音羽-otoha-「『ぼっち・ざ・ろっく!』に曲を書いたのは自分の人生の伏線回収みたいな経験だった」

2023.5.16
音羽-otoha-「『ぼっち・ざ・ろっく!』に曲を書いたのは自分の人生の伏線回収みたいな経験だった」

文=柴 那典 写真=辺見真也


間違いなく大きな飛躍を果たすだろう才能の持ち主だ。

今年4月に初のアルバム『Unlockable』をリリースしたシンガーソングライター、音羽-otoha-。同作にはTVアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』に提供した楽曲「フラッシュバッカー」のセルフカバーも収録される。

以下のインタビューで語ってもらったように、まさに『ぼっち・ざ・ろっく!』主人公の後藤ひとりと同じような、ギターヒーローに憧れながらも周囲に馴染めず“コミュ障”な思春期を過ごしてきたという。そんな過去といまについて、音楽と向き合うターニングポイントになった「拝啓生きたがりの僕へ」という曲について、新作について、この先に見据える未来について、語ってもらった。

※2023年5月27日発売『CONTINUE』Vol.82より、音羽-otoha-スペシャルインタビューの一部を特別に先行公開。


ギターヒーローになりたかった日々

──これが初めてのインタビューなんで、子どもの頃の話から聞かせてください。まず音楽との出会いはどんな感じでしたか?

音羽-otoha- 最初の記憶で言うと、4歳くらいのときに親戚のおじちゃんがピアノを教えてくれたのが音楽との出会いです。小学4年生のときにフルートを始めて、クラシック方向に行くかと思いきや、次に始めたのがドラムで。

──小学校からいろんな楽器をやってたんですね。

音羽-otoha- 興味持ったことはやらせてくれる親だったんで。お母さんも昔はガールズバンドでギターをやっていたり、父もエンジニア的なことをやっていたので。芸術方面で言うと、うちの祖父が建築家で、その祖父が設計図を書いていた紙の裏にお絵かきしてた記憶もあって。兄もバンドをやってましたし、家族ぐるみで芸術に関する思い出はあります。

──オリアンティ(・パナガリス)をきっかけにギターに熱中したということですが、これはどんなきっかけだったんですか。

音羽-otoha- 中学1年生の春に『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』を観て、そこで出会ったオリアンティ様の出で立ちに感動して。マイケル・ジャクソンの後ろをついて、歩きながらずっとギターを楽しそうに弾いてるんです。マイケル・ジャクソンの指示通りにその場でアドリブでフレーズを作る姿も、心から音楽を楽しんでるなって思って。彼女はギターだけじゃなくてボーカルもするんですけど、その声もカッコイイし、曲もカッコイイし、詞もいいし、ギターも上手いし、見た目も好きだし、好きにならざるを得ない要素ばっかりで。一番影響を受けてます。

──そこからどんな風に音楽の興味が広がっていった感じでしたか?

音羽-otoha- どうやってこのプレイになったんだろうと興味を持って好きな人のルーツを調べていくうちに、ジミ・ヘンドリックスとかスティーヴ・ヴァイとか、気付いたら海外のギタリストばっかり好きになってました。

──オリアンティを筆頭にギターヒーローに憧れた中学生時代だった。

音羽-otoha- そうですね。ボーカルはやる気なかったので。自分もそういうギターヒーローになりたいなと思ってました。

音羽-otoha-「『ぼっち・ざ・ろっく!』に曲を書いたのは自分の人生の伏線回収みたいな経験だった」
音羽-otoha-/『CONTINUE』Vol.82より

──バンドを組みたいという思いはありました?

音羽-otoha- バンドは中学生のときから組みたい気持ちはありました。ギターを家で弾いてるだけじゃ物足りなくなって。スタジオに入りたいな、バンドメンバーがいたらもっと楽しいなっていう純粋な気持ちはあったんですけど、なんせコミュ障だったもんで。あんまり友達もいないし、ボーカルもいなくて。ひとりでさみしく「弾いてみた」でもあげるか、みたいな感じで。中学2年生くらいから「“おしゃかしゃま”弾いてみた」の動画をあげたりはしてたんですけど。高校になってから同級生を無理やりバンドに誘って。文化祭のライブを目指したのが最初でした。

──同時代のバンドに影響を受けたりはしましたか?

