小栗了「弟の代役で、何もできなかった」後悔を糧に。ブレない意志と新しい挑戦の日々

2022.2.18

文=木俣 冬 撮影=吉場正和 編集=田島太陽


コロナ禍でプロデュースしていた劇場のオープン企画が延期という不運に見舞われながら、場所を変えて公演『群盗』(小出恵介主演/2月18日〜27日※)を実現させようと奮闘している小栗了。俳優・小栗旬の兄あるいは、オペラの舞台監督・小栗哲家の長男という前置きがつきがちな彼だが、劇場をプロデュースするというチャレンジャーな上、コロナ禍、劇場が完成しなくても公演を諦めない不屈の精神もなかなかなものだ。

映画監督を目指してアメリカに渡り、帰国後、俳優活動やオペラなどの舞台監督やイベントの演出などを行い、シルク・ドゥ・ソレイユの日本における劇場の責任者も務めた小栗。英語が話せることが強みであるし、考え方もフラット。突出した才能はなくてもできることがあると語る。世の中はそういう人のほうが大多数であり、彼の言動には共感できることは少なくない。

人にはそれぞれ正義があることを認めながら、ブレないものを守りつづける。そんな小栗了の考えはどうやって育まれたのか──。

小栗 了(おぐり・りょう)
1976年9月5日、東京都生まれ。演出家。舞台監督。アメリカで映画の勉強をして帰国後、俳優活動を始め、蜷川幸雄演出舞台『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』『間違いの喜劇』に出演する。ムーミンバレーパークのショーの演出や『DINO-A-LIVE PREMIUM TIME DIVER 2021 MESOZOIC ODYSSEY 中生代への旅』の演出などを手がけている。

※舞台『群盗』は2月18日からの公演を予定していましたが、23日(水・祝)まで休止することが決定しました。それ以降の日程などは、公式ホームページ等で発表予定

※2月22日追記:2月24日(木)からは上演されることが正式に決定しました


立場や考え方が違っても、自分なりの正義がある

──『群盗』の稽古場は新しい劇場用に建てたものだそうですね。

小栗 そうなんです。2021年秋にこの稽古場の裏に劇場ができる予定でした。劇場のサイズと同じ稽古場で作ったものをそのまま劇場に持ち込める、理想の作りだったのですが、コロナ禍で劇場建設計画が延期になってしまいまして。でも公演だけはなんとかやりたいと思って、同じ埼玉県のキラリ☆ふじみのご好意でやれることになったんです。

──コロナ禍で大変でしたね。

小栗 コロナ禍をきっかけに演劇やコンサートなどが不要不急ではないかと世間で思われていた時期と重なって、劇場オープンどころではなくなってしまったんですよ。劇場計画に限ったことではなく、この2年間、僕らの業界が壊滅的になりました。

僕はどちらかというと演劇だけでなく、企業のイベントなどもやっていて、イベント業界は演劇業界に輪をかけて壊滅的でした。演劇業界は社会問題としてニュースでピックアップされていますが、イベント業界に関してはニュースには取り上げられることは稀です。でも演劇以上に困っている人たちが存在しています。まだまだ拾ってもらえない声がたくさんあるんですよ。

僕は今回、上演する『群盗』の登場人物たちと、現代の声にならない声とを重ねて見てしまうんですね。登場人物たちはそれぞれ立場や考え方が違いますが、自分なりの正義がある。自分の正義を貫こうとすると他者との軋轢が生まれますが、他者から見たらおかしい正義でも、自分なりに一生懸命、自分の人生を生きているんですよ。

──人それぞれの正義がコロナによってぶつかり合っています。

小栗 『群盗』の演出助手の曽我潤心はニューヨークで演劇の勉強していた人物で、この間、彼と雑談していて、このコロナ禍でアメリカ人たちこそ、コロナについて多様な意見を持ちそうなものなのに、意外にも同じ方向を向いて、違う考えを認めないことが不思議だよねという話題になったんです。

日本人はどちらかというと昔から同じ方向を向きがちだったけれど、アメリカまでことコロナに関してはそうなっている。そんな時代だからこそ、『群盗』登場人物たちのように決して同じ方向を向かず、自分の信じるものに正直に生きることが大事なんじゃないかと思えるんです。

この作品ではたくさんの人が死にますが、その死というか彼らの生き方に観客の皆さんに共感を持ってもらいたい。こんなふうに生きられたら幸せだなと思ってほしいです。

インフルエンザにかかった弟の、代役を務めた日

──小栗さんはこの『群盗』が本格的な演劇としては初演出だそうですが、上演台本も手がけています。

小栗 すでに翻訳されたものを元にいくらか短くして、セリフをやや現代的に柔らかくしています。その作業も曽我に手伝ってもらいました。今回、僕は初めて本格的な演劇を手がけますが、これまでいろんなことしてきて、それが役に立っています。

たとえば、ムーミンバレーパークのショーの上演台本も僕は作っています。それもトーベ・ヤンソンの膨大な原作にある哲学を損なわないように、30分以内に収めないといけないというなかなか大変な作業でした。たかだかキャラクターショーと思われるかもしれないですが、意外と真面目に作っているんですよ。

──なぜ30分間なんですか。

小栗 魂の方たちの体力的問題ですね。

──魂の方たち?

