会社を辞めるのは悪いことではない。10年勤めたブラック企業を退職し、今思うこと(ウイケンタ)

2021.11.22
ウイケンタ

文=ウイケンタ 編集=高橋千里


ブラック企業に10年間勤務し、3年前に退職したというライター・コラムニストのウイケンタ氏。自身の経験を踏まえ「会社を辞めること」について考える。

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※写真はイメージです
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広告炎上で思い出す、10年間のブラック企業時代

定期的に広告やSNSの投稿内容が炎上しているのを目にします。炎上の内容はさまざま。盗作の疑い、女性蔑視、ジェンダー関連。今年の10月には、品川駅に出された広告が「一所懸命働く人を揶揄しているように感じる」と炎上している案件もありました。

そんな炎上を見るたびに、僕は自分のサラリーマン時代を思い出します。

今から3年前、過労で倒れ、10年勤務した会社を退職しました。肉体的な過労や精神的なストレスからメニエール病をはじめとした病気をいくつか併発して、左耳の聴力は3割しか機能していませんでした。

昔から体力とメンタルには人一倍自信があり、実際、倒れるまで体調不良で会社を休んだことは一度もありませんでした。しかし、そんな体力自慢も長過ぎる勤務時間や、月に1回あるかないかの休日、徹夜しても終わらない仕事というブラックな環境には耐えられなかったようです。

「声を上げた人が損をしつづける」ブラック企業の特徴

話を広告の炎上に戻します。

これはあくまで僕が過去のブラック企業勤務の体験から勝手に想像していることですが、炎上している広告を出した社内に「この広告は……嫌な予感がするな……炎上するかもな」や、もしかしたら「これは絶対によくない。このまま世に出すべきではない」ということに気づいた人がいるはずなのです。

しかし、気づいていながらも何も言えなかった人や、言わなかった人がいたのではないかと思うのです。

では、なぜ彼らは何も発言しなかったのか。

ブラック企業に限らず、社長のワンマン経営の中小企業にもありがちなのですが、よかれと思って放った発言が命取りになることがあるのです。それが社会的には正しい発言だとしても、です。

たとえば、社内にいつもゴミが落ちていることに気づき、そのことを言葉にしたとたん「ゴミ拾い担当」や「ゴミが落ちていない環境を作る責任者」に任命されてしまうのです。それが仕事の一環として扱われ、結果が正当に評価されるならまだしも、多くの場合はただ仕事(というよりは雑務)が増えるだけなのです。

ゴミ拾いはあくまでたとえであって、これは会社の仕組み全般に言えることです。声を上げた人が損をしつづける。これがブラック企業の特徴のひとつです。

会社が組織の問題の多くを、誰かしらを「担当」にすることで解決しようとする。さらに、そのことを「仕組み」としているのです。

しかも、発言の内容によっては上司への反発だ、経営批判だと判断されることもある。そうすると、誰がどう考えても社会的にも人道的にも正しい発言だとしても、社内の法律では罰せられるのです。

そんな環境にいると人間はあっという間に「事なかれ主義」になります。いかにその日を静かに、何事もなく無事に終わらせるかが優先順位の1位になるのです。炎上しそうな企画や広告案を見てもダンマリが正解だと思ってしまうのです。


人の心も、会社も「いつかは変わってしまうもの」

しかし、人間はいつまでもブラック企業にはいられないようにできています。

昔読んだ本に「労働者は『やりがい』『人間関係』『給料』この3つのバランスが崩れると、その企業がどんなに優良企業でも、どんなに楽しかった仕事であってもその会社を辞めたくなる」というようなことが書いてありました。これは本当にそのとおりだと思います。

極端に長い労働時間、理不尽な指示、過剰なノルマ、残業代等の賃金不払、ハラスメント行為が横行するブラック企業において「やりがい・人間関係・給料」のバランスなんて皆無です。そんな会社での仕事が長くつづくわけがないのです。

しかし、なかなか「会社を辞めたい」と言い出せない人が多い。特に責任感が大きい人は「ここで投げ出すわけにはいかない」「甘えているだけだ」と何年間も消耗してしまう人がいます。