音羽-otoha- ヒトリエ、a flood of circle、八十八ヶ所巡礼、そのお三方には高校生の頃からすごく影響を受けてました。

──音楽を表現することに本気になり始めたタイミングはいつぐらいだったんですか?

音羽-otoha- 文化祭だけでは物足りなくなってしまったので、その後ですね。やっぱりバンドをガチで組みたいなと思って。兄の知り合いの女性ドラマーを紹介してもらって、地元のコンテストに出たりもしました。「十代白書」とか「閃光ライオット」に応募したりもしてましたね。

──自分で歌うようになったのは?

音羽-otoha- 仕方なくです。本当に歌を歌ってくれる友達がいなくて。それで仕方なく歌っているうちに、ギターボーカルになっていて。本当はギターに集中したいけど、オリアンティもギターボーカルだし、まあいいか、みたいな。本当はフロントマンも嫌なんですよ。端っこで下向いてギターを弾いていたいタイプなんで。バンドで前に出る存在になるのにも違和感があったし。そういう性格でした。

──振り返って、そういう10代後半の頃の思いといまの自分は真っ直ぐつながっている感じはありますか?

音羽-otoha- あります。表現したいことは何ひとつ変わってないです。ただ表現方法が人間関係とかいろいろなもので変わっていっただけで。昔から伝えたいことは何も変わってないです。

すべてのピースがハマっていまがある

──昨年の8月31日に「拝啓生きたがりの僕へ」という曲が発表されました。半年の休止期間を経て音楽活動を再開したタイミングということでしたが、これはご自身にとってどういうターニングポイントだったんですか?

音羽-otoha- 原点回帰みたいなものではありましたね。若干暗い話になるんですけど、一時期、空っぽだった時期があって。バンドが終わりかけだったくらいの時期から、自分が本当にやりたかった音楽を忘れてしまってたんじゃないかって、自分に問いかける時期がずっとあって。それを機に考え直したというか。音楽を始めた頃の純粋な気持ちを思い出したいと思って。原点回帰、そして過去の自分に対して問いかけるような曲ですね。少し時間がかかったけど久しぶりっていうような気持ちで歌いました。

拝啓生きたがりの僕へ [MV] / 音羽-otoha-

──僕はこの曲で音羽さんを知ったんで、それ以前の活動についてはあまり追いかけていなかったんですが、それ以前の自分、YouTuberグループのフォーエイトのメンバーとしての活動については、客観的に振り返ってどういう感じなんでしょうか。

音羽-otoha- YouTuber時代という細かい期間としても見てなくて。それよりもっと長い、遡れば大学生の頃からの期間のことかもしれないです。大学でも周りの人との人間関係が上手くいってなくて。いまとそのときの自分が圧倒的に違うなと思うのは、人の言う通りに生きていたんですね。「こうしたらいいよ」とか「これはやらないほうがいいよ」って言われた通り、言いなりになって生きてた時期があったので。気付いたら自分の好きなものは何も残ってないみたいな、そういう時期が結構長かったように思います。

──『ぼっち・ざ・ろっく!』の楽曲についての話も聞かせてください。まず、お話を受けての最初の印象はどんな感じでした?

音羽-otoha- 失礼ながら原作を存じ上げなくて。お話をいただいてから原作を初めて読ませていただいて、バンド系の女の子たちの話なんだ、4コマ漫画なんだって。で、読み進めていくうちに「おもしれー!」って思って。それが第一印象でした。

──これまでの思春期の話を聞くと、後藤ひとりというキャラクターに相当重なる部分があったんじゃないかと思うんですが。

音羽-otoha- そうなんですよね。1ページ1ページに共感しかなくて。自分には(伊地知)虹夏ちゃんみたいなキラキラしたキャラが偶然声をかけてくれるみたいなことはなかったんですけど。違う世界線で生きてきたぼっちちゃんみたいな感じで自分を捉えてます。

──ギターヒーローになろうと「弾いてみた」動画をあげるところまでは同じ世界線ですもんね。なので、作家的な目線というよりは、自分のこととして曲を書けるような感じがあったのではないか、と。

音羽-otoha- あまり難しくはなかったですね。本当に共感しかなかったので。自分の物語を書けばいいんだって。

【LIVE映像】「青春コンプレックス」/ ぼっち・ざ・ろっく!-SPECIAL STUDIO LIVE-

──最初にできたのはどの曲だったんですか?

