“オリンピック”というビジネスの運用をめぐる意見の相違
もし、2020年の東京オリンピックが「ポセイドン号」だとしたら、まず、乗らないことであり、もっと根本的には、そんなものは作らないことである。「ダイヤモンド・プリンセス号」でコロナ感染が広まったあと、「豪華客船」の船旅は時代遅れなものと見なされるようになった。
何せ、飛行機での海外旅行も自粛する時代になったのだから、そもそも「群れる」「集まる」ということが一気に過去の慣習になってきた。いずれは元に戻ると信じることは自由だし、その可能性もないではないが、コロナ「対策」は電子テクノロジーと手を取り合って進んできた動向が基礎にあるので、「三密」を避けるリモートの動きが「ノーマル」化せざるを得ないのだ。
下着を着けてしまった人間が素っ裸の人を「アブノーマル」と見なすように、たとえ群れるとしても、演技やゲームとして束の間に行うだけになるかもしれない(ちなみに、7年以上にわたるロンドン生活ののち紀州に定住した異才・南方熊楠は文字どおりフルチンの素っ裸生活を愛したという)。
オリンピックが国威発揚であった時代は終わり、ビッグビジネスとなって久しい。ものすごいカネが動くし、動かなければビジネスではない。開催・延期・中止をめぐって喧々諤々の議論がつづいているのは、このビジネスの運用をめぐる意見の相違があるからだ。
推進派は、以前「ポストコロナにおける「新しい生活様式」とは――二極化する「身省」と「身体」文化」に書いたような「コラテラル」路線、つまりある程度の感染や犠牲は「付随条件」と見なすという方針である。政府の「Go To〜キャンペーン」は、この路線で実行された。が、結果は、「付随的」などのレベルを超えることがわかった。それを痛切に実感したのは現場や企業であり、とてもじゃないが、産業効率的にリスキー過ぎて、つづけてはいられないよと考える。
オリンピックを是が非でも予定どおりに実現しようという推進派は、ビジネスレベルでは時代遅れであり、このビッグビジネスが、「低開発国」の「開発」や、観光収入、選手や機材を含む膨大な運搬費、開催地への投資、新たに生まれる新ビジネス、報道や宣伝で動くカネなど、単なるカネのレベルからしかオリンピックを考えていない。
しかし、すでに「開発」の対象は土地や建物ではなくなり、資本としての情報や人的コネクションである。1964年のオリンピックは、東京の相貌をがらりと変えたが、そういう可能性はもはやない。それは、都市のエコロジーとしては好ましいが、そういう部分を取り込めるかどうかが、資本主義の「成熟度」(ないしは終末度)を示す。
リモートイベントでは膨大なカネが動かない
オリンピックを「無観客」でもやるということは、ある意味ではメディア的なチャレンジであるが、これまで伝え聞く「無観客」のイベントには、メディアの使い方としてぶっ飛んだものは皆無である。インターネットや通信衛星で中継するというお定まりの方法自体へのチャレンジはない。
この問題は、すでに30年にわたってリモートメディアを駆使してきたメディアアーティストたちの緊急の課題でもあるが、もし、オリンピックが世界を巻き込んで斬新なリモートイベントを立ち上げようというのなら、それなりの覚悟と創意がなければならない。
ただ、困ったことに、たとえ、創意にあふれたアーティスティックな企画でオリンピックが実行されるとしても、これまでのバブリーなオリンピックに比べると、全然カネがかからないのである。最先端のメディア技術、チャレンジを含むメディア実験、単なる「中継」ではないトランスミッションの本質に触れる創発を試みたとしても、膨大なカネが動かない。
動かなければ儲からない、という既存経済のロジックから外れてしまう。ここには、すでにポスト資本主義の位相に向かっている産業にとって核心をなす事例が提供されているのだが、そうなると、オリンピックの発想そのものが否定されてしまうので、推進派は考えないようにしているわけだ。
コロナ禍で経済構造から社会生活の根本にまで反省を迫っている時代には、すべてのものが考え直されなければならないが、オリンピックも、その存在自体への再考が問われている。
※本稿は2021年2月9日に執筆されました。
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