水島新司マンガの復刊、電子化を希望します『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』オグマナオトの願い

2022.6.24
オグマサムネ

構成・文=大山くまお 編集=アライユキコ 


QJWebにも数々の水島新司評論を寄せ、語ってきたライター・オグマナオトが『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を上梓。野球マンガの巨人の偉業を改めて振り返り、その作品の多くが入手しづらい現状を嘆く。『文春野球コラム ペナントレース』で中日ドラゴンズ監督を務めるライター・大山くまおが聞く。

あえて野球マンガを描かない時期も

──『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』は、『ドカベン』や『あぶさん』などの水島マンガで描かれたプレーが、いかに日本野球を先取りしていたかを説明しつつ、全体を通して水島新司論、水島マンガ論になっていますね。オグマさんの水島マンガへの深い愛を感じました。

オグマ ありがとうございます。

──水島マンガの「予言」で有名なのは、「ルールブックの盲点の1点」、別名「ドカベンルール」と呼ばれるアピールプレーです。1978年に『ドカベン』で描かれた極めて特殊なプレーが2012年の夏の甲子園で実現しました。水島新司先生の野球への愛がとてつもなく深いのはわかりますが、どうしてこのような「予言」ができたのでしょう?

『ドカベン』<31巻>秋田書店(オグマナオト私物)
『ドカベン』<31巻>秋田書店(オグマナオト私物)

オグマ まず、水島先生は少年時代、野球がやりたくても満足にできなかった人でした。家庭の事情で高校進学を断念しているので、高校野球を経験できなかったのです。そのまま実家の手伝いをしながらマンガ家になりましたが、野球が大好きで、いつも野球のことを考えていたと過去のインタビューで答えています。

マンガ家になってからも、画力が上がって思い描くプレーが描けるようになるまで、あえて野球マンガを描かない時期がありました。その間、「こんなプレーをしたい」とか「こんなプレーがあったらおもしろい」とか、野球についてたくさん考えていたんでしょうね。

水島先生は、野球好きが考える「こんな野球があったらおもしろいよね」をマンガの作品の中で形にしてきました。野球好きだから「魔球」みたいなあり得ないプレーは基本的に描かない。でも、現実離れしているように見えて、実は現実と虚構のギリギリの線を突いたようなプレーを描く。だから、あとからプレーのレベルが上がったり、偶然が重なったりして、現実が追いつき、結果的に「予言」になったのではないでしょうか。

オグマナオト
オグマ「水島新司は『こんなプレーをしたい』とか『こんなプレーがあったらおもしろい』とか、野球についてたくさん考えていたんでしょうね」

──とにかく多作で、あらゆるジャンルの野球マンガを描いているところもすごいですよね。

オグマ あらゆる野球のあらゆるシチュエーションを網羅していますね。少年野球も高校野球もプロ野球も女子野球も社会人野球も描いていますし、バッター目線、ピッチャー目線、守備目線、裏方目線も描いています。メジャーリーグ以外はほとんど描いていますね。だから、水島先生のあとの世代の野球マンガは、スカウトや年俸をテーマにするようなニッチな作品が増えたんです。圧倒的な作品数があるからこそ、「予言」になることも多かったのでしょう。

『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』オグマナオト/ごま書房
『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』オグマナオト/ごま書房新社

選手に酒を飲ませるために毎月200万円

──水島先生はかなり取材も行っていたとか。

オグマ 特に、選手たちへの取材が多かった。選手サイドから「水島先生にこんなことを質問された」という逸話を私自身いくつも聞いていますし、これだけ取材しているマンガ家はいなかったと思います。江川卓さんは大学時代、水島プロダクションに入り浸っていて、当時はテレビ局にしかなかったようなビデオデッキを使ってプレーの勉強をしていたそうです。水島先生も、選手と会話しながら最先端の野球の情報をインプットしていたんでしょうね。

──この本にも書いてあったのですが、水島先生と江川さんとは作新学院のころに知り合って、ドラフト問題で渦中にあったときも水島先生が江川さんの相談役になっていたと知って驚きました。プレーだけじゃなく選手の心理などについても詳しくなるでしょうね。

オグマ 水島先生は「空白の一日」のことを誰よりも知っているはずです(笑)。さすがにこの問題についてマンガにはしていませんが、『光の小次郎』などでドラフト改革案は描いています。想像の域ですが、選手たちから「ドラフトはこうあるべきだ」という声を聞いていたのかもしれませんね。

球道くん』<1巻>小学館(オグマナオト私物) 『光の小次郎』<1巻>講談社(オグマナオト私物)
『光の小次郎』<1巻>講談社(オグマナオト私物)

