できるだけの思いやりと、穏やかなまなざしを。池辺葵『雑草たちよ 大志を抱け』『ブランチライン』に見る“寄りかからない”連帯のあり方

2021.7.11

文=羽佐田瑶子 撮影=小野奈那子
編集=山本大樹


さざめく木々の音や遠くの誰かの笑い声が聞こえてきそうなセリフのない描写から、物語の中にゆっくり引き込まれていく。言葉数の少ない登場人物たちだからこそ、時折呟く短いセリフがまっすぐ胸に突き刺さる池辺葵の作品から、コミュニケーションを考える。

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自分を受け入れること、誰かに受け入れられること

「私なんて」と、思わず言ってしまう。 本心だろうと謙遜だろうと、その言葉を口にするたびに、自分を傷つけている感覚になる。もっと、アメリカのティーンムービーに登場するキャラクターたちのように、挫折するような出来事が起こっても「それでも私ってセクシーで魅力的だわ」と自信を持って、自分で自分を褒めることができたらいいのだろうか。「“自己肯定”しよう!」という女性誌の見出しにうなずきながらも、自分の不甲斐なさにへこんだり、他人と比べて落ち込んだりする自分から逃れられないでいる。

「こういうおしゃれみたいのんほんまは苦手やけど なんもがんばらんと「私なんか」って言うんはなんか嫌やなーって」

(『雑草たちよ 大志を抱け』より)
『雑草たちよ 大志を抱け』池辺葵/祥伝社
『雑草たちよ 大志を抱け』池辺葵/祥伝社

『繕い裁つ人』や『プリンセスメゾン』など、市井の人々の日常から見えてくる折り重なる感情を丁寧に描く池辺葵。自身でも「マンガでは人間賛歌を描きたいと思っています」と語っているように、小さなことでもその人にとって大事なことで悩んだり、葛藤したり、奮起したりする姿を愛おしむように描いている。それは暗闇に閉じ込めたままだった、かつての自分が肯定される瞬間で、抱きしめてもらうような感覚になる。

『雑草たちよ 大志を抱け』は2017年に発表された、地方都市に生きる女子高生たちの青春群像劇。それぞれにコンプレックスを持ち、苦手なこともあり、秀でた特技があるわけでもない平凡で地味な5人の女の子。恋愛や友達関係に悩む中で、互いを思い合う関係性に胸を打たれる。

おしゃれが苦手で誰にでも優しいがんちゃんは、文学少女で毛深いことがコンプレックスの久子が憧れのアイドルをきっかけに「私なんかって思うけど でも それでも ちょっとでもましに見えたいなー」と努力してきれいになろうとする姿勢に感化され、チャームポイントの眉毛を整える。極端に短く、剃り過ぎた眉毛。まわりから見れば失敗かもしれないが、苦手なことを受け入れて、変わってみたいという気持ちに正直になれるがんちゃんの姿勢はとびきり素敵だと感じた。

クラスメイトに無視されてしまう状況も受け入れて「友達おらんてしんどいなー」と気づくこと、おしゃれが苦手な自分も受け入れて「私なんか」ばっかり言っているのは嫌だと自分を少し変えてみること。きれいにならなきゃいけない、ことはない。社会の規範ではなく自分が望む自分であること。比較級で語らず、その美しさは自分のためにあると語っているように思うのだ。

がんちゃんは、自分を受け入れるのと同時に他人もありのままに受け入れる。その、優しいまなざしがまわりを包み込んでいく。ゲームばかりしているピコがいつもがんちゃんの膝に座っているのも、無表情のひーちゃんががんちゃんに救われた過去も、受け入れたことから始まったのだと思う。そうして彼女たちは、互いを支え合う関係性を育んでいるのだろう。

まわりと違っても、それを苦しく思わなくてもいい

思えば、受け入れてもらうことは、自分を肯定する第一歩だったと思う。私が初めて受け入れてもらった経験は、母親のひと言だった。

小学生のころからまわりとうまくなじむことができず、こうと決めたら譲れないタイプだった。たとえば小学3年生のころ、本気で魔女になりたいと思っていた。きっかけは『オズの魔法使い』やジブリ作品。漠然と魔法を使えることに憧れを抱き、小学校の図書館にあった『魔女になるための11のレッスン』という本に出会ったことがきっかけで本格的に魔女になることを目指した。

