この世に3カ月しか存在しなかった路線図
路線図は静物ではない。時間と共にゆっくりとその姿を変える「生き物」だ。
あるときは新線開通・新駅開業という華々しさと共に、またあるときは廃線・廃駅という寂しさと共に、路線図は更新されていく。ダイヤ改正に伴って路線図が改訂される3月は、まさに路線図が「脱皮」する季節と言っていいだろう。だって毎年成長しているから。
先日出演した『マツコの知らない世界』でも、「路線図は生き物」という話をした。残念ながら放送では割愛されてしまったのだけど、収録では「3カ月しか存在しなかったレア路線図」も紹介したのだった。
上に挙げた東京メトロの路線図は、2020年3月に改訂されたもの。今年3月といえば、山手線に49年ぶりとなる新駅「高輪ゲートウェイ駅」が開業した時期。高輪ゲートウェイ駅は都営浅草線泉岳寺駅の乗り換え駅であるため、東京メトロの路線図にも高輪ゲートウェイ駅が追加されている。
だが、時は流れて2020年6月。今度は東京メトロ日比谷線に「虎ノ門ヒルズ駅」が開業する。これに合わせて路線図も再び改訂された。つまり、「高輪ゲートウェイ駅があるが、虎ノ門ヒルズ駅がない路線図」は、3カ月しかこの世に存在しなかったことになる。
(この路線図をマツコさんに見せて「どこがレアがわかりますか?」と聞いてみたら、じっと眺めたのち「虎ノ門ヒルズがない」と正解されていました。さすが……!)
東京メトロと同様の改訂は都営地下鉄の路線図でも行われており、駅構内の掲出物や配布用の印刷物などに、3カ月限定の路線図が使われていた。
もちろん、6月を過ぎればこの「限定版」は剥がされ、PDFデータもネットの海から姿を消してしまう。絶滅である。そうなるとこちらで保護しておくしかない。かくして、パッと見同じだが似て非なる路線図が、フォルダにどんどん溜まっていくことになる。しょうがない。保護活動だから。
ただ、消えゆく路線図もあれば、ダイヤ改正とは関係なく、新たに生まれる路線図もある。それが冒頭に紹介した「プレスリリース路線図」である。
目的で姿を変える「プレスリリース路線図」
路線図は生き物であり、新駅開業や廃線などでその姿を変える……と述べた。もうひとつ、路線図が姿を変える理由がある。路線図が作られた「目的」が異なる場合だ。
本来、JR東日本の首都圏近郊路線図は37路線が入り乱れる複雑なもの。だが、冒頭に載せた「終電時刻繰り上げ」を知らせるプレスリリースは、対象となる路線を目立たせ、主要駅のみを配置している。路線を表す線は細く、場所によっては滑らかな曲線を描く……これはこれで、別の路線図ではないか……!
「すべての駅と路線を余すところなく伝える」と「終電時刻を繰り上げる路線を知らせる」では、表現手法やデザインが異なるのは当たり前のこと。目的が変われば路線図も変わるのだ。
参考までに、最近のプレスリリースから特徴的な路線図をいくつか紹介しよう。近畿日本鉄道の「『近鉄全線3日間フリーきっぷ』を発売」(2020年10月15日)から。
大阪・京都・奈良・名古屋・伊勢志摩までカバーする、私鉄最大のネットワークを誇る近鉄。本家の路線図では路線が色別に描き分けられているが、この路線図の目的は「フリーきっぷの区間を表すこと」なので、すべて赤で統一されている。
本来は鉄道と描き分けれているケーブルカー(生駒ケーブル、西信貴ケーブル)も、フリーきっぷの対象である同じ赤のラインで描かれている。が、よく見ると停車駅を示す丸印が鉄道駅よりもちょっとだけ小さい。路線図の奥から「同じように描いてるけどここは違いますからね」という主張が聞こえるようだ。
もうひとつ。こちらはJR東日本のプレスリリース「千葉支社管内全面禁煙エリアの見直しについて」(2020年10月15日)から。駅構内が全面禁煙となるエリアが増える、という報せに、千葉県を走るJRを簡略化した路線図が添えられている。
海岸線やランドマークを入れず、駅と路線に絞ったシンプルな路線図。Office系ソフトで作ったのかなと思わせるが、これにはきちんと元ネタがある。JR東日本千葉支社の「総武・房総路線図」だ。
禁煙エリアを示す路線図は「総武・房総路線図」から対象エリアを抜き出しており、その抜き出し方に作り手の実直さを感じる。西船橋駅の下、京葉線二俣新町駅付近の“三角形”をきちんと再現する丁寧さ。「4文字しか入らないから『鹿島スタ』にしたけど、それだとわからないだろうから」と「※鹿島サッカースタジアム駅」を追記するまじめさ……。
プレスリリース路線図は目的が特化しているぶん、作り手の意図が現れやすい。そしてその意図は、路線図に個性を与える。それは新しい命だ。また保護しなくちゃならない。
キリがないのである。
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