気持ちのいい場を作るためにはケンカしてもいい──ある喫茶店のシスターフッド。僕のマリ インタビュー
「わたしが働いている喫茶店では『お客さんと喧嘩してもいい』というルールがある」。
とある喫茶店で起こった出来事とそれを取り巻くさまざまな感情がまっすぐな言葉で綴られた『常識のない喫茶店』が文筆家・僕のマリによって上梓された。一見風変わりにも見えるそのルールの描写の裏には、その店が大切にしていることへの洞察がある。そんな「常識のない」職場での日々と自身に起こった変化について著者へインタビューを行った。
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お客さんとケンカしてもいいし、出禁にしてもいい
──舞台の喫茶店に勤めて、どれくらいになりますか。
僕マリ もう5年目になりますね。同人誌やWEBでエッセイを書くようになったのも、この店の先輩で編集者もしている人から勧められたのが、きっかけのひとつでした。
──僕のマリさん初連載をまとめた本書は、笑いと怒りに満ちた「お客様への『逆クレーム本』」という面があります。素敵な人もいるけど理不尽な言動の客も多いようですね。
僕マリ 基本的にはいいお客さんが多いぶん、マナーの悪い人は目立ちますね。以前、会社に勤めていたころは、理不尽なクレームに落ち込んでいたんです。けど、この喫茶店で5年目を迎えた今は、「え、何言ってんの?」みたいな(笑)。前は自分がたわんでしまっていたのが、パーンと弾き返せるようになりました。
──心を病んでしまった会社員時代を経てこの喫茶店で働くようになり、僕マリさんがどんどん変わっていったのが、文章から伝わります。
僕マリ 変わりましたね。あまり物事に動じなくなったし、どんどん明るくなっていきました。嫌なことは嫌だと言っていい。お店が堂々としていないとなめられてしまって、ほかのいいお客さんたちが気持ちよく過ごす場を守れなくなってしまうんではないか、と感じてきました。
──マスターが店と客は対等という信念を持っていて、「お客さんとケンカしてもいい」というルールもあるそうで。
僕マリ ケンカしてもいいし、出禁にしてもいいんですよ。むしろ、それをできるほうが評価されます。勇気があるということで。
──まさに「常識のない喫茶店」。でも対等じゃないのが「常識」なのも実は変です。
僕マリ お金を払っているから何をしてもいいと思っている人が多過ぎるんです。そこを是正しないといけない。この店だからこそ、「今までの私は悔しかったんだ。言い返したかったんだ」と気づけたんです。今の店でも、スタッフは若い女性が多いので、どうしてもなめられてしまいがちなんですけど。
──じろじろ見てくる男性客に対して、それだけで「消耗」すると非難しています。
僕マリ うちの喫茶店の空気感は特殊なんですけど、視線はすごく感じますね。ガールズバーみたいな感じで通う人も多いんですよ。お気に入りの子が入っている時間をチェックして、話したいからカウンター席に座って……。
──しかも退勤後のデートに誘う人もいる。
僕マリ 飲みに行こうよって。お年を召した70代の人でも普通に誘ってくる。キビしい世界なんですよ(笑)。しかも上から目線で「連れてってあげる」って言ってきます。ひどいです。
──新人店員に「ちったぁ慣れたか?」と聞く失礼な男性のエピソードも、思わず笑っちゃいますが、実は笑えないキツさですよね。
僕マリ なめてるからそんなこと言えるんですよね。私も普通に「新聞!」って言われますからね、持ってこいって。それを跳ね返して、「なめんじゃねえ!」っていう態度になれたのが、この喫茶店なんです。屈強な男性に言えないことはわたしたちにも言わないでほしいですね。
──「強さはやさしさを裏打ちするものでなければならない」という、本書の核をなすフレーズがありますね。
僕マリ 働いていて、よく思います。同僚もお客さんも、優しい人はみんな強い人です。そして、ひどいお客さんのことを実際に書くにあたっても、ただの悪口に終わらない倫理観がだんだん身についていきました(笑)。嫌だなと思うことに対してはなぜ嫌なのか、ちゃんと説明できなきゃって。
──読み進むうち、だんだん店の連帯感が見えてきますね。マスターも含めた“シスターフッド”というか。
僕マリ 確かにシスターフッドですね! それが書きたかったのかもしれないです。
やっと店を辞める決意ができた
──悪態をつく半グレの客を、外まで追いかけて文句を言った同僚の話は痛快ですね。
僕マリ 私も一番好きなエピソードです。最高ですよね。店員に追いかけられて怖かっただろうなあって(笑)。嫌なことは同僚みんな嫌ですから、全員で跳ねのけるんです。書いていくうちにわかったのは、自分の想像以上に、私は同僚のことが好きなんだな、ということなんですよ。暑苦しくて、ちょっとキモいくらいに(笑)。同僚が嫌な思いをしていたら腹が立ちます。
──WEB連載時、読者の反応はどうでしたか。
僕マリ もっといろんな方面から怒られると思ってました。炎上したりするのかなあ、と不安に思ったり。でも、サービス業の経験のある方が「よく言ってくれた!」みたいに肩を持ってくれることが多かったですね。たとえば「出禁です」という章のWEB連載がアップされたとき、「この店みたいになりたい」という声があったのはうれしかったですね。
──「常識のない喫茶店」みたいになりたい、と。
僕マリ 本当にありがたいですね。でも心のどこかで思ってもいました。「この環境、うらやましいでしょう」って。
──ご自身にとっては初の単著となりましたが、今後はどうなりたいですか。
僕マリ この一冊を書いてやっと、店を辞める決意ができたんです。
──え、そうなんですか⁉
僕マリ まだ何も具体的ではないんですけど。いつでも辞めていいと思っています。こうして本になるまで働いて、いろんな経験をできたのだったら、もうどこに出ていっても大丈夫だ、って。今までは“閉じている”人生だったんですけど、今はどんどん、いろんなことに挑戦してみたくなったんですよ。前向きな気持ちになりました。この店にいたからこそ、“外に出ていく”自信ができたんだと思います。本当に感謝しています。
僕のマリ
1992年生まれ、福岡県出身。文筆家。柏書房のwebマガジン『かしわもち』での連載をまとめた初の単行本『常識のない喫茶店』が9月15日より発売中。
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