ジェンダーの話を「内緒話」にしないために──ペス山ポピー『女の体をゆるすまで』

2022.5.1

文=羽佐田瑶子 撮影=小野奈那子 編集=山本大樹


マンガの小さなひとコマに、さりげないひと言に、救われることがある。視界が開けることがある。わかり合えない私たちがそれでも手を取って生きていくために、あのマンガを読み解こう。ライターの羽佐田瑶子による、コミュニケーションやジェンダーを考えるためのマンガレビュー・エッセイ。

ペス山ポピーさんのマンガ『女の体をゆるすまで』(小学館)は、自身の性自認をめぐる苦しみと、壮絶な性被害の経験を描いたエッセイ・コミックだ。その苦悩や事件の当事者ではない人がその語りをどう受け止め、どう声を上げることができるのか。この作品から、ジェンダーやフェミニズムの問題を「内緒話」にしないための、次の行動のヒントを探る。

※セクハラや性的被害を受けた方は、フラッシュバックする可能性があるのでご注意ください


私のほうが少数派?

ペス山ポピーさんのマンガ『女の体をゆるすまで』(『やわらかスピリッツ』小学館)を読み終えたとき、いろいろな感情、場面が思い出されて目頭がツンとした。「これしきのこと」と頭の中で片づけてしまっていた、心身が損なわれたさまざまな経験がしっかりと自分にとっての「事件」として輪郭を帯び、積もっていくような感覚。一気に読み進めることはできなかった。セリフや出来事をひとつずつ確かめながら、時間をかけて読んだ。

この漫画を読んだ人ともしこの瞬間繋がっていられたら、それ以上のことはない、と私は思う。

(『女の体をゆるすまで(下)』より)

本作は、トランスジェンダー(Xジェンダー/ノンバイナリー)であるペス山さんがどのように性自認に苦しみ、自身の体を憎むようになってしまったのか、どう体や過去と向き合っていくのかを綴ったエッセイコミックだ。

私は、ペス山さんのように、性自認に悩んできたわけではない。だから、この作品のことを語る資格はないのではないか、と心のどこかで思っていた。反面、読まれるべき作品であると強く感じて、信頼できる、普段からジェンダーやフェミニズムなどの話題を語り合ってきた人にだけ『女の体をゆるすまで』を勧めた。「教えてくれてありがとう」という言葉をもらうたび、互いの距離がグッと縮まった気がした。

そして、自分の身に起こった性暴力の体験を少しずつ思い出し、知らぬ間に蓋をしていた出来事を振り返って、恐れるようになった。

しかし、仲間内で価値観を共有できる世界は心地いいけれど、カフェでふとした瞬間に聞こえてくる会話から、絶望することはさんざんある。全然変わってないじゃん、私のほうが少数者?と、社会にうんざりする。

ある女優さんにインタビューしたときのこと。日本社会からすればマイノリティと呼ばれる人たちの中で育ってきたことから、性別や人種に垣根のない態度を持つ彼女が「多様な価値観を、内緒話のように限られた人同士で共有するんじゃなくて、オープンになっていくことが社会にとっての希望ですよね」と話していたことが胸に残った。そして、ペス山さんの作品に出会い、最後の言葉に語ることを試みる勇気をもらった。当事者でなくても、勉強中の身であったとしても、つながりを感じた瞬間を信じて、この作品のことを話したい。そこに、感動や共感といったお約束は必要なくて、この問題を話題にすることが社会に必要なことだと思うから。

苦しみも痛みも、比較できるものではない

わたしは自分の体をとても憎んでいて、人間関係もうまくいかない。つまり、私は自分とも他人ともうまくいっていないんです。だから、仲良くしたい。でも多分そのためには、正直なところ、まず自分自身…助かりたい…助かりたいんです…

(『女の体をゆるすまで(上)』より)

幼いころから性自認に悩んでいたペス山さん。たとえば、学校ではスカートめくりをされた経験からパンツを履くようになり、私服指定の学校では性別が問われないゴスファッションに身を包んだという。女でも男でも「どちらでもない」、そんなペス山さんが直面したのが、アシスタントに入っていた漫画家X氏からのセクハラ。下ネタを繰り返し、ことあるごとに「女の子」を刷り込み、許可なく触れてくる。読んでいるだけでおぞましい出来事から、「なぜ女に生まれてきたのだろうか」と自分自身の体を憎むようになってしまった。

損なわれた心身は、どうしたら回復できるのだろうか。

それがだいぶ時間の経っている出来事で、取り返しのつかない現状から「自責の念で窒息しそう」になる感覚は、私にもよく理解できる。無知な自分がいけないのではないか、反撃する言葉があったのではないか。態度のせいではないか……。正しい選択なんてわからないから、他人よりも自分の否にスポットライトを当ててしまう。だけど、苦しんだことは絶対的な事実だ。「どんな覚悟を持って生きても、やられたことの感覚や苦しみは消えない。(中略)“これくらいの”ではないですよ。誰とも比較してはいけません。たいへんな事件に遭遇されたんですから」というペス山さんのカウンセラーさんの言葉が、胸に痛いほど染みた。

