橋下徹は「分断」や「世代間対立」を煽り、無意味な争いを雑にけしかけている

2020.5.11
豊崎由美

文=豊崎由美 編集=アライユキコ


「この10万円は生活保障。給料、ボーナスがびた一文減らないことが確実な人には給付する必要はありません。生活保護受給権者も。」(2020年4月21日橋下徹ツイッターより)

見えるものしか見ないタイプの人間のおごり。書評家・豊崎由美は憤っている。自宅に引きこもってしまおうとも決して独りにはなれないのだ、誰しも。


「分断できてると思ってるのは、おめえらだけだよ」

『ハーバー・ビジネス・オンライン』に興味深い記事が掲載されています。
橋下徹の過去発信のまとめです。取り上げられている発言の数々を読んでいて気づくのは、たとえば「自称インテリや役所は文楽やクラシックだけを最上のものとする。これは価値観の違いだけ。ストリップも芸術ですよ」(2012年8月12日ツイッターより)に代表されるように、橋下は大衆に仮想敵を与えることで、インテリ&役所VSその他の層という対立を煽り、支持を集める論法を得意としてきた人物です。今回引用した新型コロナウイルス禍における発言も、この論法を使って、収入減が確実な人の焦りや苛立ちや苦しみを利用して、社会を分断しようとしているわけです。
しかも、雑。インテリ=文楽やクラシックだけを最上のものとするという物言いが、どれほど正確さを欠いたものであるかは、サブカル全般に関心の深い『クイック・ジャパン ウェブ』の読者の皆さんならおわかりですよね。でも、こういう大きな主語を卑小な説明で処理するのは、おそらく狙ってのことなのです。いにしえの昔から、デマゴーグたちは物事を単純化し、プロパガンダとして大声で叫んできました。なぜなら、多くの民衆にはそのほうが訴求効果が高いからです。実際、大阪ではこの橋下論法を踏襲する松井一郎市長や吉村洋文府知事ら大阪維新の会に所属する政治家の人気は絶大です。
社会を自分の敵と味方に分断し、双方間に生まれる憎悪を糧に権力の拡大を図る。それが、橋下徹と大阪維新の会の正体なのですが、しかし、わたしは思います。「分断できてると思ってるのは、おめえらだけだよ」と。
見えるものしか見ないタイプの人間は、わたしたち人間が自分の知らないところで気づかないまま大勢の見知らぬ誰かとつながっていることを、その糸をより合わせたものが「わたし」という個人であることを、たとえ自宅に引きこもってしまおうとも決して独りにはなれないことを、理解しようとはしません。

キャラクターのほんの一部

夫の死後、霊と交信できるようになった三保子。海に遊びに来た女子大生の藤田みずきと大谷春香。彼女らに呼び出されて渋谷にやって来た竹田礼生と高橋雅人。浮気と呼ぶには情熱的過ぎる関係にうつつを抜かしている、40近い妻帯者・野村健太。学校をさぼって公園のベンチでお弁当を食べている15歳の土屋恭子。副業で男性コンパニオンのアルバイトをしている理学療法士の千葉孝大。遊び興じる双子の姉妹・千奈美と真奈美。夫婦仲がよくない遠藤拓也と由香。バーに集う常連の人々。勤務中にカーセックスをする国見智志と白石みどり。レストランで女子会をしている、高校時代の仲よし4人組。その近くの席で、とうの立った女子会を開いている初老の3人組。妻の乳房が好きでたまらない夫・岩合和久と、この結婚は失敗だったと思っている妻・仁美。ゲイのカップル・行広と雄大。夫亡き後、ほとんど家から出なくなった奥野広子。見ず知らずの誰かの顔に拳をのめり込ませる妄想で頭をいっぱいにしている中島裕介。海外出張の多い56歳の独身サラリーマン・大場信吾。就職のために佐賀県から上京し、彼女と遠距離恋愛になったことよりも家族と離れたことを後悔している北條和樹。老婆が乗った暴走自転車に怯える主婦の玉井紫苑と、老婆との遭遇を吉兆と思っている米屋の奈良橋勝善。

いったい何事かとお思いでしょうが、彼らは江國香織の『去年の雪』に登場するキャラクターのほんの一部なんです。百人を超える登場人物の多くは現代人が中心ですが、そこに過去を生きる人々も加わります。
両親の離婚で東京にやって来た1970年の小学三年生・末松織枝。平安時代の貴族の娘・柳と、彼女のよき話し相手で「けんと」と名乗るもののけに悩まされている規那。オイルショックでトイレットペーパーの買い占めに走る妻を恥じている新聞記者の瓜生明彦。江戸時代の三姉妹・加代と茂と綾、加代の親友で読書家の勢喜。霊を見ることができる、江戸時代の農家の娘・ちさ。
この小説を彩るのは生者ばかりではありません。死者もまた。バイク事故で若い命を散らした市川謙人。加代たちが生きている時代をさまよっている、生前はタクシー運転手だった佐々木泰三。遊園地で呆然としている原田真弓。その遊園地のさるすべりの木のそばで、自分という意識を失いつつある井波真澄。再生不良性貧血で亡くなり、図書館にいることを喜んでいる今泉牧也。死んでずいぶん経つので何も記憶していない森田あやめ。

『去年の雪』江國香織/KADOKAWA

狡猾な人間が橋下徹


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豊崎由美

(とよざき・ゆみ) ライター、書評家。『週刊新潮』『中日(東京)新聞』『DIME』などで書評を多数掲載。主な著書に『勝てる読書』(河出書房新社)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『ガタスタ屋の矜持 場外乱闘篇』(本の雑誌社)、『文学賞メッタ斬り!』シリーズ&『村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!』..

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