音羽-otoha- 「青春コンプレックス」でした。あれがまさかオープニングになると思ってなくて。挿入歌でも何でもいいんで使ってくださいっていう感じで出したら、オープニング曲になりましたって言われて。そのつもりで書いてないんですけど逆に大丈夫ですか? って、こっちが心配になるくらいの感じで。本当にありがたいお話でした。

──「フラッシュバッカー」はどういう感じで書いていったんですか?

音羽-otoha- この曲は、学生時代のいろんな苦い記憶を思い出しながら書きました。『ぼっち・ざ・ろっく!』の原作を読まなければそこまで鮮明に思い出すことがなかったと思うし、なんなら忘れ去りたいぐらいの高校時代だったりもするんで。無理やり思い返されたみたいな部分もありました。原作を読んで思い返した自分の学生時代を、大人になった自分視点で書いている曲ではあります。現役女子高生にこの曲を歌わせても良いものなのかという不安とか葛藤はあったんですけど、結果すごく沢山の方に良いと言っていただけて。書いて良かったなと思います。

──振り返って、『ぼっち・ざ・ろっく!』という作品に関わったことは、自分にとってどんな経験になりましたか?

音羽-otoha- 自分の人生の伏線回収みたいな経験だったなと思います。思い返せばキラキラした青春とは真逆の学生時代を送ってきていて。友達も少なかったし、ただただ帰ってひとりでギターを弾いたりする日々だったけど、いまになってそれが活きたというか。すべてのピースがハマっていまがあるという感覚もあります。本当にありがたいです。


後悔のないように表現し尽くしたい

音羽-otoha- 1st mini album『Unlockable』2023.4.19(wed) Release決定!

──今年に入ってから『PROLOGUE』と『Unlockable』というふたつの作品が出ましたが、それぞれどんな位置付けで作っていったんでしょうか?

音羽-otoha- 『PROLOGUE』は、YouTuber時代の本当に大事な日だけに出していた曲が入っていて。作ったときはその曲を歌い続けるかどうかも考えてなかったし、自己完結している感情が多いというか、内向きの感情の4曲というのが『PROLOGUE』でした。

──この曲でアーティスト活動の道を開いていこうみたいなものではなかった。

音羽-otoha- そんなものではなくて。バズってほしいともさらさら思っていなかったです。再生数も全然上がらなくていいから、自分の思っていることをこの世にひとつでも残せたらいいというくらいの感じで書いていました。

──やはり「拝啓生きたがりの僕へ」が大きな区切りになっているんですね。その後に作った楽曲が『Unlockable』の収録曲である。そこで、やっぱり大きな変化が音羽さんの中で生まれたわけですね。

音羽-otoha- 「拝啓生きたがりの僕へ」を考えていた時期は、これから音羽-otoha-というたったひとりのアーティストとして、背水の陣のような気持ちでやっていくんだという覚悟も含まれていたので。それまでの4曲とは明らかな違いはあります。

──『Unlockable』の1曲目の「アズライト」は中でも扉を開いていく感が強い曲だと思うんですけど、この曲はどんな風に作ったんですか?

