Aマッソと金属バット、やさしいズ、しゅーじまん…ヒラギノ游ゴの<2020年ヘビロテお笑い動画ベスト5>


本当の「人を傷つけない笑い」が現れるまで

やさしいズ コント「悪魔のノート」【公式】

第七世代芸人、あるいは最新のお笑いシーン全体に共通する傾向として「人を傷つけない笑い」というものが挙げられることがあるけれど、あまり賛同できない。

EXIT兼近大樹をはじめとした一部の若手芸人の慎重さ、流れを見定める目聡さ、学ぶ姿勢には希望を感じる。ただ、「人を傷つけない笑い」の筆頭として挙げられることの多いぺこぱにも「ブス」を笑うネタはあるし、お笑い業界の男性優位を指摘する女性芸人たちが他方で「女はおもしろくない」みたいな、特に新しい議論の余地のない古典的ミソジニーに基づく言葉を口にしてがっかりすることもたくさんある。

総じて、結果的に「人を傷つけない」方向性に帰着することはあっても、差別や偏見にまつわる体系的な知識や論理的な思考に基づかない、あくまで感覚的な「優しさ」といった印象。だから「なんでその違和感に気づけるのにあの話題に関しては偏見丸出しなんだよ」というような感じで、トピックごとの解像度の落差に驚くことがままある。

ただ、現状がまだまだ感覚的なものだとしても、今後現れるであろう真に「人を傷つけない」笑いの潮流のための足がかりになってはいると思う。

やさしいズのネタもそういった感覚的なものではあるのだけれど、現時点で最大限に「人を傷つけない」笑いのひとつといえる。その名のとおり優しい世界観ですべてのネタを一貫していて、どれもハッピーエンドで意地悪なユーモアがない。モラハラ彼氏っぽい描写だったり、ヤンキーというものの描き方が牧歌的過ぎるきらいがあったりと、ヒヤッとする部分がないわけではないけれど、ほかの芸人のネタほど身構えずに観られる。このコンビがブレイクしたらシーン全体にどんな影響を及ぼすだろうと考えるとわくわくする。

ひりひりするラジオ

女子メンタル観て熱い気持ちになった『レイコーラジオ#11』【Aマッソ加納×ヒコロヒー】

『PILOT(パイロット)』で放送中の、Aマッソ加納とヒコロヒーによる『レイコーラジオ』の第11回。『PILOT』は『SunSetTV』立ち上げスタッフであり、Aマッソや霜降り明星、かが屋などとの仕事で知られる「YouTube放送作家」の白武ときお氏が運営する「YouTubeラジオ局」。

この回で語られているのは、タイトルどおりAマッソ加納が「女子メンタルを観て熱い気持ちになった」という話。「女子メンタル」というのは、松本人志がプロデュースするAmazon Prime Videoの番組『ドキュメンタル』の女性タレント版のこと。『ドキュメンタル』は芸人同士が密室で体を張って笑わせ合うサバイバル形式の番組で、「女子メンタル」では松本に選ばれたファーストサマーウイカ、ゆきぽよ、峯岸みなみといった出場者がしのぎを削った。

ただ、その「熱い気持ちになった」ポイントの認識のズレで、最初は話が噛み合わない。それを受けて加納が言葉に詰まりながら少しずつ、いったい何に熱くなったのかを説明していく。

ヒコロヒーは加納の「女子メンタルを観て熱い気持ちになった」という言葉を聞いて、「自分も出たかった、優勝して実力を示したかったってこと?」と返す。ところがそうではなくて、加納が言いたいのはこれを男にお膳立てされる悔しさから来る反骨心だった。「女子校の男性教師に『お前ら仲ようせえ』って言われる感じ」というたとえが芯を食っている。女の輪の中で自然に生まれ得るものが、権威を持つ男によって大々的に打ち出される。自分たちで勝手にやっていたはずのことを「やれ」とプロデュースされる。

女性管理職の登用が進まなかったり、ジェンダーに配慮した制度が採用されなかったりといった停滞の原因として、現場の女性社員がいくらがんばっても決定権を持っているのはおっさんだから、結局おっさんに響かなくて頓挫する、というケースがごまんとある。女性が楽しくやるためにはおっさんに認められなくてはならない。おっさんが支配する社会を変えるにはおっさんに評価されなくてはならないという限りなく閉じたスパイラル。

どの時代どの場所にもあった悪趣味な構造がここにもあって、内側にいる人の生の言葉が聴こえるのがこの動画。オブラートに包もうとしながらも限りなく抜身の言葉がひりひりして、何か確認するように繰り返し聴いている。

圧倒的自己肯定感

賞味期限48時間のチーズ?!

三四郎というコンビにおいて、小宮浩信に対して「じゃない方」と目されることの多い相田周二。ただ、お笑い好きやラジオ好きの間ではよく知られているように、三四郎は相田のほうが断然癖が強い。

相田の癖の強さを説明するのに適した言葉はまだまだ日本語には少ないので、まずはこの動画を観てほしい。これは相田の個人チャンネルの1本目の動画なのだけれど、どうにも様子がおかしい。

相田という名字もあまり認知されていないのに、下の名前(周二)に由来する「しゅーじまん」を名乗り、「さあ始まりました」的な前フリもなくだらっとしゃべり始めて、特に笑いどころもなく終わる。観ればわかってもらえると思うのだけれど、佐藤健や松坂桃李レベルの超人気俳優がファン向けにゆるゆるYouTubeを始めてみた、というトーンだ。

元気がないときに観る動画というのがそれぞれあると思う。kemioのハイテンションなトークで気分を上げる人もいるだろう。『ガーリィレコードチャンネル』の和気あいあいに癒やされる人もいるだろう。もしくはひたすら笑える芸人のネタ動画か、好きなアイドルのMVか。その選択肢にぜひしゅーじまんを入れてほしい。

しゅーじまんの凄みは、その圧倒的な自己肯定感の健全さにある。しゅーじまんは一切ボケない。間を埋めようともしない。焦らず動じず「自分は求められている」という前提を確信して淡々としゃべる。

本当にさんざんだった一日の終わり、誰かに救いを求める気にもなれないくらい孤立した心地で、ゆっくり壊れていきそうな夜にしゅーじまんを観てほしい。

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