──取材で銀座のクラブで選手に酒を飲ませるために毎月200万円使っていたそうですね。とんでもないスケールです。

オグマ 40年前の200万円ですから、今よりもずっと高いですよね。しかも、ご本人はお酒が飲めないんですよ。選手たちに喜んでもらいたかったのかもしれませんが、そこでいろいろな話を聞いていると思います。四谷の居酒屋「あぶさん」にも水島先生はよくいらっしゃっていて、水島先生がいるからと選手や関係者もやってきていました。水島先生を中心に、野球の文化サロンができていたんだと思います。

野球マンガを描いて、野球選手と親しくなり、そこの会話で生まれたものを野球マンガに還元していく。そういうサイクルができていたんです。

『あぶさん』<1巻>小学館(オグマナオト私物)
『あぶさん』<1巻>小学館(オグマナオト私物)

いつか「水島新司全集」を

──オグマさんの水島マンガとの出会いは?

オグマ 家に兄が買った『球道くん』と『一球さん』があり、小学1年生のころには読み始めていました。『ドカベン』から入る人が多いと思いますが、『球道くん』は野球を通して人生を描く大河ドラマのようなマンガでしたから、より水島マンガの深さを知ることができました。そこから『ドカベン』を読んで、さらに「もっと水島マンガを読んでみよう」という気持ちになったので、ちょっと違う入り方でよかったと思っています。

『球道くん』<1巻>小学館(オグマナオト私物)
『球道くん』<1巻>小学館(オグマナオト私物)
『一球さん』<1巻>小学館(オグマナオト私物)
『一球さん』<1巻>小学館(オグマナオト私物)

──確かに、水島マンガイコール『ドカベン』の高校野球、『あぶさん』のパ・リーグとイメージする人もいるかもしれませんが、水島マンガはもっと広くて深いものなんですね。オグマさんは水島マンガをコンプリートしているんですか?

オグマ だいたいそろってます。ただ、やはり初期の作品では欠けている巻もあります。また、コミックス未収録の短編などは把握し切れていないものも。「水島新司全集」は、いつかぜひ刊行してもらいたいですね。

──水島作品を網羅的に読んでいる人って、すごく少ないでしょうね。

オグマ 一般の方に知られていない作品もたくさんあると思います。『ドカベン』、『あぶさん』で止まっている人に、「こういう作品もあるんだよ」と伝えたいんです。そのためには、読みたいときに読めるような環境が整っていないといけませんよね。

オグマナオト
オグマ「『水島新司全集』は、いつかぜひ刊行してもらいたいですね」

大人になってからは『あぶさん』

──では、オグマさんは水島マンガのどんなところに惹かれて読んでいましたか? 

オグマ 子供のころは、やっぱり野球の描写の緻密さですね。僕も野球をやっていたんですが、『球道くん』を読んで速いストレートを投げようとしたし、『ドカベン』を読んで「こんな熱い試合をやってみたい」と思いました。

大人になってからは『あぶさん』を読んで人情ものの世界に惹かれました。南海ホークス時代の話がやっぱりいいんですよね。読めば読むほど味わいがあります。そういう意味では、とても幅が広くて、奥行きのある作家なんですよね。

──『ドカベン』を読むとディレードスチールとか守備のシフトとか、今、野球を見ていると出てくる作戦面の知識が全部描いてあるんですよね。

オグマ 打球に対してグローブを投げちゃダメ(打球にグローブが当たったら安全進塁権3つが与えられる)というのは『一球さん』で学びましたし、『ドカベン』でも明訓の山岡がやっていましたよね。絶対なさそうなプレーなんだけど、ルールブックには書いてある。ルールで禁じられているからやらせてみよう、という変態的なところがあります(笑)。

──5連続敬遠についても『ドカベン』に描かれているんですよね。

オグマ 高校野球で5連続敬遠されたのは、山田太郎と松井秀喜だけなのが美しい。松井秀喜が4連続敬遠されたとき、「先生、大変です!」って水島プロが沸いたそうです(笑)。「5連続行け!」って。それを水島先生は松井秀喜本人に伝えてるんですよね。

──プロ野球選手との関わりでいうと、清原和博さんのひと言で『ドカベン プロ野球編』が始まったんですよね。

オグマ 「4番打者のあるべき姿は山田太郎から学びました。だから、プロで一緒にプレーしたい」と言ったことから始まったんですよね。最高です。

『ドカベン プロ野球編』<1巻>秋田書店(オグマナオト私物)
『ドカベン プロ野球編』<1巻>秋田書店(オグマナオト私物)