担当編集者のチル林さんに「ペス山さんはこれを描いて、どうなりたい…?」と質問を受け、ペス山さんは「助かりたい」と返した。時間をかけて、ようやく辿り着いた言葉だと思う。自分の尊厳を守りたい、助かりたいという願いは、平等に叶えられるべきだ。どんな性的指向、性自認でも誰かに傷つけられてはいけないと、心の底から思う。

痛くて、歩けなくなって、そのことをとても恥じた。しかし痛みを正面から実感して、訴え続けることで、私はやっと歩けている。痛みをなかったことにしている人も、そもそも痛みを感じない人も、一緒に歩いている。私は黙れない。だから描くのだと思う。

(『女の体をゆるすまで(下)』より)

セーラーヴィーナスを演じたAのこと

ジェンダーやフェミニズムを関心事としてインタビューをする機会が多いため、よく「どうしてジェンダーの問題に興味があるんですか?」と聞かれる。それは、この閉塞的な日本社会で生きていれば当然興味を持つことだと考えていたけれど、いつもあるシーンが思い出される。

幼稚園のころ。出生時、身体に割り振られた性別は男性だった幼なじみのAは、端正な顔立ちで、女性にとてもモテた。バレンタインデーには両手に抱え切れないほどチョコレートとお手紙を持っていて、同じくきれいな顔立ちのお兄さんと一緒にお返しを配り歩く姿は、パレードみたいに華やかだった。学芸会は当然のように王子様役だったし、「好きです」と女の子に告白されていることもしょっちゅう。まわりの男の子はうらやましがっていた。

セーラームーンごっこをするとき、Aはセーラーヴィーナスを演じることを望んだ。私たちも「ヴィーナス、いいよね!」くらいのテンションで、男の子だから・女の子だからという役割をあまり考えていなかった。小学生になり、Aは憧れの対象をヴィーナスから安室奈美恵さんに変えた。アムラーファッションを研究し(着てはいなかったけど写真を持っていた)、踊ることが大好き。そのころから少しずつA自身の変化があったのかもしれないけれど私は気づけておらず、ただの熱狂的なアムラーのひとりとして接していた。

Aが性別違和について話してくれたのは、大学進学前。渡米することを教えてくれたタイミングに、グループメールで。男性として扱われると居心地が悪いこと、スカートを履いてみたいこと、日本にいるのは難しいことを教えてくれた。15年も前のことだから、今よりも社会はもっと不寛容だった。「あのころはありがとう」というひと言に、セーラームーンのGIF画像が添付されていたことを思い出す。

社会通念上、20年も性被害が軽く見られてきた時代を生きている

(『女の体をゆるすまで(上)』より)

ここ数年で、ジェンダーやフェミニズムに対する社会通念が変わったことは、私自身も痛感している。個を尊重する社会に変化することを強く望んで、そうした活動をする方々にインタビューをしてきたが、その機会はぐんと増えた。

今、Aに会えたら、私はどんな言葉をかけるのだろう。幼いころの私はAがAの望むことを応援できていたのか、知らぬ間に傷つけたこともあったのではないだろうか。好きなことを祝福できていたら安心するけれど、きれいな思い出で上書きしてしまっているんじゃないか。本当に王子様がやりたかった? バレンタインパレードはどんな気持ちだった? 寄り添う言葉をかけられていたら、寂しがり屋な彼は日本から離れなくてすんだのではないだろうか。

自分の否や加害性を想像した上で、それでもAをここにいられなくした大きな原因は日本社会にあると思ってしまう。SNSでは楽しそうな日々が綴られているけれど、そうやって「自分でどうにかしなさい」みたいな姿勢には、うんざりしてきた。自己責任では、もうすまされない状況にあるのではないか。社会のせいなのに、自責の念で押し潰されてしまっている人はたくさんいる。社会の空気が、価値観が、法律が変わっていくように、ジェンダーについて語り、黙らないでありたい。

性的マイノリティを題材にしたある映画の解説資料で、「知識不足や偏見は暴力につながる」と書かれていた。学びの途中だとしても、その態度でもって、加害性を意識しながら関心を寄せて、声を上げる。微力だけれど、恐れずに私のできることをしようと思う。

たとえば、映画や本、マンガについて発信する。最近だと『私はヴァレンティナ』、『チェチェンへようこそ』、『リトル・ガール』など性的マイノリティを題材にした映画が増え、インタビューする機会ももらえた。『RESPECT 男の子が知っておきたいセックスのすべて』(現代書館)や『イラストで学ぶジェンダーのはなし』(フィルムアート社)など、学び途中の人にもわかりやすい本も増え、関心を寄せる人に届くようにできることをしたい。

同じ親世代に向けて、ジェンダーや性教育をテーマにしたポッドキャストも準備中だ。個人の尊厳が守られる社会になるよう、もっと学び、声を上げつづけたいと改めて誓うことができた、大事な作品が必要な人に届きますように。

※Aさんに関する記述はご本人に許諾をいただいた上で掲載しています


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羽佐田瑶子

(はさだ・ようこ)1987年生まれ、執筆・編集。女性アイドルや映画などガールズカルチャーを中心に、インタビュー、コラムを執筆。主な媒体は『クイック・ジャパン』『She is』『BRUTUS』『TV Bros.』『CINRA』など。岡崎京子と女性アイドルなど、ロマンティックで力強いカルチャーや人が好き..