妻に内緒で“4人のバツイチ子持ち女性”と逢瀬「僕の人生は無駄じゃなかった」【#10中編/ぼくたち、親になる】

文=稲田豊史 イラスト=ヤギワタル 編集=高橋千里


子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を、匿名で赤裸々に独白してもらうルポルタージュ連載「ぼくたち、親になる」。聞き手は、離婚男性の匿名インタビュー集『ぼくたちの離婚』(角川新書)の著者であり、自身にも2歳の子供がいる稲田豊史氏。

第10回は、地方で妻とふたりの子供と暮らす、個人事業主の49歳男性。夫婦関係が悪化するなかで、マッチングアプリを始めたという。

※以下、屋敷さんの語り

3カ月で4人のバツイチ子持ち女性と会う

※画像はイメージです

マッチングアプリに登録したのなんて、生まれて初めてです。当たり前ですが、若い女性とのヤリモクではありません。というか、49歳の地方在住・零細自営業者・既婚・子持ちの男性と、若い女性がマッチングするはずもありませんが。

同世代くらいの、大人の女性と話がしたかったんです。僕は大きな会社でサラリーマンをしたことがなく、個人で働くか、小さな職場にしか勤めたことがないので、同僚の女性と会話する、みたいな機会が今までの人生でほとんどありませんでした。

大人の女性との会話といえば、妻の芳恵だけ。その芳恵も11歳下です。精神的に成熟した女性との会話に、長らく飢えていたのかもしれません。

プロフィールには、年齢も収入も職業も正直に書きました。遠巻きではありますが自分の外見写真と、かつて行った旅行先の写真もアップして。普通といえば普通です。絶大な引きになるような要素は、特になし。

なのに、自分でも驚くほど次々と、同世代の女性からアプローチがありました。

会うことになった女性には、事前に必ず「自分は事実婚ならぬ“事実離婚”状態。ただ、子供がふたりとも成人するまでは、離婚する気も再婚する気もない」と伝えています。それで「では結構です」と言われたことは、今のところありません。

結果、3カ月で4人の女性と会いました。それをA〜Dさんとすると、Aさんとは3回、Bさん・Cさんとは2回ずつ、Dさんとは1回会っています。4人は40代から50代前半。全員、バツイチの子持ちです。

彼女たちとは、店を開ける時間を遅くしてお昼時に会います。待ち合わせはショッピングモールの駐車場。そこで僕の車に乗ってもらい、ちょっと気の利いた店に移動してランチしながら歓談します。

何がいいって、全員、ものすごく僕の話を聞いてくれるんです。気持ちよくしゃべれる。めちゃくちゃ心地いいんですよ。

「必要とされる感じ」を味わった

最も多く会っているAさんは、最年長で54歳。僕の仕事や旅行が趣味だったことにすごく興味を持ち、たくさん質問してくれます。

最初のランチのあと、メッセで「国立大学卒だし、英語教室の先生をされていたと書かれていたので緊張してたんですが、話に聞き入っちゃいました」という感想が届きました。

もちろんお世辞もあるでしょう。でも本当に久々に、男として生きていて「必要とされる感じ」を味わえました。ランチをおごる程度でこんなに心地よくなれるなんて、コスパが良すぎます。

しかもAさん、初対面の日に店のテーブルに着席するなり、タッパーに詰めた手料理の煮物を差し出すんですよ。「帰りに渡そうと思ったんですけど」って。

あとでいただいたら、ものすごくおいしかったです。「マッチングアプリで知り合った5つ年上の50代女性からの煮物」だなんて、バカにする人もいるでしょうね。受け止め方によっては「重すぎる手料理」でもありますし。

だけど、僕は心から嬉しかったんですよ。初めて会う人のために、前日に台所に立ってわざわざ作ってくれた。その心意気が、ほんと染みました。

※画像はイメージです

1回目のランチが終わった日にすぐ、2回目の誘いが来ました。「日帰りで温泉でも行きませんか」と。驚いたけど、万が一に備えて一応、休憩の個室は取りました。

妻には「百貨店のバイヤーと商談があるので、今日は臨時休業する」とか言って。結局、Aさんとは何もなかったけど、風呂上がりにまったりしゃべることができて、1回目以上に楽しかったです。

すると、また間を置かず「いちご狩りに行きませんか」。いちご狩りの場所は僕が探したんですが、そのあとのご飯は彼女が前もって感じのいい蕎麦屋を決めておいてくれました。

蕎麦屋ってのがまた、気が利いてるじゃないですか。いちごをたくさん食べるとまあまあ腹はふくれるけど、蕎麦だったら入る。しかも酸味と甘味の果物、からのしょっぱい蕎麦つゆ。完璧です。そういうのをちゃんと考えてくれる心遣い、目いっぱい楽しい時間にしましょうという彼女の心意気が、嬉しかった。

※画像はイメージです

Aさんは僕より5歳年上であることをいつも気にしていて、「いいんですか、こんなおばちゃんで」ってしきりに言うんですけど、いつも目をらんらんと輝かせて、すごく楽しそうなんです。

