二度とライフをハックするな〜知識をコケにするネオリベ的価値観

2021.9.20


21世紀ネオリベの子

前述のような、知識というものがコケにされる風潮が端的に顕れているように思えてならないのが「ライフハック」という言葉遣いだ。

本来的な技術者畑における用法を離れた、バズワードとしての「ライフハック」という言葉が指し示す意味を考えるにつけ、「生活の知恵」とか「伊東家の食卓」とかいろいろを経て「あれ? 要は『知識』のことじゃん」と結論してしまう。

朝早起きしてちょっと仕事をするといいとか、筋トレと同時並行でこういうものを食べるといいとか、「そんなの『知識』じゃん」となる。

じゃあ翻ってなぜ「知識」じゃあなく「ライフハック」と言いたいのか? その2語の間にあるニュアンスの違いとは?と考えると、大事なのは“出し抜いた感”なんじゃあないかと思うのだ。“ライバルに差をつけろ”みたいな。

泥臭く勉強して得た正攻法な「知識」じゃなく、無駄に努力せずかいつまんだ“裏技”で「得した」と感じたい。ほかの人より楽できてる。そういう“ズルがうまくいってラッキー”的な欲望がこの言葉遣いのベースにあるとしたら。もうそういうふうにしか知識を得ることが楽しめなくなっているとしたら、こんなに貧しく不健全なことはない。かなりまずいことになっているのかもしれない。

そして第2段落冒頭で挙げたような人たちや“成功者”たちのフォロワーは、概して「ライフハック」が好きというか、「ライフハック」的なるノリ・文化圏の中にいるように思える。

その“ノリ”は、言い換えればネオリベ的価値観と表現することができる。

ネオリベ──ネオリベラリズムの定義をここで詳細に説明することはしない。こういう一つひとつの知識を自分で調べて身につける体験を促すのが、筆者が文章の仕事を通じてやりたいことだからだ。

筆者が選んだネオリベを考える手引きの一冊『生きるためのフェミニズム パンとバラと反資本主義』(堅田香緒里/タバブックス/2021年7月)

雑に省略すれば、自由競争を活性化させるために政府から市場や個人への干渉は最小限にする、という名目で、さまざまな福祉や保障、公共サービスをオミットする考え方、といったもの(この説明だって、政治にも経済にも専門的な知識を持たない筆者の言うことだから話半分に読み流して正確な情報に当たってほしい)。その末の世の中が今ここだ。

こうして生まれたのは、一部の人だけが勝ち抜いて、支援を必要とする人の存在が軽視され、支援が受けられないどころか人権自体が認められない状況。

「ホームレスや生活保護受給者より猫のほうが存在価値がある」なんて言ってしまえる世界。

そして一部の“勝ち抜いた”成功者たちは、ほかを出し抜いて勝ち上がってきた体験を商材に仕立ててワナビーに向けて売り出す。実際のところハウツーでもノウハウでもなんでもない、本人以外に再現できない単なる体験談だとしても、それらは売れる。いろんな形態で。オンラインサロン、有料note、YouTubeチャンネル、書籍その他。

自分もおこぼれにあずかりたいと、うまく勝ち抜いた者の証言に群がる。ただ、この不均衡が不均衡のまま放置される世の中で勝ち馬に乗っている者の多くは、もともと恵まれている者だ。教育機会や経済状況に恵まれて育ち、そもそもシードからゲームをスタートしている、という不都合な真実は無視される。あるいは本人自身それを自覚できず、100%実力で自分の人生を切り拓いてきたと信じて疑わない。有名大学卒のインフルエンサーが売っている就活ノウハウが、就職市場で評価の低い学歴の人にどこまで再現可能だろうか。

いや、本当に自分の思っているとおりか? 自分の知識が及ばない部分で致命的な見落としがあるんじゃあないか? そういうブレーキが効かなくなっていく。なぜならこれまで自分は“勝ち抜いて”きたので、知識がないわけがない。

こうして知識をろくに持ち合わせず、自分は知識に優れていると信じることができ、またその自己像が崩されることなく成功が積み上がっていく構造ができ上がる。

ただ、おいたをし過ぎるとその構造が外側から破壊される、というケースがちらほらと見受けられるようにはなってきた。DaiGoの件がまともに批難を受けたのはひとつの狼煙と取れるかもしれない。その程度には、世間がネオリベ的ノリの熱狂から醒めつつあるのかもしれない。

だとしたら、もうそろそろ知識との向き合い方を改める頃合いなんだろう。少なくともライフをハックしてる場合じゃあない。耳に入るたびにもう二度とこんなちゃちな言葉遣いを聞きたくないと改めて思う。二度とライフをハックするなよ。


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