「被害者意識が強過ぎるんじゃないの?」と思う心には「悪いおじさん」がいる。自分アラートとしての『持続可能な魂の利用』

2020.7.11
豊崎由美

文=豊崎由美 編集=アライユキコ


「キモい」
(徳島県・10代の女子生徒)

10代女子の言葉に逆上、35歳男性が傷害容疑で逮捕された徳島の事件。2派に分かれたSNSの論争を通して、書評家・豊崎由美は気づいてしまった。わたしの中には「小さなおじさん」がいる! 呆然としながら読んだ『持続可能な魂の利用』(松田青子)にさらに打ちのめされる。ああ、女性のつらさを身に受けて生きてきたはずなのに……。


わたしの中の「小さなおじさん」

少し前の話になるけれど、午後10時05分頃、コンビニ前にいた女子高生3人に「うちに来ないか」と声をかけた35歳男性が、「キモい」と言われて逆上し、助けに入った50代男性と女子高生に暴行を働いて連行されるという事件がありました。

ツイッター上では、もちろん35歳男性が全面的に悪いという意見がほとんどだったのですが、それはそれとして「〈キモい〉という言葉の殺傷能力は高いので、使わないほうがよかったのではないか」という内容の発言が多くリツイートされるに至って、「〈キモい〉やつに〈キモい〉といって何が悪い」「なぜ被害者が批判されなくてはいけないのか」vs「相手の怒りを引き出す言葉は使わないほうがいい」「批判ではなくアドバイスだ」論争が、かなり長きにわたって激しくつづいたのでした。

「夜遅く外出している女子高生が悪い」という類いの酷い被害者非難は言語道断としても、実は初めのうち、わたしは後者派でした。女子高生にとって「キモい」という言葉は恒常的に使う“軽い”言葉で、そのときもとっさに口をついて出てしまったのであろうし、実際、夜遅く10代の女子3人に「うちに来ないか」と声をかける35歳の男は「キモい」以外の何者でもないわけだけれど、結果的に加害者にとっての「キモい」は逆上のスイッチが入るにじゅうぶんなほど殺傷能力の高い言葉であったのだから、女性はこういうケースのときに発する言葉については注意するに越したことはない───そう思ってしまったんです。

それが一転、前者派に変わることができたのはコラムニストの小田嶋隆さんが6月24日に発した次のツイートのおかげです。

〈女性に対して「ナンパしてくる男を怒らせない振る舞い方」を求める人たちは、当該の女性たちに「差別の中で生きる処世」を求めています。同じ社会に生きている人間が、別の属性を持つ人間に対して「差別されることを前提とした生き方を求める」ことは、差別以外のナニモノでもないと私は考えます。〉

「ああ……」と打ちのめされました。自分よりも力が強い者の不興を買って今の状態よりも酷い状況に陥らないために、本当に言いたいことはぐっとこらえ、「キモい」ではなく「やめてください」のような丁寧な言葉を選択する。それを「アドバイス」と称して提案するのは、確かに〈「差別の中で生きる処世」を求めて〉いることにほかなりません。それと似たような仕打ちを、女性として生を受けたゆえに幼い頃から幾度となく受けてきたにもかかわらず、なぜ最初に後者派に与してしまったのか。それは、わたしがかつてバリバリの「おじさん」だったからです。そして今も「小さなおじさん」を心の中に棲まわせているからです。

もちろん、ここに記した「おじさん」は象徴です。「おじさん」性のすべてが悪いわけではありません。「おじさん」の多面性の中の良くない部分を指しているだけです。で、良くない「おじさん」性が今ここにある弱者や正直者や心優しき者が生きにくい世界を形成しているというのに、男社会の中でフリーライターとして実力を認めてもらうためにがむしゃらに仕事をしてきたわたしは、いつしか「おじさん」の側に立ち、「おじさん」の目で社会を眺め、「名誉おじさん」としてほかの女性(あるいは社会的弱者)に〈「差別の中で生きる処世」を求め〉る人間と化していたんです。

「おじさん」社会の理不尽を露にする『持続可能な魂の利用』


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豊崎由美

(とよざき・ゆみ) ライター、書評家。『週刊新潮』『中日(東京)新聞』『DIME』などで書評を多数掲載。主な著書に『勝てる読書』(河出書房新社)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『ガタスタ屋の矜持 場外乱闘篇』(本の雑誌社)、『文学賞メッタ斬り!』シリーズ&『村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!』..

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