歪みを知るための「正縮尺」
『レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳』は、昨年11月末に発売された鉄道地図帳。Amazonランキングでは日本地図ジャンルで1位がつづいており、2月頭には重版が決まった。
掲載されているのは日本を走るすべての路線、すべての駅。JRも、私鉄も、地下鉄も、新幹線も、路面電車も、貨物線も。リニアモーターカーの山梨実験線までも載っている。
普段路線図ばかり見ていて、こうした鉄道地図帳を入手するのは初めてだったのだけど、実際に開いて眺めてみると「そりゃぁ皆さんに支持されるなぁ……」と思えるポイントがいくつもあった。
まず「地図の緻密さ」。長らく道路地図「マップル」を手がけてきた昭文社だけに、地図の正確さは折り紙つき。鉄道がない離島地域までもカバーしてあって、「(ちょっと鉄道が詳し過ぎる)普通の日本地図帳」として学校に持っていけるレベルである。
地図の縮尺は25万分の1(北海道は30万分の1)の正縮尺であり、「日本全国を収録した鉄道地図帳の中では類を見ない大きさ」だそう。どおりで路線が描く細かなカーブまで確認できるわけだ。
「圧倒的な情報量」も特筆すべき点だろう。
地図上には路線や駅だけでなく、トンネル、鉄橋、車両基地、鉄道博物館などの鉄道関連施設がびっしり載っている。ロケ地や文化財、絶景ポイントを示すアイコンも多数。地理などの解説コメントまである。
さらに情報は現代のものに留まらない。廃線跡まで現在の地図に重ねているのだ。
掲載されているのは、1945年以降に廃線となった約750路線。現役の鉄道と同じように(ただし色はうっすらと)地図上に路線が書き込まれ、そばに解説が添えられている。鉄道の地理と歴史を同時に学べてしまう仕組みだ。
もともと、『全国鉄道地図帳』は2010年に7分冊で発売されたシリーズだった。これが1冊(428ページ!)になって復活したわけである。「10年ぶりの大改訂」も、ファンにはたまらないポイントだろう。
また、路線図好きとしてうれしかったのは、路線名や駅名に「旧名」も併記されていること。路線や駅の名前が変わると、路線図は更新されてしまう。「もう見られない」と思っていた名前を目にすると、小さく手を握ってしまう。
ちなみに旧名には変更年月日まで併記されている。路線図と突き合わせて「この駅名で載っているからこの年代のもの」という推定もできそうだ。
地図と路線図を見比べると新たな発見が
さっそく、『全国鉄道地図帳』を片手に、現実の世界と路線図の世界を見比べてみた。
たとえば千葉県を走る新京成電鉄。路線図では松戸駅から京成津田沼駅まで、ピンクの線が緩やかにカーブしている。
だが実際の新京成電鉄は、全区間にわたってグネグネとしたカーブがつづく。これは新京成の路線自体が、旧日本軍の鉄道連隊演習線跡を再利用したものだから。もともと訓練用なので、電車が右に左に振れちゃうのだ。
ただし、新津田沼駅にある急カーブはこれが原因ではないことが『全国鉄道地図帳』には書いてある。
「京成津田沼への乗り入れのため1953年に直線上に南下する路線と新津田沼駅を設置したが、1968年に国鉄津田沼駅経由のルートに変更し、更に大回りになった」(P.79)
路線図をよく見ると、新津田沼駅のそばにJRの津田沼駅がある。最初は京成津田沼までまっすぐな路線を引いたのに、津田沼駅に近づけたいからギュッ!と曲げちゃったらしい。
そんな文字どおり「紆余曲折」な歴史も、路線図はどこ吹く風である。でも逆に「実は現実と同じような形に描いている」ものもある。広島のアストラムラインがそう。
大きな「?」型が印象的な路線図だが、実際の路線もほぼ同じ軌跡を描いている。中央にある山を迂回するように路線が敷いてあるので、「?」のようになっているのだ。
さらに「現実に近いデザイン」から「視認性の高いデザイン」に路線図をリニューアルした例もある。
長崎を走る路面電車である長崎電気軌道は、2019年に路線図を一新した。旧デザインと新デザイン、それぞれを『全国鉄道地図帳』で見比べてみると、旧デザインは実際の路線に近い形で作られていたことがわかる。
旧デザインのほうが実際に近いとはいえ、細かい凸凹をならしたり、駅を等間隔にしたりといった調整は必要だ。デザインする上でどこに気を配ったのか、緻密な地図と豊富な情報から得られるものは多い。
空を飛べないことを知るからこそファンタジーの世界に憧れるように、現実を知るからこそ異世界が輝きを増す。となれば、まさに「路線図はファンタジー」なのではないだろうか。
コロナ禍での脳内旅行にも最適な『レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳』。手前味噌で恐縮だけども、拙著『日本の路線図』(三才ブックス)と合わせて読むと、なお楽しいのではないかと思います。
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