移ろうこと、それを知ること――『青のフラッグ』完結に寄せて


文=ヒラギノ游ゴ 編集=森田真規


WEBコミック配信サイト『少年ジャンプ+』(集英社)にて連載された青春群像劇『青のフラッグ』。4月に完結を迎え、読者が待ち望んだ最終巻が本日6月4日に発売された。

重要なエピソードが更新されるたびネット上では大きな反響が起こったが、それは単なる賛辞にとどまらず、読者各々が自身と向き合い直す姿として表出した。この点が本作の特異性を物語っている。

本稿では、そうしたリアクションがいかにして生まれたのか、ジェンダー論やクィア・スタディーズの観点を手がかりに考えていく。本文は初っ端から内容の核心に触れるので、未読の人は注意されたい。また、引用したディズニー映画『ズートピア』についても物語の結末部分に触れている。

最終回の内容については、言及が始まる直前にアラートの文言を添えているので、最終回未読の人はアラート部まで進んだら一度この記事を閉じて、読了後に再アクセスすることをおすすめする。最終回を読んだ直後は余韻でしばらくほかのことが手につかないはずなので、そのクールダウンの時間を過ごすお供として本稿を用立ててもらえたら幸いである。

コレクトネスとおもしろさは正比例し得る

本作は、主人公の高校生・一ノ瀬太一と、その幼なじみのトーマ(三田桃真)、そのトーマに思いを寄せる空勢二葉、二葉の友人の伊達真澄を中心に描かれる。

太一はナードな仲間とつるむクラスでは目立たない生徒だが、野球部のエースであるトーマは今でも親しげに太一に話しかける。それにコンプレックスを刺激されつつも、太一は二葉の恋の手助けをするために立ち回る――というのが大まかなあらすじだ。ここまでは特に物珍しくもない設定だろう。

ただ、この作品では、第1巻の最後に明らかになるトーマの太一への恋愛感情を中心に、セクシャリティ及びジェンダーにまつわる要素が数多く描写される。といっても、すべてのフィクションが何かしらのかたちでセクシャリティやジェンダーにまつわる描写をしている。というか“しないことはできない”。意図せずとも作者及び制作に関わったスタッフの感覚はフルオートで反映される。

本作の掲載元『少年ジャンプ+』の本隊である『週刊少年ジャンプ』をはじめとした少年漫画でいえば、バストなどのボディラインを強調し性的対象化された絵柄、「おネエことば」で話すキャラクターなどは日常風景だ。

それらの性表象はしばしば素朴な無理解に基づき、無自覚な侮辱的表現として読後感にしこりを残す。極端な例を挙げるなら、女性キャラのプライベートゾーンが“偶然”あらわになったり、“偶然”男性キャラによる接触が起こる「ラッキースケベ」だ。これが誰にとっての「ラッキー」であり、誰にとってはアンラッキー(どころか侮辱)であり得るか、といった点について検討される土壌はじゅうぶん整備されているだろうか。性が存在する限り、セクシャリティやジェンダーにまったく無関係な描写は存在し得ない。

本作は、そうした無自覚に表出しがちな性表象一つひとつについて丹念に検討を重ねた形跡が窺い知れる。ただ、最終巻あとがきによると、少なくとも連載開始時点では作者自身にセクシャリティやジェンダーにまつわる関心の素地があったというより、個々のキャラクターの恋愛感情一つひとつを特別視せず表現したいという意図に基づいてネームが切られたという。そのことが結果的にジェンダー論、クィア・スタディーズの観点におけるフェアネスにつながった、という因果関係で捉えるのが事実の順序と思われる。

よって本稿でこれから述べる批評は、必ずしも作者がセクシャリティやジェンダーの素地を基にこう描いたのだろうと推測するものではなく、あくまでジェンダー論、クィア・スタディーズの観点に照らし合わせるとこういった読み解き方ができる、という視点で執筆したものだ。そのことを念頭に読み進めていただければ幸いである。

また、『セックス・エデュケーション』評でも述べたことだが、本作は単にコレクトなだけではなく、エンタテインメントとしてしっかりと成立している。

こうした作品について、『セックス・エデュケーション』評の執筆時には「コレクトでありながらおもしろさを損なっていないバランス感覚が素晴らしい」というスタンスで評価したのだが、“『青のフラッグ』最終話を読み終えた側の人間”になった今の評者の感覚は少し違っている。今ではコレクトネスに真摯な姿勢を貫いた“からこそ”作品がよりおもしろくハネることがあり得ると考えているのだ。つまり、コレクトネスとエンタテインメント性は必ずしも天秤に載せてバランスを取るものではなく、相乗効果で上がっていく、反比例でなく正比例し得るものだという確信を得られた。こんな希望に満ちた感覚の転換をもたらす力が『青のフラッグ』にはある。

1.トーマの告白とヘテロノーマティビティ


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