小栗 着ぐるみを着ている人たちを僕がそう呼んでいます。いわゆる“中の人”です。着ぐるみを着てパフォーマンスするのは30分が限界なんです。

──恐竜ショー『DINO-A-LIVE PREMIUM TIME DIVER 2021 MESOZOIC ODYSSEY 中生代への旅』もドラマティックでした。ああいうショーの演出ではどういうことをやっているのでしょうか。

小栗 恐竜ショーの第一人者であるON-ARTさんと組んだ仕事で、最初に恐竜のスーツでどれくらいのことができるか聞いた上で、できるだけ細かい演技をしてもらうことにしました。恐竜の親子愛に情緒を持たせるために、たとえば、親恐竜が死ぬ瞬間、子恐竜はよそ見をしていて、振り返ったら死んでいて、そこにちょっと間を持たせるとか、そういう細かいことを徹底してやりました。

俳優だって段取りで芝居するとつまらないものになりますが、着ぐるみだとさらに段取りが目立ってしまうんですよ。ムーミンですらそうなので、ましてや巨大な恐竜を段取りでやったら目が当てられないものになりますから。むしろ、俳優以上に大変な作業なんですよ。野生の恐竜は常に危険にさらされているから、周囲に気を配っているであろうとか、実際の恐竜を見たことがないけれど想像をふくらませて作っていきました。

──それだけ演技についてよくわかっている小栗さんがなぜ俳優を辞めてしまったのでしょうか。

小栗 ハハハ(笑)。僕が俳優をやっていたのは今から15年くらい前で、そのときはそういうディテールに思いをいたす余裕がなかったんですね。蜷川幸雄さんの舞台のそうそうたる出演者の中で萎縮していましたし。

最初に出演した『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』(05年)では端役だからよけいなことをしないようにしていました。下手に何かして稽古を止めたらいけないと思っていたんです。その後の『間違いの喜劇』(06年)では弟・旬が主演でしたが、稽古中にインフルエンザにかかったため、稽古で僕が代役をやることになったのですが、まったく何もできなくて。セリフは覚えていないし、代役とはいえ主人公なのにセンターに行かずに隅っこに立ったりして(笑)。


俳優としても、演出家としても、突出した才能はないという自覚

──了さんがよくインタビューで話しているこの出来事を、私は実際、稽古場で見ていましたが、毎日、稽古を見ていてもいざやると難しいものだなと思いました。すぐにできる人はすごいです。

小栗 みんなに「せっかくのチャンスにもったいない」と言われました。稽古場にいる俳優は、いつでも代役ができるようにセリフを覚えておくことが当たり前で、でも僕にはそういう積極性が1ミリもなかったんです。弟が主役ですから、あわよくば弟の役を僕が……なんてことを思いもしませんでした。

僕は弟に嫉妬を感じたことがないんですよ。今も昔もほんとになくて。当時からあいつすごいなって思っていたので、そのときもただただ場に飲まれていました(笑)。でも、代役になったとき何もできなかった、その後悔が今の僕を作っています。逆に言えば、あのときうまくやれていたら、今こうしていないかもしれません。

僕は、若い俳優のためのワークショップもやっていますが、まず自分の失敗経験を話しています。僕が若いときワークショップに参加すると、現場をやっていないような先生で、なんでこんな先生に教えてもらわないといけないのだろうかと生意気に反発していたもので(笑)、僕はそれを自覚した上で先生をやっています。

僕は、俳優としても、演出家としても突出した才能があるわけではないという自覚があります。蜷川さんやシルク・ドゥ・ソレイユやオペラなど優れた演出家を目の当たりにしているので、そういう人たちこそが演出家だと思っていますから。ただ、そんな僕でも、関わった人たちが全員、キャリアに関係なく意見を出し合える場を作ることはできると思うんです。

──そんな気配りの人・小栗さんですが、『群盗』の台本に少し脚色していますよね。あれはどういう意図があるのでしょうか。

小栗 そもそも、僕がシラーの『群盗』をやろうと思ったわけは、父が舞台監督を務めている『1万人の第九』がきっかけです。僕も手伝っていたし、旬も朗読で参加したことがあるイベントです。1万人ほどの参加者が第九を合唱するのですが、全員が立って歌う瞬間の感動は唯一無二で、魂が洗われるようです。一度は体感してほしいと知り合った人たちには必ずおすすめしています(笑)。

その『第九』はベートーヴェンがシラーの詩『歓喜に寄せて』を第四楽章に引用しています。僕はイベントでその歌詞が朗読されるのを聞いて、シラーの作家性を再認識しました。それで劇場のこけら落としに上演する作品を決めるとき、シラーをやろうと思ったんです。最初、古典ものをやりたいと思って、シェイクスピアは彩の国さいたま芸術劇場でやっているから、じゃあドイツものを、シラーをやったらどうかと思って調べて出会ったのが『群盗』でした。

シラーのデビュー作というのもこけら落としにふさわしく、若々しさや瑞々しさがあって、上から目線でいえば、稚拙な部分や粗もありますが勢いを感じたので、劇場の立ち上がりとしては最適なんじゃないかと思いました。ちょうど上演予定だった2021年がベートーヴェンの生誕250周年だったこともあって、ベートヴェンとシラー、ドイツが生んだ2大偉人を絡められないかと考えました。要するに僕がこれまでやってきたことを『群盗』に生かそうとしたわけです。

名前や実績が取り払われて、パワーアップした小出恵介


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木俣 冬

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木俣 冬

(きまた・ふゆ)フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。著書に『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち・トップアクターズルポルタージュ』、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。

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