「犯人はひきこもりだった」2019年に起きたふたつの事件
日本の話に戻ると、この国には今現在、40歳未満で約54万人、40〜64歳で約61万人のひきこもり当事者がいるという。合計すると100万人以上。そして、中高年のほうが多い。
この調査結果を聞いて、『ヒッキー・ソトニデテミターノ』を作るときに取材した施設のことを思い出した。『ソトニデテミターノ』は『ヒッキー・カンクーントルネード』の続編だが、これは『カンクーントルネード』で「主人公が外に出られてよかった」という感想が多かったことが創作のきっかけになっている。この感想からは多くの人が「ひきこもりが家から出さえすればすべて解決」と考えていることを感じた。僕自身は、自分が外に出たことがよいことだったのかわからない。だからいろいろなひきこもりを登場させながら、観た人が「出たほうがいい」という前提に疑問を持ち、それぞれの答えを考えられる作品を作りたいと思っていた。
取材したひきこもり対策支援の施設には、ひきこもりを受け入れるための寮があり、週に一度、外部の人も招いて「鍋会」のようなものを開いていた。そこにあるとき、60代後半ほどの男性が来ていた。
「新種か? ひきこもりおじいちゃんか!?」と近づき話を聞くと、ひきこもりの子を持つ親だという。40代の息子がいるのだけど、彼は20歳のときに就職に失敗して家を出なくなり、そのまま20年が経っているのだと。おじいさんは「息子がここに来てみようかなと言っているから、下見に来たんです」と力なく笑っていた。
取材した当時は「あのまま家を出なかった自分」を探しに行ったような気もしていたから、その老父と息子に自分と母親を重ねもした。同時に、また新たな社会問題が起こっていると感じた。
そして現在の8050問題だ。高齢化して経済力、子の世話をする体力がなくなってきている80代の親と、ひきこもりが長期化して年齢を重ねた50代の子が同居する家族にまつわる問題のことだ。社会的に孤立するこうした家族はさまざまな困難を抱えている。
8050問題という言葉を有名にしたのは、2019年に起きたふたつの事件だった。ひとつは、川崎市で起きた通り魔事件。もうひとつは、練馬区で70代の父親が40代の息子を刺殺した事件。
川崎市の事件では、「犯人はひきこもりだった」と大きく報道された。練馬区の事件は、ひきこもりだった40代の息子が川崎市と同様の事件を起こすのではないかと危惧した父親による殺害事件だった。昔から、こうしてひきこもりを犯罪者予備軍のように扱う偏見は多い。
これらの事件と、僕がひきこもりについて語ろうとしていることに、特に関係はない。ひきこもりの中だけでなく、普通に社会生活をしている人の中にも、思いどおりに事が進まず、「こうなったのは世界のせいだ」という思考になれば、なんでもかんでも傷つけようとする人は一定数いる。あれだけ大きな事件だったから、みんなが動揺したのはわかる。その動揺から抜け出したくて、すぐに「誰が悪者か」という思考にみんなが駆け込み、わかりやすく「ひきこもりのせいだ」ということにしたい人々が山ほどいることだけはよくわかった。
ひきこもりにもいろいろな種類があると思っている。ひきこもりになる原因はいじめやブラック企業など、社会の側にもある。すべての人が今の社会に適応できるわけではないから、適応するための猶予期間としてひきこもりになる人がいる。その中で、家で抑圧を感じたり、社会に恨みを覚えたりして暴力的になってしまう人もいるという話だ。そのいろいろな種類をひと括りにして、ひきこもりと社会に危害を加えることを結びつけるのはあまりにも安直だと思う。