水島新司の「弱者の目線」

──野球といえば巨人という時代に、まったく巨人の人気に頼らなかったのもユニークでした。

オグマ もともとは阪神ファンで、『あぶさん』を始めるにあたって南海ファンになったんです。それからパ・リーグを熱烈応援し始めました。『野球狂の詩』はセ・リーグが舞台ですが、弱小球団の東京メッツがいかに阪神や巨人を倒すかが描かれています。つまり、水島先生は「弱者の目線」を持った方なんですね。巨人のような王道じゃなくても野球は描けるんだぞ、という自負があったんだと思います。

あと、貧乏の描写がとても多かった。『ドカベン』にも『球道くん』にも初期の『あぶさん』にも、バラック小屋がしょっちゅう出てきます。ご本人の幼少期の経験も反映されているんでしょうね。

『野球狂の詩』<1巻>講談社(オグマナオト私物)
『野球狂の詩』<1巻>講談社(オグマナオト私物)

──弱者の目線で南海ホークスを追いかけていったら、ソフトバンクになって球界の盟主になったということもありました。

オグマ こんな展開、マンガで描こうと思っても描けないと思います。だけど、ホークス球団を何十年と追っていたからこそ描くことができた。これは作者冥利に尽きることだったんじゃないでしょうか。

パ・リーグの恩人

──オグマさんが考える水島マンガの魅力はなんでしょう?

オグマ 水島先生はアイデアマンなんです。『大甲子園』では自分のキャラクターを集結させて対決させていますが、要は『アベンジャーズ』じゃないですか。それを今から40年近く前の80年代にやっているわけです。それぞれの登場人物の高校3年を描かなかった用意周到ぶりもすごいですし、出版社の垣根を越えて実現させている行動力もすごいですよね。

『野球狂の詩VS.ドカベン』という2005年の作品は、『週刊モーニング』と『週刊少年チャンピオン』という同じ木曜日発売の異なる出版社の雑誌に、それぞれのチームから見た同じ試合を描くということをやっているんです(『チャンピオン』では『ドカベンVS.野球狂の詩』)。このとき、水島先生は66歳。アイデア、行動力、体力がすごいですよね。

『野球狂の詩VS.ドカベン』講談社(オグマナオト私物)
『野球狂の詩VS.ドカベン』講談社(オグマナオト私物)

行動力といえば、パ・リーグが不人気だったころは、「パ・リーグの広報部長」と呼ばれるほど率先して盛り上げようとしていました。マンガ家としての活動だけでなく、テレビや映画、雑誌などにも出ていました。今のパ・リーグの大人気ぶりを考えると、こんな恩人はいませんよね。こういう功績を本に残したいと思ったのも、今回の執筆の動機ですね。

『大甲子園』<1巻>秋田書店(オグマナオト私物)
『大甲子園』<1巻>秋田書店(オグマナオト私物)

──マンガの世界だけに留まらず、実際の野球の世界にも影響を及ぼしていましたね。

オグマ 水島先生がプロ野球選手から話を聞いてマンガを描き、水島マンガを読んでいた多くの子供たちがプロ野球選手になりましたからね。水島マンガ以外でこんなことが起こったのは、『キャプテン翼』と『SLAM DUNK』ぐらいでしょう。しかも、この2作品とも水島マンガの影響を強く受けています。だから、極論するとJリーグもBリーグも水島先生が作ったようなものです(笑)。

野球の水島新司、サッカーの高橋陽一、バスケの井上雄彦の3人は、彼らのマンガを読んだ人たちがプロの選手になって、彼らがまた子供たちに影響を与えるという美しいサイクルを形にしたのがすごいですよね。プロの選手になれなかったとしても、新しい文化の担い手になっている可能性もありますからね。

水島マンガの電子化を!

──では、水島マンガをこれから読みたい人におすすめの3作品を教えてください。

オグマ まずは『球道くん』です。野球の描写もおもしろいし、ドラマとしても本当によくできています。主人公が野球をきっかけに北海道、小倉、千葉と日本を縦断するんです。その過程で家族との別れと出会いがあり、仲間ができたりして、甲子園球場で再会する。連続ドラマになる題材ですよね。最終回で、球道の実母と育ての母がセンバツ決勝の応援席で初対面するんですけど、本当に感動的なシーンなんです。先ほど、水島マンガは幅が広くて奥深いと言いましたが、それが一番美しくできているのが『球道くん』だと思います

