自分の好きな居場所がなくなる前に。富山県で「かつて、そこにあった」街の記憶を書き留めたい(ピストン藤井)


文=ピストン藤井 編集=田島太陽


閉店、休業、取り壊し。コロナを取り巻く状況であらゆる業種が苦境に立たされ、街の風景は少しずつ姿を変えている。富山県在住のライターであるピストン藤井が、緊急事態宣言の前後で目にした光景から、“今の富山”と“街について書くこと”の思いを綴る。

体温が奪われたような、富山市の繁華街

4月末、緊急事態宣言が発出中の富山は、パッと見は急激に人が減った印象はあまりなかった。もともと人出が多くないせいもあり、渋谷のスクランブル交差点や新宿・歌舞伎町のように、あふれ返っていた人影が忽然と消えた衝撃まではいかない。しかし実際に富山市の繁華街である桜木町に足を踏み入れると、まもなく初夏を迎えようというのに、足元からジワジワと底冷えが迫るようだった。働く人たちまでもが消えた街は、体温がごっそり奪われてしまっていた。

私が行きつけの飲み屋は、全国の飲食店がそうだったように、営業自粛または短縮営業を余儀なくされていた。不慣れなテイクアウトや仕出し弁当を始めたところも多く、あるイタリアンバルの店主は「容器にどう詰めていいかがわからない」と苦笑いしていた。私は受け取ったナポリタン弁当を届けるべく、友達が住むマンションへ車を走らせた。

チャイムを連打し、「姥(うば)捨て山から来ました! 姥イーツです!」と声を張り上げたまではよかったが、友達と3カ月ぶりに顔を合わせるなり、互いに半ベソをかいてしまった。自宅に戻ってから、のり弁でも詰められていそうな素朴なアルミ容器のふたを開けた。そこには、店主が盛りつけに苦心したと思しき山菜入りナポリタンが、きれいに収まっていた。ついに涙がホロリした。

新鮮な地魚がウリの居酒屋は、近くの野菜直売所で弁当を売るようになった。通常なら1匹2500円はする高級魚ノドグロを、焼魚弁当にして破格の1000円で提供していた。「こんな値段、普通はあり得んよ。それぐらい今が普通じゃないってこと」という親方の話に、魚の卸値がいかに下落しているかを察した。一瞬、「安っ! ラッキー!」と喜んでしまった自分の後頭部を、親方が握るおたまでパッカーン殴りたくなった。

スーパーの鮮魚コーナーでは、県内外の飲食店の休業により、行き場を失った活きのよいホタルイカが爆沸きしていた。嫁ぎ先が見つからないホタルイカたちが、「同志よ……」と潤んだ瞳で私を見つめている。いたたまれず2パック購入した。こんなにも大豊漁なのに、産地である滑川(なめりかわ)市の恒例行事「ホタルイカ祭り」も、名物企画「ホタルイカ早食い競争」も「ホタルイカ目玉飛ばしコンテスト」も中止。ちなみに昨年は不漁で中止なので2年連続である。私が7年前に打ち立てた目玉飛ばし自己ベスト、2メートル70センチは今年も更新されないままだった。

身近な人の現状を見ては、無力感に苛まれる

感染者ゼロの県たちによる田舎選手権から脱落し、一気に感染者数が3桁までいったあのころに比べ、宣言解除から2カ月が経過した7月現在の富山は、少しずつ活気を取り戻しつつある。しかし以前の客足が店に戻っているわけではなく、出張客や観光客がメイン層である富山駅前の店はかなり厳しい。このままでは、自分の好きな居場所が根こそぎなくなるかもしれない。そんな未来が来てほしくはないので、私はできるだけ単身で、短時間、コツコツ酒場に通っている。「客のいない潰れかけの当店へようこそ~」と富山県民らしい自虐をぶっ込む大将には、「ふ、ふへへ」と情けない笑い声で返事するしかなく、ひたすら黙々とハイボールを飲んでいる。

国からは「動くな」と言われているのに、身近な人の厳しい現状を見るにつけ、何かできることはないかと気ばかりが焦り、結局大したこともできず、無力感に苛まれるというループを繰り返している。

そんななか、大阪府知事と市長が、食い倒れの街・大阪をアピールする外食応援イベントを行ったというニュースが流れてきた。串カツ片手に「市長、10万円の給付金、大阪市民のボクの元にまだ届いてませんけどぉ~」「チミはボーナスもらったからいらないっしょ! ワハハ!」みたいな能天気なかけ合いを、9月で閉店が決まっている老舗ふぐ料理店「づぼらや」の前でやっている。よその長にアレコレ言いたくはないが、なんちゅう地獄絵図かと身震いした。しかし激しい嫌悪感を抱くと同時に、自分自身の痛い過去も、ブーメランとなって私のコメカミに突き刺さったのだった。

街について書くのは、人々の営みに土足で立ち入ることだった


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