「女性を少し酔っ払わせて家に連れ込むことに成功したなら」まだやってんのか! これ以上箕輪厚介の過ちを犯さないで

2020.6.10
豊崎由美

文=豊崎由美 編集=アライユキコ


「でもキスしたい」
(幻冬舎・箕輪厚介『文春オンライン』掲載LINEより)

女性蔑視のセクハラ志向の歴史をさかのぼると、紀元前1世紀、帝政ローマ時代の恋愛指南書に辿り着いた。なんも変わっちゃいないのか! 箕輪厚介の過ちを繰り返してはいけない。書評家・豊崎由美が今を生きる人たちに訴える。


「したーい」だったらよかった?

〈元エイベックス社員でライターのA子さん(30代)が、幻冬舎の箕輪厚介氏の依頼で執筆したエイベックス会長・松浦勝人氏(55)の自伝。約10万字に及ぶ原稿は、A子さんが「書籍のなかで離婚を公表したい」という松浦氏の意向と幻冬舎の都合に沿い、約2カ月間で書き下ろした〉にもかかわらず、原稿をボツにされた上、原稿料も支払われなかった経緯を明かした『文春オンライン』の記事(2020年5月16日)は、クライアント(版元)と下請け(ライター)間でなんの契約書も交わされないまま仕事が進んでいくという、一般社会の通念からすれば異様な出版界の“風習”を示して、A子さん同様フリーでライターをしているわたしにとっても身につまされるものでした。

が、しかし、それだけに終わっていないのが、さすがは下世話な文春砲。A子さんに原稿を依頼した編集者・箕輪厚介と彼女とのLINEのやりとりまで公表しており、その酷い内容で世間の注目を浴びたわけです。

フリーライターを消耗品としか思っていない見城徹社長と、ボツをくらって納得がいかないA子さん双方にいい顔を見せるせせこましい態度が、「天才編集者」らしからぬ小者感を醸すばかりか、当初の出版とギャラに関する口約束が守られないことに意気消沈し、体調を崩しているA子さんに対し、〈絶対変なことしないから!〉としつこく家に行きたがるくだりの滑稽さたるや、旧世代のわたくしなんぞは、1998年にやはり『週刊文春』が報じて世間をざわつかせた、将棋界の重鎮たる中原誠・十六世名人と林葉直子(元棋士)の一件を思い出したものでした。
すでに関係が悪化していた不倫相手の林葉に対し、中原が送りまくった留守番電話を暴露する内容だったのですが、その中のひとつ「今から突入しまーす」の威力は凄まじく、小保方晴子の「STAP細胞はありまーす」(2014年)と並んで、「まーす」界の2大流行語ともいうべきでありましょう。箕輪も〈でもキスしたい〉じゃなく、「でもキスしたーい」だったらその仲間に入れてもらえたものを。つくづく惜しいことをしたものです。

で、箕輪のLINEに話を戻しますと──。クライアントであるこの男の顔を潰さないよう、A子さんが一生懸命あの手この手で遠回しに「家には来ないでほしい」と伝えようとしているのに、その意図に気づかないふりをして図々しく家に上がり込み、A子さんの証言によれば「こたつに腰を落ち着けるなり、『触っていいですか?』『キスしませんか?』とくっついてきて、いくら拒もうと強引に体を触ってきたのです。本当にやめてほしくて、『無理です、もう帰ってください』と強引に家から追い出しました。すると最後、箕輪さんは『じゃあ握手しませんか』って手を差し出してきたんです。仕方ないから握手をしてから別れました」とのこと。そこから、〈でもキスしたい〉という今回のLINEからの引用に至るわけです。
ゲスの極みっ!

この一件が『文春オンライン』によって明らかにされると、〈トラップ。よろしくお願いします〉という「オレの擁護をしてくれ」感をぷんぷん匂わせる卑劣な発言をツイッターに投稿→炎上状態にガソリンを投下しただけと悟るや削除→「箕輪編集室」なる月額5940円も取るオンラインサロンの会員に向け、酔っ払ってろれつも回らない状態で「何がセクハラだよ、ボケ」だの「オレの罪って、重くない」だの、あろうことか故忌野清志郎の発言を引いて「反省しない」だのと暴言を吐きまくる動画を、またも『文春オンライン』によって暴露され、さらに炎上という墓穴を掘りに掘りまくって地球の裏側へ的な愚行を繰り返したのであります、このゲスの極み男は。

