、浅川を翻弄する。

浅川の深層心理上の人間なのか、ネットでは村上春樹作品における「羊男」と指摘する声もあった。奇しくも、浅川の部屋には羊の絵が飾ってある。斎藤が訪ねてきて少しの間、共に過ごして帰っていったあと、ひとりマットに横たわる浅川の横にそれはある。あるときから眠れなくなった浅川に、羊の絵と、謎の男。ミステリー風味強めである。

浅川恵那(長澤まさみ)を追う岸本拓朗(眞栄田郷敦)(3話より)写真提供=カンテレ
浅川恵那(長澤まさみ)を追う岸本拓朗(眞栄田郷敦)(3話より)写真提供=カンテレ

斎藤は、浅川の調査報道に協力しているが、実際に映像がまとめられたと知ると、自宅に訪ねてくる。そのあと、副総理・大門雄二(山路和弘)に会いに行っていることも含め、今のところ最も怪しいが、これだけ怪しいと、彼もまたミスリード要員かもしれない。

新たなチームで開花する長澤まさみと渡辺あや


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木俣 冬

(きまた・ふゆ)フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。著書に『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち・トップアクターズルポルタージュ』、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。

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