『R-1グランプリ』最強の化け物が現れた!奥森皐月が注目する3人のファイナリスト【今月のお笑い事件簿】

文=奥森皐月 編集=高橋千里


年間100本以上のお笑いライブに足を運び、週20本以上の芸人ラジオを聴く、19歳・タレントの奥森皐月

今月は、3月9日に決勝戦が生放送される『R-1グランプリ2024』の予選をフルコースで観た奥森が、独自の目線から注目のファイナリストを解説する。

エントリー数は過去最多!芸歴制限撤廃の『R-1グランプリ』

『R-1グランプリ2024』のファイナリスト9人が発表された。芸歴制限の撤廃が話題になり、エントリー数は過去最多の5457人。

ひとりで舞台に立ってウケたいと思っている人が約5500人もいるという事実に驚きを隠せない。さらにはネタ時間が3分から4分になるという、お笑い好きにはうれしい変化もあった今年の『R-1グランプリ』。

お笑いの賞レースはもちろんどれも観ているし好きだが、予選を観ることに関していうと私は『R-1』が一番。2024年大会は1回戦・2回戦・準々決勝の会場に足を運び、準決勝は配信を観て、フルコースで楽しませてもらった。

奥森皐月

改めて、エントリー数の5457人という数字はすごいと思う。これまでの最多出場者数が2018年の3795人のようなので、そこから1.5倍近く増えているということだ。

芸歴10年以内という縛りがなくなった反動で増えたのなら、『R-1』の戦略としては大成功かもしれない。戦略かどうかはわからないが。

昨年の10月中旬、このような投稿がXで拡散され、6万以上いいねされていた。

たった140字に、『R-1』の素晴らしさが全部詰め込まれている。『R-1グランプリ』というのは、普段の生活はおろか、お笑いライブですら見ることができない人が数えきれぬほど出場しているのだ。

このバズを目撃し、私も便乗するようなかたちで忘れられない記憶を文字にして投稿した。ありがたいことにこれも拡散してもらえた。

舞台上の人が意味不明の奇声を上げているところ、ネタを飛ばしてそのまま雑談をして時間を埋めているところ、声量や滑舌のせいで2分間通してなんと言っているかわからないところを見たことがあるだろうか。

『R-1』の1回戦に行けばすべて見られる。水分と食糧を確保して、再入場をしなければ、500円でその光景を10時間ほど浴びることができる。

数時間に1回、ライブシーンで活躍している人やテレビで見る人が紛れているのもおかしくなってくる。当日キャンセルが続出して1ブロックの過半数がいなくなるのも当たり前と思っていい。

今年の『R-1グランプリ』の1回戦でも、ありとあらゆる人を発見することができた。

ドローンを飛ばすネタでドローンが飛ばなかった人。
四つ切りの画用紙でフリップネタをしているが、A4の紙に文字を印刷してそれを貼りつけているので余白が多いし文字が小さすぎる人。
あるあるネタをリズムに乗せて言っているが、ネタが飛んでリズムだけ口に出していた人。

これの羅列だけでひとつの記事にできそうなくらいにはさまざまな人がいる。「多様性」は言葉で教わるよりも『R-1』の1回戦をしばらく観ているほうが理解できるかもしれないと思うほどだ。

出場者名さえ確認できない、刹那的な1回戦

『M-1』と大きく異なる点がある。それが、公式ホームページのデータ量だ。

『M-1』だと、興味を持った芸人さんの情報や写真をサイトから確認することができる。しかし、『R-1』にはそのようなデータが一切ない。出場者名がずらりと並んでいるだけなのだ。

正確にいえば、出場者名が並んだnoteのリンクが貼ってある。サイト内では出場者名を確認することさえできない。

たとえば、私が「木曜日の半端ネラ(無所属)」として出場して1回戦に出場して敗退したとする。その場合、世界中で木曜日の半端ネラを知っているのは、その会場で見た数人だけとなる。

広大なインターネットの海を隈なく探しても、その人物の情報は一切出てこない。私は『R-1』のこの儚さすら愛おしく思えてきている。

今年は「NOメン」という名前で1回戦に出場していた人が鮮烈に印象に残ったのだが、帰ってから調べても何もわからなかった。ラケットを肩から下げていて、それを特に使わずに終わった人。