安くてもまずソファーを一個買う

わたしはこの一件について「幻冬舎の箕輪って人は時代の風を読むに長けた優秀な編集者と崇められているらしいけど、あのクソLINEを見ると、この人が昭和のセクハラ親父仕草(親分の見城徹がその典型)をそのまま引き継いだ非常に古臭いタイプの男だということがよくわかりますね。」というツイートを残しているわけですが、それをよく示すのが幻冬舎から出ているくだらない1冊、渡辺淳一の『欲情の作法』なんです。

これ、世の男性に女性の口説き方を指南するっつー内容なんですが、〈もちろん、性的関係が充実するには、男のほうの求めかたや愛しかたが重要ですが、まず肌を接して関係する、という目的から考えると、早く許してくれる女性ほど望ましいものはありません〉〈気さくで明るくて楽しい、そして少し甘えん坊で、軽くおっちょこちょい。このあたりが、多くの女性が好きになる、男のタイプの公約数です〉〈(相手の女性を少し酔っ払わせて家に連れ込むことに成功したなら)こういうとき、もっとも有効なのは部屋の片隅にソファーを置くことです。小さくても、とにかくソファーがあれば必然的にそこに並んで座れるため、そっと抱き寄せることも不自然でなくなります。これが畳であったりフローリングでは、万一抱き合ったとしても、床が硬くてムードに欠けるでしょう。自分の部屋を借りたら、安くてもまずソファーを一個買う。これがプレイボーイの、そして女性を口説く必需品になるはずです〉といった、怒ったらいいのか、笑ったらいいのかわからなくなるような妄言の数々が散りばめられているんです。

『欲情の作法』渡辺淳一/幻冬舎
『欲情の作法』渡辺淳一/幻冬舎

帝政ローマ時代の恋愛指南書

ひょっとすると、箕輪も自社本だけにこの本を参考書にしたのかもしれませんねっ。しかし、『QJWeb』の読者の皆さん、この手のレイプすれすれの強引な口説きを有効とする、女性蔑視のセクハラ志向は、実は昭和の親父仕草というわけでもないのです。紀元前1世紀、帝政ローマ時代にもさかのぼることができる仕草であることが、『変身物語』でよく知られる詩人オウィディウスの『恋の技法』(平凡社)を読めばわかります。

『恋の技法』オウィディウス、樋口勝彦訳/平凡社

これまた往時の若者に向けての恋愛指南書なのですが、曰く〈娘たちはさらわれて、結婚の臥床へ運ぶ分捕り物として連れてゆかれた。そして多くの女の子には、恐怖がかえって美しさをますかに見えた。あまりに抵抗し、同行を拒む者があれば、男は渇望の胸にその娘を抱き上げて連れてゆき、こういった、「なんだってやさしい目を涙でよごすのだ? おまえの父のおまえの母に対する関係と同じように、おれはおまえの相手になるのだ」と〉〈嫌がっているときみが万一思うかもしれない女でも、[いやがるどころか]じつは望んでいるのだ〉〈多くの女のうちで、きみにいやだというような女はまず一人だってもいはしない。許すにしろ、拒むにしろ、とにかく言い寄られれば嬉しい気がするのだ〉〈男たちは欺くことはあるにせよ、あなた方には損はない。すべて元のままだから。(中略)鉄も摩滅してゆく、火打ち石も使えば減ってゆく、十分使用に供しても、あの部分(トヨザキ註・ヴァギナのことですね)だけは損耗のうれいがない〉などなど、女性サイドからすれば噴飯ものの文言が書き連ねられているんです。

この『恋の技法』と『欲情の作法』を読み比べると驚くほど内容が似通っているんですねえ。渡辺淳一は『愛の流刑地』(やはり幻冬舎)の中で、主人公男性にキャミソールの着用に及んだ恋人に白いスリップを身につけるよう命じさせる場面を用意したように、『欲情の作法』でも〈男は清楚な女性を好む〉のだからカラフルで派手な下着など言語道断で〈白くてシンプルなスリップで充分〉と世の女性に力説。オウィディウスもまた派手なファッションを嫌い、濃い化粧にダメ出しをしていて、2冊を通読すると、ズン(渡辺淳一)は『恋の技法』を種本に『欲情の作法』を書いたのではないか疑惑が湧き上がってくるほどです。

『愛の流刑地』<上巻>渡辺淳一/幻冬舎
『愛の流刑地』<上巻>渡辺淳一/幻冬舎

ラ・ロシュフコーの箴言を箕輪に


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豊崎由美

(とよざき・ゆみ) ライター、書評家。『週刊新潮』『中日(東京)新聞』『DIME』などで書評を多数掲載。主な著書に『勝てる読書』(河出書房新社)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『ガタスタ屋の矜持 場外乱闘篇』(本の雑誌社)、『文学賞メッタ斬り!』シリーズ&『村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!』..

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