第163回芥川賞全候補作徹底討論&受賞予想。マライ「破局」遠野遥イチ推し、杉江「首里の馬」高山羽根子今度こそ。太宰治孫候補作で激論

2020.7.15
芥川賞対談サムネ

7月15日、第163回芥川賞が発表される。小川洋子・奥泉光・川上弘美・島田雅彦・平野啓一郎・堀江敏幸・松浦寿輝・山田詠美・吉田修一の9名の選考委員による本家選考会(午後2時より)にさきがけ、書評家・杉江松恋と語学番組『テレビでドイツ語』出演などでおなじみ、文学を愛するマライ・メントラインが全候補作を読んで徹底討論、受賞作を予想する。ドイツ人のマライに日本で一番有名な純文学の現在はどう映ったのか。

■第163回芥川賞候補作
石川燃「赤い砂を蹴る」(2020年『文學界』6月号/文藝春秋)初
岡本学「アウア・エイジ」(2020年『群像』2月号/講談社)初
高山羽根子「首里の馬」」(2020年『新潮』3月号/新潮社)3回目
遠野遥「破局」(2020年『文藝夏季号』/河出書房新社)初
三木三奈「アキちゃん」(2020年『文學界』5月号/文藝春秋)初

時代性そのものをテーマに「首里の馬」

杉江松恋(以下、杉江)今回の芥川・直木両賞予想は、初めての試みとしてマライ・メントラインさんと全候補作について語り合っていきたいと思います。ドイツ人であるマライさんが日本を代表する文学賞をどうご覧になったか、伺うのが楽しみです。よろしくお願いします。

マライ・メントライン(以下、マライ)こちらこそ、よろしくお願いします。

杉江 芥川賞ですが、私の個人的なお気に入りは「アキちゃん」、受賞は今度こそ高山羽根子で「首里の馬」ではないかと思っています。マライさんはいかがでしたか。

杉江松恋おすすめ芥川賞候補作
杉江松恋おすすめ芥川賞候補作

マライ 私は「破局」「アキちゃん」が競るけれど、表現性チャレンジのポテンシャルという面から「破局」がベストかと思います。それは私的なお気に入りで、受賞予想は業界的・政治的力学が絡んでくるでしょうから、正直、私には見えづらい(笑)。候補作全般について言うと、「記録や記憶にまつわる使命感やこだわり」に絡む内容の作品が目立つように感じました。電子化・クラウド化による記録の永続性が謳われる一方、ネット化以前の紙媒体時代の記録がネットに吸い上げられずそこに断絶が生じていたりとか、第二次世界大戦の生き証人がいよいよ人生の最末期を迎えつつあり、そこで語られずに失われる証言の量はいかほどか、といった最近のトピックが、文学的テーマを選択するインスピレーションにつながっているかもしれないと思います。そこで生じる潜在的な不安感や喪失感を現代的な生活感覚に結びつけながらいかに生々しく再構築するか、あるいは補完するか、という点が、結果的に各作品ごとの見せ場を形成していたように感じます。

マライ・メントラインおすすめ芥川賞候補作
マライ・メントラインおすすめ芥川賞候補作

杉江 特に記録の改竄(かいざん)についてはここ1年で政治事件でひどい報道が繰り返されたこともあって、社会的に大きな注目が集まっていることは確かですね。その中で正史からは零れ落ちてしまったもの、民間の歴史家がそれを拾い集めるという行為が中心にきている「首里の馬」は、時代性そのものをテーマに据えるという試みの作品だったと思います。

「首里の馬」高山羽根子(掲載誌/2020年『新潮』3月号/新潮社)
「首里の馬」高山羽根子(掲載誌/2020年『新潮』3月号/新潮社)

「首里の馬」あらすじ
「沖縄及島嶼資料館」は民俗学者の順さんの私的施設だ。未名子は十代の中ごろから、もう十数年もそこに通って整理の手伝いをしている。家族が亡くなったためひとりで暮らす未名子は、台風の翌朝、大きな生き物が庭にうずくまっているのを発見する。ネットを介した仕事をしている彼女は、遠く離れた場所にいる通信相手に生き物の扱い方を相談するのだが。

杉江 おもしろいのは集積された沖縄の記録を、ネットを通じて世界中の人々に拡散し、こっそり所持してもらうという手段に語り手が出たところでした。匿名の記録者を増やすというやり方がおもしろく、高山さんらしいなと思いました。

マライ 確かに。ただし小説にした場合、記録・記憶の質というよりも「情」や「思い」が印象に残ってしまう展開になりがちな点は注意が必要かもしれません。というのは、「生きた証を残さねば」的な使命感(自分・他人問わず)を行動の説得力に結びつけようとする印象を受けたからです。それが日本的な「情の文化」なのかな? と思ったりしましたね。

杉江 ばらばらにされた街を再生するときにはその元になるものが必要だから、ということを主人公が言う場面がありましたね。2019年の『如何様』(朝日新聞出版)は芥川賞候補作にならなかったのですが、戦争から復員してきた人物が本物なのか偽物なのかがわからないという宙吊りの状態が出てきます。不確かな人物が不確かな人物として生きていくという半生記なのですが、記憶の検証はその前作からも引き継いでいる気がします。

『如何様』高山羽根子/朝日新聞出版
『如何様』高山羽根子/朝日新聞出版

マライ なるほど、ちょっとそれは米国ドラマ『ホームランド』ぽくもあり興味深い。主観の不確かさというのは観念SF的なテーマでもありますね。

『ホームランド』シーズン1(DVD)/ウォルト・ディズニー・ジャパン
『ホームランド』シーズン1(DVD)/ウォルト・ディズニー・ジャパン

杉江 飢饉で消滅した競技に用いられる品種の馬を語り手は飼い始めます。だから「首里の馬」なんですが、消えてしまうかもしれないものとの共存は高山作品に共通するモチーフだと思います。ただ、表面的には主人公が「共闘」を持ちかける相手が世界の紛争地域にいるらしい相手だったりするので、そうした構造が情緒的な政治観を描いたものとして受け止められる可能性はあるかもしれないですね。

マライ まず、おっしゃることに同感です。あと、過去作からの連続性まで読み込むのは、聞けばその大文脈に「ナルホド!」と思うものの、それはやはり業界コア的な作法であって、一般読者に求めるのは厳しい。そこが悩ましいというのはあります。

杉江 高山作品は曖昧なところ、余白の多さが魅力だとは思うんです。

非常に気持ち悪くて楽しかった「破局」

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杉江松恋

(すぎえ・まつこい)ライター、書評家。『週刊新潮』などのほか、WEB媒体でも書評連載多数。落語・講談・浪曲などの演芸にも強い関心がある。主要な著書に、『読みだしたら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』『路地裏の迷宮踏査』、体験をもとに書いたルポ『ある日うっかりPTA』など。演芸関係では..

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