酒井若菜×こだま<書いて伝える大切さ>を語る「大丈夫って言われるよりも救われる言葉」

2020.11.3
酒井若菜×こだま<書いて伝える大切さ>を語る

文・編集=続木順平 写真=岩澤高雄


こだまの新刊『いまだ、おしまいの地』で、帯のコメントを書いた酒井若菜。普段は無口で、言いたいことは書くというふたりが、地方に住むこだまの1泊弾丸上京により初会合を果たした。

「こだまさん、思っていたとおりの方ですね。目がすっごいきれい」「え、ウソ。今日猫アレルギーで、目がすっごい真っ赤なんですよ」「黒目の話です(笑)」。会えた喜びを噛みしめつつ、ふたりは堰を切ったように「書くこと」について話し出した。

酒井若菜
(さかい・わかな)1980年生まれ。女優、作家。10月11日にWEBマガジン『&Q』を創刊、毎週日曜の夜に配信中。

こだま
主婦。『夫のちんぽが入らない』(2017年/扶桑社)でデビューした覆面作家。現在は『クイック・ジャパン』にて「Orphans」を連載中。最新刊は『いまだ、おしまいの地』(太田出版)。

書くことの怖さや不安

酒井 今日東京に来たんですか?

こだま 昼に着きまして、明日お昼に帰ります。なかなか出て来られないですね。

酒井 大変ですね。今日来るときは具合悪くならなかったですか?

こだま もう不安で1週間くらい前から、緊張で口数が普段よりも増えています。もう落ち着かなくなっちゃうんですよね。

酒井 仮面を被るとしゃべれるみたいなことを書かれていましたよね。それってエンターテイナーに共通している気がしていて。芸人さんも俳優さんも、メイクや衣装をつけるとモードが切り替わったりする方が多いから、そういうスイッチを持っておくって、とっても真っ当なことのような気がします。

こだま 仮面で活動するってどうなんだろうって思うときもかなりあって、こんなに人のことをベラベラ書いているくせに自分だけ仮面を被っていると批判されることもあって、そのたびに考え直すんです。

酒井 人のことを書くなら自分も顔を晒してやったほうがいい、ということですか。

こだま はい。覚悟を持ってやってないから卑怯だとよく言われます。

酒井 そうですか。ちょっと謎めいているほうが読者の想像力を掻き立ててくれるし自分を投影させやすくなるから、私はアリな気がしますね。

こだま 勇気づけられます。酒井さんは私から見ると、なんでも書かれてるっていう感じなんですけど、怖さとか不安とか感じないんですか?

酒井 感じます。最初は酒井若菜じゃなくて違う名義で書き物をやろうって思ってたけど、それこそなんか浮ついて見えるんですよね。水道橋博士さんに、女優なんだからこそ、晒していけばいい、そして、どんどん社会に石を投げて、返されてっていうことで鍛えていくほうがいいんじゃない?って言われて、そこから、割り切るようになりました。

でも、(芸能人だから)得してるよねって思われる先入観と、実際のまったく得しない現実とのギャップに悩んだりすることはたくさんありますよ。どんなに書いても認めてもらいにくい職業なので。こだまさんは書籍デビューして作家の肩書をプラスして持つことってどうでしたか?

こだま 周囲に話さずに地元で書いてるので全然自覚がありません。東京に出てきたときだけ、「あ、私本を出してるんだ」って初めて気づくというか。地元では調子が悪くて寝込んでいたり家の中からほとんど出ない生活なので、まるっきり別々のものになっちゃってますね(笑)。

書くことで、客観的にわかるようになる

酒井 ものを書く人って承認欲求が強い人が多い気がするんですけど、直接「読みましたよ」っていう反応が日常の中にないってことですよね?

こだま 一切ないです。

酒井 承認欲求が強くないということですか?

こだま 承認欲求は過剰にあるんですけど、それよりかは身内に知られたくないっていう気持ちのほうが強くて(笑)。結果的に情報をかなりセーブしながらネット上や上京したときだけ浮かれています。

酒井 でも書きたいっていうことは、満たしたい“何か”はあるっていうことですよね。

こだま 普段から人と全然話しませんし親子でも思っていることを口にしません。頭で考えていることを知られたくないというか。人前で話すのは苦手だし、こういう対談もすごく緊張してどうしていいかわからないので、書いているときが一番落ち着くというか、しゃべれないぶん日記帳にはいっぱい書いています。

酒井 わかります。私もプライベートだと自分のことまったく話さないので、そのぶん書くっていうエネルギーに回ってるんですよね。普段から自分のことを話せたら文章なんて書いてないっていうところがあって。

こだま 口を開くとよけいなことを言っちゃうか、逆に何もしゃべれなくなったりします。文章だと何回も消せるしじっくり自分のペースで緊張せずに書けるから好きなんですよね。

酒井 向田邦子さんで言う「言葉の消しゴム」ですね。文章に起こすとそのときはわからなくても、1〜2年後に自分の人格が客観的にわかるようになるというパターンもありますよね。そういう体験も好きで。こだまさんは何かの対談で「原稿を書くとお金が入ってくるのが困る」って言ってましたね。それってすごくおもしろいですよね(笑)。

こだま ありがとうございます。とにかくこっそり書いて読んでもらえたらいいので、そこから何か大きなことになっちゃうと自分じゃないような気がして。戸惑うんですよね。

酒井 じゃあ賞をもらったときとか、すごくびっくりしたんじゃないですか?

こだま そうですね。そもそも表彰式に匿名の人間がどうやって行くんだろうって怖くて怖くて。

酒井 それで、今回のエッセイに書かれているように脱毛に行っちゃう(笑)。

こだま そうです(笑)。

なぜ向田邦子のような文体が生まれたのか?

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