小説版『今、出来る、精一杯。』を出版した劇作家の根本宗子と、フルーツポンチ村上健志との特別対談の最終回(全3回)。エンタテインメントの現場に足を運んでもらう難しさや、村上が又吉直樹から受けた影響を聞いた。
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イオンには来てもルミネにまで来る人は少ない
──ところで、根本さんは今朝(取材日)もまた『ワイドナショー』(フジテレビ)に出演されていました。テレビやラジオなどで露出されて、外の世界から演劇に人を取り込もうとする活動をつづけられていますね。
根本 そういう活動が全部演劇につながったらいいなと思ってやってます。「自分に注目してほしい」じゃなくて「演劇を知ってほしい」が動機で。
上の世代だと、鴻上尚史さんとか三谷幸喜さん、あとは宮藤官九郎さんなんかはメディアにも露出されているけど、今自分たちの世代にはそういう存在がいないから、それならやってみてもいいかもって。
その動きが演劇界にとって正しいのかどうかもわからないし、「ベラベラしゃべりやがって」って思われてる節もあるけど、良くも悪くもいろんな意見が出ること自体大事なので。

村上 僕、その思いをまったく否定しないんですけど、でもやっぱり演劇でもお笑いでも、現場に足を運んでもらうことはむちゃくちゃハードル高いと思うんですよ。近所のイオンに芸人が営業で来てたら冷やかしに行くかもしれないけど、たとえばルミネtheよしもとでさえ、テレビでお笑い観る人のうちどのくらいが来てるかっていうと意外と少ないと思って。
根本さんの思いを揶揄するつもりはないけど、演劇も観に行くハードルは高いし、好みもありますよね。だから全部の演劇をひとりで背負うのは大変だよな、とも思う。
根本 まずは劇作家という仕事を知ってもらうだけでもいいかな、とは思ってます。おっしゃるとおりテレビに出たからといって、演劇を観る人が急に増えることはないと思うけど、それでも何がどう変わるんだろうなって興味はあって。実感として何かを感じるまではやってみようと、性格的にそういう気持ちがあるのかもしれないです。
村上 確かに選択肢として演劇が少しでも浮かぶようになるといいですよね。
根本 現状は観劇の文化がないですからね。コロナ前は長めのお休みがあると芝居を観るためにイギリスに行ってたんですけど、観劇習慣が根づいているのを感じますよね。休みの日に家族で劇場に行く文化が普通にある。子供が観ておもしろいかなって思うような演目でも、アイス食べながら観てる子供が当たり前の存在としてそこにいる、みたいな。
だから演劇に限らなくても、生身の人が目の前でパフォーマンスするのを観る体験ですよね。それを子供時代にしておけば、大人になってからも選択肢として劇場が入ってくるんじゃないかって思って。それで子供へのアプローチを近年ずっと考えてるんですよ。5月にサンリオピューロランドで演劇をやるのもその一環です。(※取材日は4月)
村上 へー!
根本 でも、そういうときに話を子供向けにわかりやすくしようとは思わなくて。
村上 未就学児だったら難しいかもしれないけど、小学生くらいになるとある程度のお話は理解できますしね。
根本 それに、もし理解できなくても自分で考える過程が大事かもしれないし。だから、子供だましみたいなことはしたくない。つまらなかったら正直に言うだろうから、感想を聞くのも楽しみで(笑)。
“出会う”ためには「誰かといることを諦めない」
村上 子供ももちろんそうですし、人ってほんと環境や経験次第で変わりますよね。僕の場合も、演劇を観るようになったのは仲のいい芸人さん、特に又吉さんのおかげだし。もともとは演劇に壁を感じてたし、舞台俳優さんって存在をちょっと小馬鹿にしてた部分もあるというか……(笑)。
でも、自分がそれまでには受け入れてこなかった表現方法とか、表現に対する見方が、又吉さんやまわりの芸人さんたちの影響で徐々に変わってきたんですよね。小説でも、答えが出ないまま終わっていくものって好きじゃなかったけど、急にそういうのも全部受け入れられるようになって。

根本 一緒にいる人の影響は大きいですね。
村上 そうなんですよ。最初「僕はこう思います!」って言ったのに対して、又吉さんが「いや、こういう見方もできるよ」って違う角度からのものの見方を繰り返し言いつづけてくれた。何度もずっと言ってくれたことで、ちょっとずつ変わっていけたんですよね。お互いに理解を諦めなかったというか。
また『今、出来る、精一杯。』の話に戻っちゃうけど、この物語に出てくる人たちもみんな理解されたがってますよね。「黙ってれば、自分の意見を持たなければ、嫌な思いもしませんから」ってセリフが出てくるけど、感情を押し殺して集団に属すだけだと結局はつらいじゃないですか。だから自分の思いを伝えようとがんばって、誰かといることを諦めない人たちの姿がいいんですよね。
根本 誰かといるのを諦めない気持ちは今もあるけど、自分が大切にできる人たちって実は多くないんですよね。ある意味でキャパが見えてきちゃったな、っていうか、良くも悪くも交友関係を広げなくなってきた。
村上 それも無茶苦茶わかります。前は芸人以外の関係者とも仲よくなったほうがいいと思ってたんで、いろんなところに顔出してたんですけど、今はもう仲よくできる人たちだけでいいなって。
──何かきっかけはあったんですか?
村上 作家の平野啓一郎さんが書いた『私とは何か』って本がきっかけのひとつですね。その中に「分人」って考え方が書かれてるんですよ。それは「本当の自分」ってものは存在しなくて、誰もがそれぞれ異なる関係性の人に異なる顔を見せるものだと。それが分人で、「分人の集合体」こそが自分である、みたいな話で。

村上 恋人に見せる顔、先輩芸人に見せる顔、後輩と飲んでるときの顔って、確かに全部違う。それまでは、たとえばいくら楽屋で楽しくしゃべってても、飲みに行ってなかったら本当の仲よしじゃない、って思ってたけど、今は変わりましたね。それぞれの場面で、居心地のいい距離感でいられればそれでいいんだと思って。
根本 そういうことで言えば、昔はいつも舞台に出てくれる俳優たちとプライベートでもずっと一緒にいて、その人に起きた個人的な出来事も役に反映させてました。でも今は、そういう書き方はしなくなって。だけど、村上さんおっしゃるように、いろんな場面で自分にとって心地よくいられる人はもうそろってる、みたいな感覚はありがたいことにもうあるので、今はけっこう楽しい状態なんですよ。
それでもやっぱりどこか足りない面はあって、「自分のこの面を見せられる相手がいたらいいのにな」って思ったときに浮かんだ人がいたとして、その人にとっても自分がそういう相手だとしたらすごくいいなって。
村上 それって奇跡に近いけど、もしあったらめちゃくちゃうれしいですよね。僕の場合「話が通じた!」と思っても、「いや、向こうが僕に合わせてくれただけかも」ってあとで冷静になることもあるし。
根本 優しくするのが趣味な人かも、って思うことありますよね(笑)。
村上 あります。いますよね、そういう人。また話が戻るけど、そういう相手に出会うためには、やっぱり小説の中の人たちのように諦めないことなのかなって思いますね。
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月刊「根本宗子」新しい試み「Progress 1」
作・演出:根本宗子
出演:安川まり
絵:harune
劇場:KAAT神奈川芸術劇場 小スタジオ
公演期間:2022年6月24日(金)〜6月26日(日)全6回公演関連リンク
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