『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』「途中から始まる映画」が、なぜ一般層にリーチし得たのか。キャズム超えの真相

2020.11.2

「最後のダメ押し」はプライムタイム放送

そしてもうひとつの「異例」は、TOKYO MXという東京ローカルのUHF局で放送されたアニメが、再編集された特別版としてフジテレビのプライムタイムに放送されたということだ。

映画公開前の10月10日に『土曜プレミアム「鬼滅の刃」第一夜<兄妹の絆>』、10月17日に『土曜プレミアム「鬼滅の刃」第二夜<那田蜘蛛山編>』を放送。どちらも15%を超える視聴率を記録したという。テレビシリーズの再編集を映画のような扱いで流すことがまず珍しい。ただしこのふたつ目の「異例」が成立したのは、このフジテレビでの放送が『無限列車編』の宣伝の「最後のダメ押し」に近かったからだと考えられる。

竈門禰豆子(かまど・ねずこ)鬼になってしまった炭治郎の妹(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス
竈門禰豆子(かまど・ねずこ)鬼になってしまった炭治郎の妹(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス

キー局のプライムタイムからアニメが姿を消したのは、求められる視聴率が取れないからだ。それは少子化の影響や視聴者の行動の変化の結果である。そこでアニメ業界は、製作委員会を組み、深夜帯に放送枠を確保してアニメを放送し、パッケージを売り、配信サービスに番組販売をしていくというビジネスに切り替えていくことになった。現在放送されているアニメの半分以上が深夜アニメだ。

UHF局の深夜帯にアニメを流すコストは、キー局のプライムタイムよりも格段に安い。そこで多くの深夜アニメは、東名阪の3局で放送し、そこにBS局と複数の配信サービスを組み合わせて全国で観られる体制を組むようになった。これが作品を知ってもらうために一番コストパフォーマンスがいいからだ。
こうして深夜アニメでファンの心を捉えて、劇場版がヒットした作品として『映画けいおん!』、『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』、『ラブライブ!The School Idol Movie』、『ガールズ&パンツァー 劇場版』などが挙げられる。アニメ映画の興行規模が拡大した2012年以降であれば、コアなファン層でも総取りできれば興行収入20億円ぐらいのヒットになる。普通のスケールのヒットだけ考えるなら、キー局のプライムタイムの力を借りなくてもじゅうぶん勝機はあるのである。作品を「小さく生んで大きく育てる」と考えたとき、キー局のプライムタイムはアニメ側にとってもはや間尺に合わない存在なのだ。

だからこそ『鬼滅の刃』がそこで放送されたということはテレビアニメの歴史的に椿事であり、その点で「異例」なのである。もちろんキー局で全国放送されたことは『無限列車編』の興行にプラスにはなっただろう。けれどもあの放送がなくても、前例から考えれば『無限列車編』は20億円規模のヒットになったはずなのだ。

アニメビジネスの転機として語り継がれる

『鬼滅の刃』のヒットはアニメビジネスにどんな影響を与えるだろうか。
まず原作漫画をラストまできっちりアニメ化するという流れに棹さすことになるだろう。それは、テレビ放送されることでアニメを通じて原作漫画の存在を知ってもらうという従来の戦略とは目指すところが異なっている。現在の原作つきアニメから見えてくるアニメと原作の関係は、アニメも原作もセットで“トータルとしてよいものである”というかたちで打ち出すことで、原作――正確には原作に代表されるIP(知的財産)――を息長くセールスする方向を向いている。
ある程度の長さの原作になると、従来のようにテレビシリーズだけでアニメ化をしていくと、新規ファンが入りづらくなる。そこで合間に劇場版を挟んで、露出の方向性や打ち出しを変えることで、新たなファン層にアプローチすることができる。こうしてテレビ+映画+テレビ+映画といった構成で作品全体を盛り上げていく。

これはもちろん原作がヒット作でないと成立しない方法論だが、旧作も含めじゅうぶんな固定ファンがいる作品を(改めて)大メジャーにしようと考えるなら有効な方法といえる。そしてこれは表面上はテレビ+映画という組み合わせに見えているが、その背後には「配信」が前提として存在しているのである。配信でキャッチアップができるから映画も、さらにその先のテレビも、置いていかれることを心配せず安心して観られる。
個々のアプローチはすでにあるものだが『鬼滅の刃』はそれらがそろって作用したことで、大きなムーブメントを生み出した。原作とアニメをどう協働させてビジネスを大きくしていくかという点について、のちに振り返って、『鬼滅の刃』がヒットしたことが転機になったと言われるようになるかもしれない。

以上、アニメビジネスという外側を説明した。最後に少し『無限列車編』の内容に手短に触れておこう。
結論から言うと、コロナ禍のなか、『無限列車編』だからこそヒットしたということは言える。鬱屈した気分が世間を覆うなか、観客は感情を発散できるエンタテインメントを求めており、熱くて泣ける『無限列車編』は見事にそこにハマった。過剰ともいえる炭治郎のモノローグ、セリフの多さも、観客を迷わせることなく物語に誘導する間口の広さとして機能しているのだろう。

炭治郎は、人生の不条理に対し、まじめさと努力、思いの強さでそれに立ち向かう主人公で、観客の今の気分を肯定してくれる存在だ。もうひとりの重要人物、煉󠄁獄は、明るく前向きに生きようと決意したキャラクターで、こちらは今の観客が側にいてほしいと思う存在だ。ふたりのキャラクターの取り合わせが見ものの『無限列車編』だからこそ、時代の気分にマッチした作品になったといえる。

煉󠄁獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)。鬼殺隊の中でも最高位である”柱”のひとり。炎柱。「炎の呼吸」を使う(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス
煉󠄁獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)。鬼殺隊の中でも最高位である“柱”のひとり。炎柱。「炎の呼吸」を使う(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス

個人的には、多くの人が本作を入口に、さまざまなアニメに改めて興味を持ってくれるといいなと思っている。とりあえずアニメの剣戟が気になった人には『ストレンヂア 無皇刃譚』をおすすめしたい。

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable 全国公開中(配給:東宝・アニプレックス)
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable 全国公開中(配給:東宝・アニプレックス)

原作:吾峠呼世晴(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督:外崎春雄 
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃 
脚本制作:ufotable 
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸・梶山庸子・菊池美花
プロップデザイン:小山将治 
コンセプトアート:衛藤功二・矢中勝・樺澤侑里 
撮影監督:寺尾優一 
3D監督:西脇一樹  
色彩設計:大前祐子 
編集:神野学 
音楽:梶浦由記・椎名豪 
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
【キャスト】
竈門炭治郎(かまど・たんじろう):花江夏樹
竈門禰豆子(かまど・ねずこ):鬼頭明里
我妻善逸(あがつま・ぜんいつ):下野紘
嘴平伊之助(はしびら・いのすけ):松岡禎丞
煉󠄁獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう):日野聡
魘夢(下弦の壱)(えんむ・かげんのいち):平川大輔


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藤津亮太

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