リクルート人材センターの広告コピーに「あなたがいま辞めたい会社は、あなたが入りたかった会社です」というものがありました。1998年のものです。20年以上経過した現在、このキャッチコピーは「人間は変わるの」で完璧に論破できると思っています。

人間は、わりと簡単に変わってしまいます。毎日の経験、SNSで見る情報、スマホやテレビから流れてくるニュース、恋人や友人との会話。それらを通して、人の価値観は変化するのです。

昨日まであんなに固執していたものがどうでもよくなることもあれば、その逆もあり得るのです。そうやってきっとこれまでも変化しつづけてきたはずです。

これは会社も一緒です。法人も「人」と一緒です。変わりつづける人格を持っているのです。為替や原油の価格やコロナなどの世界情勢、時には経営者の気分ひとつで法人の人格はホワイトにもブラックにも変わるのです。

個人も法人も同時進行で変わりつづける。結果、これ以上一緒にはいられないくらいの距離ができてしまうこともあるのです。だから、かつて入りたかった会社を辞めたくなったという感情の変化も当然のことなのです。何も悪いことではありません。

「今、自分が辞めて会社は大丈夫なのだろうか」と悩んでいる人へ

仕事を辞めたくても残される同僚や後輩への負担のことを考えてしまい、なかなか踏み出せない人もいるでしょう。それも心配無用です。あなたがどんなに重要な役職だったとしても会社を辞めて大丈夫です。

もしかしたら想像できないかもしれませんが、世の中の会社は、誰かが辞めてもなんだかんだ回るようにできているのです。あなたが辞めることで能力を伸ばす後輩や部下もいるだろうし、新しい仕組みができることもある。それらのことがなかったとしても、会社が本来「あるべき規模」に変化していくのです。それが社会の仕組みです。

それに、そもそも誰がいつ辞めても平気な状態にしておくのは経営者の責任です。仮に、あなたが辞めて会社の業績が落ちるなら、それも経営者の責任。辞めていく人が心配することではないのです。

中には会社に引き止められ、考え直す人もいるでしょう。

冷静にその話を聞いてみてください。きっと会社の引き止めは「お前が辞めたら会社は大変になる」だの「これから繁忙期がやってくるのに責任感はないのか」だの、会社の状況ばかりを説明しているはずです。あなたの状況や人間としての感情は無視されているはずなのです。そんな会社にいてもしょうがないのです。

もしかしたら「お前なんかどこに行っても通用するわけない」だの「もっとここでがんばれ。ここで通用するようになったら、どこに行っても大丈夫だ」とか、おかしなことを言う人もいるかもしれません。その人がこれまでさまざまな会社を渡り歩き、いつも惜しまれながら辞めているような優秀な人ならまだしも、そんな人はこんなこと言いません。

彼らはなんの根拠もなく言っているのです。外の世界を知らず、自分たちが誰よりも優秀で大変な仕事をしていると思い込んでいるからこそ言えるのです。

だから、周囲の人が何を言おうが、「逃げ出すのか」と責めてこようが、あなたは悪くないのです。もっと尊重されるべきなのです。本当は応援されるべきなのです。

一番大切なのは自分の心です。心の中で「ここでの仕事はもうじゅうぶんがんばった。たくさんガマンもした。もうここにはいられない」と思えるかということです。

大してがんばってもいないのに辞めるのは非難されて当然かもしれない。でも、心の中で自分に対して「もうOK。じゅうぶんです」ということを思え、線引きができるならもういいじゃないですか。

大事なことなので何度も言います。会社を辞めたくなるのは悪いことではありません。だから、何を言われようが、自分の中で納得性があるならさっさと辞めてしまいましょう。そこで何年も命と同じくらい大切なものを消耗するのはあまりにも悪手です。

ブラック企業で働き、辞めたという経験値は大きいです。

きっとその経験値が、きっと今よりも自分を大切にしてくれる場所に導いてくれるはずです。


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ウイケンタ

ウイケンタは本名。ライター・コラムニスト・会社経営者。3冊目の書籍『38歳、男性、独身』がKADOKAWAより発売中。朝日新聞社のオンラインサロン『喫茶 クリームソーダ』にて会員限定ブログを運営。15年のアウトドア歴を活かして最近はアウトドアの記事執筆やキャンプのコーディネートも行う。カレーと飲酒と..

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