次はやっぱり『ドカベン』(無印)ですね。作品の密度としては『大甲子園』のほうを推したい気持ちもあって悩ましいのですが……。山田たちが明訓高校に入るころから読んでもいいと思います。『ドカベン』は基本的に野球の試合がずっとつづくのですが、明訓四天王(山田、里中、岩鬼、殿馬)の背景を描いて、これまでの伏線を一気に回収しつつ、甲子園の決勝戦が展開する31巻が名名作といわれているので、ぜひ読んでもらいたいですね。

3つ目は『一球さん』。主人公が忍者の末裔で野球を知らないんです。野球のルールや「なぜこのプレーをしちゃいけないのか」などセオリーの説明がしっかりされているので、野球を詳しく知らない人でも非常に読みやすいと思います。主人公が所属しているのが野球の強豪校なので、野球の描写もしっかりしているのが魅力です。

比較的キャリア後期に描かれた『平成野球草子』のような短編集も非常によいです。野球をきっかけに家族がまとまるようなドラマが描かれることが多いのですが、僕はもっと水島先生の短編が読みたかったですね。

『平成野球草子』<1巻>小学館(オグマナオト私物)
『平成野球草子』<1巻>小学館(オグマナオト私物)

──こうなると今はまだ行われていない水島マンガの電子化が望まれるところですね。

オグマ 本当にそう思います。もっともっと読まれてほしいですからね。水島マンガは、後世のスポーツマンガに与えた影響も大きいんです。たとえば、スポーツマンガ、野球マンガでは、それまでチームプレーがほとんど描かれてきませんでした。『巨人の星』でも『侍ジャイアンツ』でも、基本的には投手と打者の対決です。スポーツマンガにチームプレー、チームワーク、戦術を入れたのは水島新司の功績でしょう。

スポーツマンガのスタンダードを押し上げた存在

──あと、当たり前過ぎることを言って恐縮ですが、水島先生って本当に絵がうまいですよね。投手や打者のフォームや動きがとてもわかりやすく、きれいに描かれています。

オグマ 先ほども言いましたが、思い描くプレーが描けるようになるまで、あえて野球を題材にしなかったほど、野球描写へのこだわりが強かった。だからこそ、のちに野村克也さんから直接、「俺はこういうスイングをしたいんだよ」と言われた水島先生は、「やっと俺の画力はここまで来た」と納得できたそうなんです。プロの選手に「理想的なスイングだ」と言わせたわけですからね。

「このスイング軌道で打てば、こういう打球になる」とわかっていて描いているんですよね。野球の基礎的な部分を描くのが本当にうまいと思います。

スパイクなどのギアを細かく描くのも、今では当たり前ですが、水島マンガ以前はほとんどありませんでした。野球マンガのみならず、スポーツマンガのスタンダードを押し上げたのも水島先生だと思います。そこはもっと知ってほしいですし、評価されてほしい。

ただ、残念ながら今は絶版になっている作品も多く、水島マンガを手に取る機会が限られてしまっています。ぜひとも電子化や全集の刊行をお願いしたいですね。『あぶさん』や『ドカベン』なら、名場面だけ集めた総集編やアンソロジーも作ってほしい。20年前には『ドカベン』『あぶさん』でいくつも出していたわけですから。どんなかたちでもいいので、もっと多くの人に読んでもらいたいですね。水島マンガが読まれないのは野球界、マンガ界の損失だと思います。

オグマナオトと大山くまお
「水島マンガが読まれないのは野球界、マンガ界の損失」と作品入手困難な現状を憂うオグマナオトとインタビュアーの大山くまお(右)

オグマナオトが選ぶ「復刊してほしい水島マンガ」ベストテン

『エースの条件』(69年) 水島新司の本格野球マンガ第1作
『男どアホウ甲子園』(70年) 豪腕サウスポー、藤村甲子園の活躍を描く
『野球狂の詩』(72年) 50歳の投手、女性投手ら、個性的な「野球狂」たち
『一球さん』(75年) 忍者の末裔が高校野球に挑戦
『球道くん』(77年) 生粋の野球人・中西球道の野球人生
『光の小次郎』(81年) 160キロを投げる豪腕・新田小次郎の戦い
『ストッパー』(87年) 水島新司流ダーティ野球の世界観
『がんばれドリンカーズ』(92年) 人情味あふれる草野球マンガ
『平成野球草子』(93年) 野球にまつわる人生模様のオムニバス
『朝子の野球日記』(97年) 女子選手が甲子園を目指す

オグマナオト

オグマナオト プロフィール
1977年生まれ、福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。また、『報道ステーション』スポーツコーナーをはじめ、テレビ・ラジオ・YouTubeのスポーツ番組で構成作家を務める。最近刊は『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)(2022年5月)。

6月29日『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』刊行記念イベント開催!

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