『Ghost of Tsushima』は文化盗用なのか?抜け落ちた“ゲーム”としての論点

2020.7.27

文化盗用にまつわる、めちゃくちゃ入り組んだ議論

今回も、当事者であるはずの日本人が、おおむね『Ghost of Tsushima』を歓迎したにもかかわらず、それをスルーして、文化盗用の議論が海の向こうで勃発したようである。

しかし「意識の高い欧米人が出しゃばっちゃって、マヌケな話」などとまとめて終わりにできるほど、ことは単純ではないらしい。

まず、弱い立場にある抑圧や暴力の被害者が、加害者を肯定的に受け入れている場合はままある。ブラック企業や児童虐待などを考えてみれば、そうしたケースを思い出せるだろう。

つまり日本人が『Ghost of Tsushima』を喜んでいるのは、彼らが文化盗用ではないというお墨つきを与えたというより、彼らはそもそも搾取されていることに気づいていないか、気づきつつも甘んじて受け入れている、というわけだ。したがって、文化盗用であるという訴えを取り下げる必要はないのだ。……と、この作品に問題意識を持つ欧米人の皆さんは、主張するわけである。

『Ghost of Tsushima』時代劇映画風トレーラー / Classic Samurai Movie Style Trailer

さらにまた、この作品の描く日本の美や侍の心意気を日本のユーザーが好ましく受け入れたのには、彼らの愛国心が背景にあると考えられる。まして、これはモンゴル人に侵略される日本人を弱者とし、不屈の精神で野蛮な敵に打ち勝とうとする様を描く作品だ。この筋書きを見て、戦前の日本によるアジア諸国への侵略的行為を思い出す人もいるだろう。そこへの配慮もなく、なんだか日本を美化して、ナショナリスティックな日本人プレイヤーにおもねっている感じがする。どうなんだ。……と、問題意識を持つ皆さんは、おっしゃるわけである。

というわけで、この作品はそもそも欧米人による日本の文化盗用であるが、その盗用は日本を歪め、あまつさえ過剰に美化したものであり、かつ日本人たちはその美化の心地よさをもって、歪んだ文化盗用を受け入れてしまっているのだ。と、いう、めちゃくちゃ入り組んだ議論になってるみたいである。

「みたいである」というのは、話が入り組み過ぎて、すべての論点を拾えないという意味である。しかし、どんな論点があったとしても、そもそもまずは日本人が蚊帳の外に置かれて、いいだの悪いだのかわいそうだの言われるに至ったのは、やはり奇妙なことだ。当事者を欠いてそういう議論が盛り上がってしまうこと、すなわち日本がトピックとして消費されてしまうこと自体が、文化盗用的なことに見えるのだが。不思議である。

ゲームならではの意味のある議論とは?

この記事の画像(全1枚)


関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

関連記事

米光一成ジャーナル

小説に作者がいるように、ゲームにもいる、著作権もある。なぜ認識されないのか

米光一成ジャーナル

「香川県ゲーム規制条例」は、数の暴力によるゴリ押しで進んだ悪夢だ

子供のゲームを制限したら、明るい未来につながらない(川田十夢)

ケビンス×そいつどいつ

ケビンス×そいつどいつが考える「チョキピース」の最適ツッコミ? 東京はお笑いの全部の要素が混ざる

「VTuberのママになりたい」現代美術家兼イラストレーターとして廣瀬祥子が目指すアートの外に開かれた表現

「VTuberのママになりたい」現代美術家兼イラストレーターの廣瀬祥子が目指すアートの外に開かれた表現

パンプキンポテトフライが初の冠ロケ番組で警察からの逃避行!?谷「AVみたいな設定やん」【『容疑者☆パンプキンポテトフライ』収録密着レポート】

フースーヤ×天才ピアニスト【よしもと漫才劇場10周年企画】

フースーヤ×天才ピアニスト、それぞれのライブの作り方「もうお笑いはええ」「権力誇示」【よしもと漫才劇場10周年企画】

『FNS歌謡祭』で示した“ライブアイドル”としての証明。実力の限界へ挑み続けた先にある、Devil ANTHEM.の現在地

『Quick Japan』vol.180

粗品が「今おもろいことのすべて」を語る『Quick Japan』vol.180表紙ビジュアル解禁!50Pの徹底特集

『Quick Japan』vol.181(2025年12月10日発売)表紙/撮影=ティム・ギャロ

STARGLOW、65ページ総力特集!バックカバー特集はフースーヤ×天才ピアニスト&SPカバーはニジガク【Quick Japan vol.181コンテンツ紹介】