なぜ24歳の新鋭監督は煙草を執拗に撮ったのか? 「忘れられていく怖さを描きたい」須藤蓮が渡辺あやと作り上げた『逆光』

2021.7.19

さまざまな悔しさをバネにして

須藤 京大吉田寮の寮生の方々には『ワンダーウォール』の役作りなどで協力してもらったのですが、NHKが公共放送であるため実名が出せなかったんです。それが残念で、映画になったとき彼らに公開イベントに出てもらおうと企画していたら緊急事態宣言でイベントが中止になってしまいました。

なんとかして僕の映画に「吉田寮」という名前を入れたくて、今回は「吉田寮生有志」と入れることができました。というのは半分冗談で、本音は彼らには70年代の雰囲気があるから、単純に『逆光』に必要だったんです。議論するシーンに出てもらったら一気に「ホンモノ来た!」みたいな感じになって、俳優としては肩身が狭いくらいでした(笑)。

前述したが、映画やドラマを地方で撮ってその瞬間、盛り上がっても、その後、疎遠になっていく。互いの住む地域でのそれぞれの生活があるから仕方ない。でも須藤は、終わったことにしたくないと言う。なぜそんなにこだわるのだろうか。

須藤 『ワンダーウォール』の上映がコロナで飛んで、このまま過去になっていくんだなと思って気落ちしました。あんなに盛り上がっていたのに、火が消えてしまうのかって。でも、僕の中では、このまま、なんかそういうことがあったよねと過去の記憶になることがすごくいやだったんです。

須藤は取材中、何度か「悔しい」という言葉を口にした。なんだってなかなか思いどおりにはできないもので、何かをやろうとすると壁が立ち塞がり、そのたび、乗り越えてきた。

須藤 「脚本はよかったね」というのが渡辺あやさん作品“あるある”なので、それは絶対やだって思って。渡辺あやさんの脚本であることを一瞬でも忘れる瞬間を作りたいと思ってやりました。渡辺あやさんを超えようと僕が必死でひねり出したのが、水中に飛び込むシーンと塀から飛び降りるシーンです。

なぜ執拗に煙草を吸うシーンを撮ったのか

『逆光』のカメラマンは須藤が5、6年前にツイッターで見て、写真を撮ってほしいと頼んだ人物で、それをきっかけに付き合いがつづき、今回、一緒にやることになった。映画監督志望のカメラマン須藤しぐまは『花様年華』や『青いパパイヤの香り』といったアジア映画のような湿度のあるムードのある画を撮っている。衣装スタッフも、須藤が服屋でバイトしていたときに知り合った人物で、今回のスタッフの座組は須藤が声をかけた人たちばかりで構成されている。

五感を刺激する美しい詩のような映画を作りたいと思ったというだけに光と影が美しい映画だが、気になったのは喫煙シーンがとても多かったことだ。

須藤 今は映画やドラマで煙草を吸うシーンが少なくなりましたけど、あの時代は吸っている人が多かったから入れない選択はなかったです。むしろ積極的に入れました。台本にも書いてあったけれど、僕が台本以上に喫煙シーンを増やした気がします(笑)。絵になりますしね。

昔の映画って煙草を吸っている俳優がかっこいいじゃないですか。芝居をする上でも煙草があると間が持つんですよね。今はそれに頼ることもできなくなったから俳優は苦労しているんじゃないかな(笑)。

「僕は普段から煙草を吸っているので、煙草を吸う仕草を練習する必要はありませんでした」と言う須藤はインタビューのあともカメラマンと外に出て煙草を吸っていた。この時代、煙草が吸える場所も限られて喫煙者は肩身が狭いだろう。須藤も禁煙が頭をよぎることもあるらしいが、こんな世の中であえて煙草を吸い、映画の中でも煙草の記憶を刻もうとする不思議なガッツを見せる。ただそれも吉田寮の寮生を起用したときの、単なる意地だけでなく、必然性を作り上げる知性的な振る舞いをするところが須藤らしさである。

『逆光』でふたりの男が煙草を吸っている画は色香があった。煙草の煙は光と影を際立たせ、見えない空気を可視化する。『逆光』でふんだんに使用された喫煙シーンを観て、紫煙がもたらす効果を改めて感じ、喫煙シーンまで忖度する風潮はもったいないと筆者は感じた。

取材前、おいしそうにお弁当を食べる須藤蓮

須藤 『逆光』のテーマ曲は森田童子さんの「みんな夢でありました」です。「あの時代はなんだったんですか?」と問いかけた歌です。映画の中でふいに戦争の話が出てきます。70年代だから、まだ戦争の記憶も人々の中に根強く残っているというリアリティを感じさせたかったので渡辺さんに頼んで書いてもらいました。

僕自身にとって戦争はリアルではなく、直接触れることのできない歴史です。そして、映画の舞台である70年代も僕には触れることのできない歴史になりかけている過去です。そんなふうにあったことが徐々に忘れられていく怖さのようなものを描きたいという気持ちがありました。

この須藤の発言は映画の中の戦争に関する描写から出た話である。戦争も、社会運動も、街のあり方も、人の生き方も、煙草の是非も、さまざまな価値観が何もかも時の流れの中で移り変わっていく。『逆光』はまるで、でもかつてそれが確かにあったのだと刻み込むように、今はもう消えかかっているあのころが、ゆらゆらと形を変えていき煙が作り出す陰影の中に生きて蠢いて見える映画だった。

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  • 『逆光』

    『逆光』

    企画:渡辺あや、須藤蓮
    脚本:渡辺あや
    監督:須藤蓮
    音楽:大友良英
    出演:須藤蓮、中崎敏、富山えり子、木越明、SO-RI、三村和敬、衣緒菜、河本清順、松寺千恵美、吉田寮有志

    2021年7月17日(土)よりシネマ尾道、7月22日(木)から横川シネマにて公開。以後、順次公開予定。

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  • 須藤蓮

    須藤 蓮(すどう・れん)

    1996年生まれ、東京都出身。ドラマ版『ワンダーウォール』のあと、大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』、連続テレビ小説『なつぞら』などにも出演。

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