父はベッドに縛られるべきだったのか。精神科専門松沢病院の「身体拘束最小化」プロジェクトがすごい

2021.3.13

「病院に絶対の安全を求めない」という発想の転換

身体拘束の問題を複雑にしているのは、定義の曖昧さだ。

「当院は身体拘束はしません」と謳っている病院で、拘束帯や車椅子ベルト、ミトンが使われている事例があると、本書の冒頭に記されている。
厚生省精神保健福祉課(2000年)の回答で、「一時的な固定」「短時間の身体固定」は「指定医の指示が必要な行動制限とはしない」とあるが、「一時的」「短時間」が、どれぐらいの時間なのか具体的には示されていない。
病院の裁量になってしまっている。

松沢病院は、「身体拘束」を定義し、2012年に「身体拘束最小化」を目標に動き出した。

この本は、病院長、看護部長、看護師長、看護スタッフ、ソーシャルワーカー、リスクマネジャー、などさまざまな立場の総勢28人が登場し、対談、手記など、多角的な視点からプロジェクトを描いていく。

新医院長の齋藤正彦が「身体拘束をゼロにする」と話して、「何を言ってるんだ、患者をどうやって守るんだ、無理に決まってる」と多くの職員が戸惑ったことや、その場が凍りついたこと、師長の頭が真っ白になったこと、不安を訴えてくる人が出たことなども、赤裸々に語られる。

〈現場と医院長の間に、明らかな衝突が生じたことも一度や二度ではなかった。〉

そういった混乱や困難を乗り越えていくためのキーが、いくつも本書では示される。
たとえば、「病院に絶対の安全を求めない」という発想の転換だ。安心を求め過ぎると拘束してしまう。

『「身体拘束最小化」を実現した松沢病院の方法とプロセスを全公開』東京都立松沢病院/医学書院
『「身体拘束最小化」を実現した松沢病院の方法とプロセスを全公開』東京都立松沢病院/医学書院

「身体拘束をしない」同意書にサインしてもらう

インシデントレポート(事例報告)の数が少なかったと病院長は振り返る。〈3回に1回はアクシデントじゃないかと思うような比率だった〉。
そこで、インシデントレポートの提出を簡易化する。さらに、「どうしてこうなった」と追及しないようにした。

おおらかに見守ることにしたのだ。

そうすることで、次はどうしていくかという話し合いができる雰囲気に変わっていく。

事故そのものを責めるのをやめ、重大な不注意がない場合は担当者の責任を問わない。「拘束をしないで患者さんに何かあったら責任を取れる」と医院長が明言し、重大な事故の責任は管理者が負うことを徹底する。
さらに、入院するときに家族に「身体拘束をしない」同意書にサインしてもらう。そこで、個別に詳しく説明する。家族と協働できる状況を生み出す。
現場が信頼されていることを感じられる状況にする。現場を委縮させないリスクマネジメントに切り替えていく。

そして、これらの方針を、委員長と看護部長が支持していることも大きい。

〈組織のトップの2人が方針と責任を示すことは、安心できる職場を作るために必要だと思います。〉

しつこさも大切だ。院長が病棟に来て「この拘束は妥当か」「外せるなら外してください」と医師や看護師とディスカッションを繰り返した。そうすると、現場も、毎回医院長がやってきて拘束を外すことになるなら、最初から拘束はしないようにしようという感じになった、と医師が語る。

プロジェクトマネジメント本としての説得力

本書は、「日本の身体拘束の現状と、松沢病院の改革」「松沢病院が身体拘束最小化を実現した25の方法」「こんな工夫と考え方で身体拘束を外せた15の事例」という3つの章から成り、その途中に、裏話座談会や、看護師の手記、コラムなどが挟み込まれる。さまざまなスタイル、多数の視点からの記述で構成されていて、雑誌の特集のようなごった煮感がある。
この構成のおかげで、我々は、誰かひとりの目線ではなく、プロジェクトそのものをたくさんの角度から目撃し、再構築する読み心地を与えられる。

〈患者さんを人として尊重することが大事なのであって、だとしたら縛るのは論外だ。〉

〈私は、抽象的ですが、拘束をしないことで、それまでの看護師としての経験では想像できなかった世界に出会えますよと言いたいです。〉

〈「身体拘束するかしないか」といった議論から「いかに身体拘束を回避するか」に議論の焦点が移行し、徐々に身体拘束積極派は減り、身体拘束削減派が増えていった。〉

〈手法や工夫の前にコミュニケーションが大事であり、それによって拘束を減らせるということを実感したのが、現場にいる看護師なんだと思います。〉

〈「医師として最大限できることはこれです」と示したうえで、看護師さんにどう協力してほしいか、苦労してでも拘束をなくしたいのはなぜかについて、たくさん対話をするようにしました。〉

〈Kさんが「おいしい」と言い笑顔を見せてくれた時、そして妻の流した涙を見た時、諦めないでケアを続けることの大切さを学ぶとともに、看護の喜びを感じた。〉

こうやっていくつか引用を並べると、いかに本書が多様な声で構築されているかわかるだろう。

ぼくは、医師でも看護師でもないので、『「身体拘束最小化」を実現した松沢病院の方法とプロセスを全公開』をプロジェクトマネジメント本として読んだが、これほど具体事例に説得力があって、ポジティブになれる本をほかに知らない。

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