自作と思われるやけに完成度の高い音楽が2分間流れ続けていて、途中でボカロの歌も入っていた。音楽の途中でたまに少し動いてポーズを取っていたが、それ以外は微動だにしなかったし、ひと言も声を発さなかった。

NOメンさんは何者なのだろう。ひと目でいいからもう一度見たい。そう思っても叶わないのだ。和歌のようだ。

それくらい刹那的なのが『R-1グランプリ』の1回戦だと、私は折り合いをつけている。死ぬ間際にNOメンさんが何者かわかったら、いい人生だろうな。

YouTube動画の音質が悪すぎる2回戦

出場者数が爆増したことで、今年の1回戦は例年以上に狭き門となった。通過率が毎日10%くらいで、5%ほどしか勝ち上がらない厳しい日もあった。

その激戦を勝ち抜いたとはいえ、2回戦にもまだまだ見たことのない世界は広がっている。

おじさんが、画素数が低くて粗い女性の横顔のプリントを持っていて、いろいろな仕掛けを使ってキスをするというネタを見た。

この仕掛けが少し複雑で、言葉で説明するのが難しいと困っていたのだが、なんと公式YouTubeが厳選して投稿している予選のネタ動画のひとつにこのキスのネタがあった。

これで見直して説明しようと動画を再生した次のとたん、衝撃を受ける。ハートが強い人はぜひ本物の動画を一度観てほしい。

水没したiPhoneで撮影したのだろうか。音質がとにかく悪い。というか音割れが激しい。どうしてこうなってしまっているのかがまったくわからない。ネタうんぬんの前に音が気になって何も入ってこなかった。

現地で見たときは女性の顔のプリントの画質の悪さがおもしろかったのだが、YouTubeではそんなことより音質の悪さがおもしろい。

けっして会場が割れるほどの大声ではなかったはずだが。謎は深まるばかりだ。このような小さな一つひとつの積み重ねで、もう『R-1グランプリ』の虜。

ネタ尺が4分に!観応えのある準々決勝

準々決勝になると一気にスケールが大きくなり、ネタ尺は2分から4分に。東京会場は2回戦の4倍以上の客席数のルミネtheよしもとになる。

今年の予選は不思議なスケジュールで、平日の午前10時半開演で16人だけ出場する日があった。全部観終わって劇場を出ても、まだ午前だった。

ネタ尺が4分になると一気に観応えのあるライブになる。さまざまな芸人さんが言っていたが、フリが長いコントは4分のほうが映えるとのこと。

実際に観ていても、コントの人は2分のときに比べて格段におもしろさを感じられた。この時点で残っている人は当然全員すごくおもしろいというのもある。

奥森皐月が厳選した、注目のファイナリスト3人

2024年のファイナリストの中で、特に私が注目している人が3人いる。9人中3人というのはかなり多いとはわかっているのだが、これ以上絞ることもできなかった。

【1】お抹茶(トンツカタン)

まずは、トンツカタンのお抹茶さん。

トンツカタンといえばトリオの中のツッコミである森本(晋太郎)さんがピンでバラエティに出演することが多く、最近は「トリオ格差」を取り上げられることもあった。世間的にも「トンツカタン森本」というピン芸人だと思っている人が発生してしまう状況。

しかし、2年ほど前に私はお抹茶さんのピンネタを初めて観て電流が走った。トンツカタンのコントとはまったく違う、お抹茶さんひとりのネタが最高におもしろかった。実際にそのネタで昨年は準決勝まで進出していた。

期待に胸をふくらませて今年もお抹茶さんの出場日に予選を観に行ったのだが、正直初めて観たとき以上に震えるネタだった。この人が評価されないなら世界がおかしいと、行きすぎた考えまでたどり着いたのだが、晴れて決勝に進出されたのでこの世界はおかしくなさそう。