本を片手に、修行に励む日々。魔女修行の本場はヨーロッパだと聞き、母親に『魔女の教科書』という本を取り寄せてもらい、辞書片手に訳しながら魔女学校に行く日を夢見た。100パーセント魔女に情熱を傾け妄想に明け暮れていたので、友達と会話なんてできない。口を開けば、魔女の話しかしない女の子なんて、どう扱っていいのかまわりもわからなかったのだと思う。

ある日、体育の先生に「ひとりで遊んでばかりいないで、お友達を作ってみたらどう?」と声をかけられた。大きな体格で、見下ろすように言われた。今思えばよけいなお世話だけれど、当時の私はその言葉がひどく心に残り、友達を作ることができないことは欠点だと自分を責めた。翌週に控えていた遠足も休んだ。

落ち込んでいる私に、母は甘い手作りのケーキや好きな映画のビデオを用意してくれた。「無理して友達を作らなくてもいいよ」縫いかけの洋服をミシンにかけながら、母は私に声をかけた。私は私のままでいい、まわりと違ってもそれを苦しく思わなくてもいい、だから好きなものを大切にしなさいと言ってもらったように思った。 「無理して友達を作らなくてもいい」何度も唱えた言葉は、今も大事に持っている。

できるだけの思いやりを、できるだけの穏やかなまなざしを

「もったいないかどうかは本人が決めることだし 積んだ経験は身につくものだから台無しにはならない」

(『ブランチライン』2巻より/太重)
『ブランチライン』池辺葵/祥伝社

現在連載中の『ブランチライン』は、4姉妹とその母親の暮らしを描く。シングルマザーで、大学院生の息子・岳を育てる長女のイチ、役所に勤務する次女の太重、喫茶店で料理を振る舞う三女の茉子、アパレル通販会社で働く末っ子の仁衣、夫に先立たれ200年つづく山奥の実家を守る母親。離れ離れに暮らす家族の人間模様と、敏感な彼女たちの心の機微から人間関係を考える。

太重は、昼休みはひとり離れた場所で弁当を食べる。ある日、同僚が変わり果てた姿で異動してきた。温厚で優秀で新婚ホヤホヤの幸せを振りまいていた彼。しかし、不倫騒ぎをきっかけに左遷されてきた、と部署の人たちは噂する。「人生台無しだよね」その言葉を太重に問うと、彼女は過去を回想しながら答えた。「もったいないかどうかは本人が決めることだし 積んだ経験は身につくものだから台無しにはならない」。 太重たち家族も、さまざまな経験を経て変わっていった。鋭い目つきでまわりを恐縮させていた彼女も、今は「できるだけの思いやりを できるだけのおだやかなまなざしを あの頃より少しだけは」と願う。姉の離婚、バラバラになった家族──物語はこれからもつづいていくが、彼女たちも自分やまわりを受け入れて、悔しいことも溜めながら、肯定するように変化してきたのだろうと察する。

ひとりで生きていくのは難しい、だけど

「己の力でのりこえるから美しいと(中略)人間もそうぜよ 一人ですっくと立ってる人間は美しいと」

(『雑草たちよ 大志を抱け』より)

帰り道に見つけた、ひっくり返っていたセミの姿と自分を重ねたピコ。親の離婚で転校した先で、あれこれ質問してきた同級生に対して「己の面倒は己で見る」と言い放つ。仲よくしてあげよう、という同情はピコの言葉で言うならキモいのかもしれない。だから、ピコの見てきた高知の清らかな景色を愛で、いつか一緒に見たいと言うがんちゃんのまなざしを持ちたいと思った。

ピコの母が言うように、ひとりで生きていくのは難しい。だけどブランチラインの仁衣や『雑草たちよ 大志を抱け』の女の子たちはひとりですっくと立っているから誰かと助け合えるのかもしれない。自分のできる範囲で、この難しい世界と人々を受け入れ尊重すること。寄りかからない自立した関係の強さを、池辺作品を通して思う。 

悩んだり、葛藤したり、奮起したりそれが情けなくて後悔したとしても、そんな自分を受け入れてみたい。そうしたらいつか、私や誰かを包み込むかもしれない。だから、あなたはあなたのままで美しいのだと、そんな音楽を奏でるようなマンガに今日も救われる。

ライターの羽佐田瑶子による、コミュニケーションやジェンダーを考えるためのマンガレビュー・エッセイ。月1回程度更新です。


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