音羽-otoha- 「アズライト」は入り口のような曲がほしいなと思って。明るい曲を書くのは苦手なんですけど、自分の中でもこういう曲を残すことはすごく意味があることだと思うし、自分自身も背中を押されるので、頑張って書いてみようと思って。

アズライト [MV] / 音羽-otoha-

──「ダンスホール」はどういうところから作っていったんでしょうか。

音羽-otoha- これは「拝啓生きたがりの僕へ」の次の曲だったんです。どういう曲にしようかって悩んだんですけど、自分ってなんだろうって考えたときに、やっぱりバンドが好きで、ロックが好きだと思って。次はバンドサウンドで思いっきりロックにしよう、ギターソロは死ぬほど弾きまくろうと思って。曲の雰囲気から入った感じですね。

ダンスホール [MV] / 音羽-otoha-

──「フラッシュバッカー」は、改めてセルフカバーしてみてどうでしたか。

音羽-otoha- ちょっと油断してたんですよ。喜多(郁代)ちゃんというキャラクターが自分の身代わりになってくれて歌ってくれてるっていうワンクッションがあったので。セルフカバーをするって決めたのも自分ではあるんですけど、最初に書いたときはこの曲を自分で改めて歌い直すと思ってなかったので。ちょっと恥ずかしい気持ちもありつつ、でも大事な曲になったので、ちゃんと自分の表現としても残しておきたいなという気持ちでした。

──この先には初ライブの予定も決まっていますが、どんなことを考えていますか?

音羽-otoha- 後悔のないように表現し尽くしたいなというのはあります。その会場で初めて目と目を合わせて伝えられる機会って、これからの人生であと何回あるんだろうなということも考えていますし。その日に全力を残していくというくらいの気持ちで挑もうかなと思っています。

──この先の目標や、見据えているビジョンはありますか?

音羽 音楽だけにとらわれず、できる限りの表現方法をやっていきたいなと思っていて。絵を描くことも好きだし、苦手でしたけどダンスも始めているので。他にも自分でも気付いていない、思いついていない表現方法もまだまだ世界にはあると思うし、ありとあらゆる表現方法を尽くしてやっていきたいなと思います。シンガーソングライターでもないし、ギタリストでもないし、イラストレーターでも動画編集の人でもないけど、逆にそのすべてでもあるみたいな、そういうマルチなアーティストになっていきたい目標はあります。

──こういう風景が見てみたいとか、立ってみたいステージとか、そういうのはありますか?

音羽-otoha- 大きいステージに立ちたいとか、アリーナでライブしたいとか、そういうのはあんまりなくて。自分がワクワクしてないと周りの人をワクワクさせることはできないと思うので、誰も見たことがない風景を見せたいというのが一番ですね。

音羽-otoha-「『ぼっち・ざ・ろっく!』に曲を書いたのは自分の人生の伏線回収みたいな経験だった」
音羽-otoha-/『CONTINUE』Vol.82より

音羽-otoha-
「自分自身に向き合い続けること」をテーマとして活動するマルチアーティスト。ギターボーカルとしてバンド活動後、2022年にソロアーティスト「音羽-otoha-」として活動開始。TVアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』への楽興提供で注目を集めるなか、2023年4月にファーストミニアルバム『Unlockable』をリリース。そして2023年6月16日、大阪BIGCATにて初のライブを行う。

『Unlockable』リリース情報

音羽-otoha-「『ぼっち・ざ・ろっく!』に曲を書いたのは自分の人生の伏線回収みたいな経験だった」
『Unlockable』ジャケット

発売日:2023年4月19
レーベル:bokura
定価:1,980円(税込)

1.アズライト
2.ifのマーメイド
3.ダンスホール
4.六秒間
5.フラッシュバッカー
6.拝啓生きたがりの僕へ

『CONTINUE』Vol.82

『CONTINUE』Vol.82
ファイルーズあいが表紙の『CONTINUE』Vol.82

定価:本体1,350円+税
発売日:2022年5月27日

表紙(撮りおろし):ファイルーズあい

【第1特集】ファイルーズあい
【特集】音羽-otoha-
【特集】魔法少女マジカルデストロイヤーズ
【特集】ゲームセンターCX
【特集】ライムスター宇多丸とマイゲームマイライフ
【連載】電池以下 第83回:ランジャタイの巻(吉田 豪×掟ポルシェ) 


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柴 那典

(しば・とものり)1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は『AERA』『ナタリー』『CINRA』『MUSICA』『リアルサウンド』『ミュージック・マガジン』『婦人公論』など。『日..

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