何を言っても野暮だが、とにかくテレビの決勝の舞台でお抹茶さんのネタが観られることがうれしくて仕方ない。心の底から楽しみだ。

【2】街裏ぴんく

街裏ぴんくさんの決勝進出が発表されたときは、比喩でもなく飛び跳ねてしまった。

お笑い好きなら誰もが知る唯一無二の存在。天才という言葉を誰かに向けることは極力避けているが、ぴんくさんは本当の天才だと思う。

2019年大会で決勝に進むだろうと思って応援していたが惜しくも準決勝敗退で、関係のない立場なのにとても悔しく思ったのをよく覚えている。

それから芸歴制限が設けられていたので、今大会に出場してくださったこと自体がうれしかった。ぴんくさんが優勝する可能性があるというこの上ない幸せ。

恐ろしい頻度で開催されている独演会は、いつ観ても濃厚で最初から最後までおもしろい。ひとりで漫談をするのみのライブなのに、終わって時計を見て2時間半過ぎていたときは鳥肌が立った。時間が無限にあれば、四六時中ぴんくさんの独演会を観ることだろう。

ぴんくさんを前に4分は短すぎる気もするが、あの世界が全国に流れることを想像するだけでゾクゾクする。どうにか全国のキッズに届いてほしい。それで次の日からみんな学校でめちゃくちゃな嘘をつきまくってほしい。明るい未来。

【3】どくさいスイッチ企画

もうひとり重要なファイナリストがいる。どくさいスイッチ企画さん。『R-1』史上初のアマチュアで決勝に進出した化け物だ。

予選で2度見たが、プロの芸人さんに負けていないどころのウケ方ではない。2024年大会で大きな盛り上がりを見せたのが、どくさいスイッチ企画さんだった。

大阪を拠点にしているどくさいさんにとって、準々決勝の東京会場はアウェイだっただろう。最初は会場の空気も重く「知らない普通の人が出てきたな」というような雰囲気だった。

ところがネタが進むにつれ、客席にいる一人ひとりが心をつかまれていくのが手に取るようにわかった。会場の笑い声はネタが進むほどに大きくなっていって、その日トップレベルの熱気に包まれた。

私が漫画家ならその一部始終を描きたい。普段は会社員、でもルミネに出て会場を沸かせるピンネタができる。本当にマンガの主人公のようだ。

どくさいスイッチ企画さんは、もともとおもしろいアマチュアお笑いの人という認識だったのだが、昨年末にその印象は少し変わった。そのきっかけの投稿がこれ。

冒頭で引用した「『R-1』の1回戦を完璧に説明した投稿」の主こそが、どくさいスイッチ企画さん。

Xのリプライでよくある「バズったので宣伝します」の部分で、『R-1』の優勝を本気で狙っていますと書かれていたが、まさか本当に決勝まで駒を進めるとは誰も夢にも思わなかっただろう。

この140字からでも『R-1』愛はひしひしと伝わってくるが、そのほかにもYouTubeでアマチュア向けに「『R-1グランプリ』に出るにあたって」という動画を公開している。

【アマチュア向け】R-1グランプリに出るにあたって

準備に必要なことのまとめだけでなく、出場の覚悟ができているか問うところまで幅広く解説されている素晴らしい内容だった。

また、自身のnoteでは『R-1グランプリ』1回戦の事件のような出来事をまとめて投稿している。先ほど私が述べた内容が薄く感じられるくらいさまざまなエピソードが連なっていた。

これらを見て私は、どくさいスイッチ企画さんがただのおもしろアマチュアお笑いの人ではないことを確信した。並外れた『R-1』愛を持つ最強のファイナリストである。

どくさいスイッチ企画さんが優勝する可能性もじゅうぶんあることを考えると、『R-1』は夢のある大会だ。

今年は点数の誤表示がありませんように

テレビで活躍する芸人さんやさまざまなお笑い賞レースのチャンピオンも出場していた中で、たったひとりでお笑いに向き合い、決勝まで進んだ9人。

今年は敗者復活戦もないので、この9人の中から誰かひとりは優勝することとなる。「ミスター『R-1』」とも呼ばれるルシファー吉岡さんや、昨年は出場しなかった吉住さんも注目ポイントであり、楽しみだ。

あとは放送の枠にきちんと収まりきることと、点数が誤って表示されないことをみんなで祈るのみ。大会、近いもんな。

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奥森皐月

(おくもり・さつき)女優・タレント。2004年生まれ、東京都出身。3歳で芸能界入り。『おはスタ』(テレビ東京)の「おはガール」、『りぼん』(集英社)の「りぼんガール」としても活動していた。現在は『にほんごであそぼ』(Eテレ)にレギュラー出演中。多彩な趣味の中でも特にお笑いを偏愛し、毎月150本のネタ..

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