わかるんですよ。男性に比べて女性のほうがずっと、加齢によって「異性に相手にされなくなる」度が高い。機嫌よくしゃべりかけてくれる異性自体が減ってくる。

しかも、ここいらのような田舎で「パート勤務の50代女性」は、人間関係は狭いし社会との接点もなくなっていく。Aさんはそれがつらくて、外の世界に連れ出してくれる男性を求めていました。そこに、僕がピタッとはまったんです。

自分にお金と時間を使ってくれたことが嬉しい

介護職員で42歳のBさんは、職場の人に対する愚痴をまくし立ててきたんですが、僕が過去に仕事で苦しめられた人とよく似ていたので、分析して対処法なんかを話したんですよ。そうしたら「こんなにわかってくれる人は初めてです」と感謝され、すぐ2回目のお誘いが来ました。

お子さんが4人いる51歳のCさんは、僕が県下きっての進学校出身だとわかると、とたんに尊敬の眼差しを向け始め、高校生の息子の教育相談で盛り上がり、同じく2回目のお誘いが来ました。

その2回目で、すごく高級そうなバレンタインチョコをくれました。なんでも北海道のチョコで、期間・数量限定のものらしく、それを狙ってネットで買い求めてくれたみたいでした。

感動しました。だって、嬉しいじゃないですか。再婚の可能性はない、金も持ってない、たかだかランチをおごってもらってるだけの男に、チョコをあげたいと思ってお金と時間を使ってくれてるんですよ。

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その場で1個だけ食べたら、今まで食ったこともないくらいおいしいんですよ。だからその場で大喜びしたら、Cさんもすごく嬉しかったらしくて、「本当に買ってよかった。おいしいって言ってくれる人にあげたかった……」って、感極まってるんです。

今までの人生は無駄じゃなかった

彼女たちはいわゆる「熟女」と呼ばれる年齢帯です。僕、若いときは熟女なんて興味なかったけど、自分も年を重ねてくると、人生経験を積んだ人のありのままの姿を見て、この人にもいろいろドラマがあって今ここにいるんだってことに、自然と想いを馳せるようになりました。

いろんなものが刻まれた人間同士として会話する。その喜びを感じられるようになったんだなと、しみじみ思います。

しかも、彼女たちは離婚経験者です。なかなかの修羅場もあったでしょう。皆、順風満帆とは言えない人生を送ってきただろうに、俺の話を笑顔で聞いてくれてるのを見てると、それだけで何か愛おしく感じるんです。

ちなみに、2回以上会っている女性の2回目以降は、すべて女性側からの「また会いたい」で実現しています。ルックス的に凡百でカネもない僕なのに、それでもそう言ってくれるということは、こちら同様、向こうも話し相手として心地よかったからでしょう。そこは完璧なWIN-WINでした。

AさんもBさんもCさんも、性的にどうかと言ったら、いけるかいけないか微妙なところではあります。同じように、向こうもこちらをそういう対象としては見ていないでしょう。でも、いいんです。会って、話して、僕という存在が求められて、感謝される。それさえあれば。

生きているなあって感覚。解放された感覚。尊敬される感覚。異性の容姿や年齢をそれほど気にしない感覚。これらは、今までの人生で味わったことがないものでした。

なにより、芳恵から得られなかった「心から求められているという実感」「何かを差し出したことに対する感謝」が、マッチングアプリで出会った女性たちからは十二分に得られました。こんなに楽しく、幸福で、充実感に満ちた時間を過ごしたのは久方ぶりです。

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僕は過去、いろんな仕事をしていろんな人と会ってきました。旅行先でその土地の人と仲良くなるのは得意なほうだったし、落ちに向かっていくトークも苦手じゃない。人の話を遮らないで聞く傾聴力も、そこそこあると自負しています。そのスキルが、ここにきて、こんなかたちで役立った。僕を救いました。

大げさに言えば、マッチングアプリによって、今までの人生が無駄ではなかったと思えたんです。ああ、自分という人間にはちゃんとニーズがあるんだと。ここ10年以上、そう感じられる瞬間が、妻とのコミュニケーションの中では皆無だっただけに。

それで決断しました。芳恵と離婚するかしないかの最終結論は、5年後に出そうと。今15歳の次男が、成人するタイミングです。

後編は5月21日(火)夜、公開予定

【連載「ぼくたち、親になる」】
子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を匿名で赤裸々に語ってもらう、独白形式のルポルタージュ。どんな語りも遮らず、価値判断を排し、傾聴に徹し、男親たちの言葉にとことん向き合うことでそのメンタリティを掘り下げ、分断の本質を探る。ここで明かされる「ものすごい本音」の数々は、けっして特別で極端な声ではない(かもしれない)。
本連載を通して描きたいこと:この匿名取材の果てには、何が待っているのか?

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稲田豊史

(いなだ・とよし)1974年愛知県生まれ。ライター・コラムニスト・編集者。映画配給会社、出版社を経て、2013年に独立。著書に『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ──コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の..

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