マームとジプシー『cocoon』を再訪する【第2回】今とは違う世界を思い描くこと

2020.6.1

新しい『cocoon』を描くために

「この中にはきっと、こうやってぼくが話してることに対して、『誰なの?』って思ってる人もいると思うんだけど」。藤田くんがそう切り出すと、藤田くんの話に聞き入っていた皆の表情が少しゆるんだ。この日集まったメンバーの中には、藤田くんの作品をほとんど観たことがなく、『cocoon』に出演したいという思いからオーディションに参加した人もいる。

「今年はすごくいいオーディションができたし、全部のバランスがすごくうまく組めたなと思えたキャスティングだったんですね。延期するにしても、このメンバーで『cocoon』を作っていないのに改めてオーディションをするってことは絶対にしたくないと思ってるから、どうにかこのメンバーと『cocoon』の実現に向けて動いていきたい気持ちがあるんです」

そこまで語ると、藤田くんはペンを手に立ち上がる。ホワイトボードに書き綴られたのは、2013年の『cocoon』の初演以降、藤田くんが発表してきた作品のタイトルだ。

「2013年の『cocoon』の初演と、2015年の『cocoon』再演の間に、『カタチノチガウ』という作品を上演したんですね。この作品の最後には、未来を生きる子供たちに何かを託すようなセリフが出てくるんだけど、それはちょっと祈りに近いようなところがあったんです。『カタチノチガウ』に限らず、その時期のぼくの作品には未来に託すようなイメージがあったんだけど、この5年の間に『未来を誰かに託すって、ものすごく無責任なんじゃないか?』って思うようになったんですね。『未来に託す前に、まずは自分たちでどうにかしないの?』っていう」

藤田くんは繰り返し「記憶」というモチーフを――つまり過去という時間を――描いてきた作家だった。彼の作品に「未来」という言葉が登場するのは、『カタチノチガウ』が初めてだった。

マームとジプシー『カタチノチガウ』 撮影=橋本倫史

この『カタチノチガウ』を経て再演された2015年『cocoon』には、過去・現在・未来という時間軸が強く組み込まれていた。現在は過去から見た未来であり、未来から見た過去である――戦後70年の節目を迎える年に、かつて行われた戦争のことを振り返りながら、未来に向けて何を託すのか。藤田くんは『cocoon』を上演することで、世界が変わることを願っていたのだろう。

こう書けば、「何を夢みたいなことを言っているんだ」と笑う人もいるだろう。でも、演劇作品を上演するまでに膨大な時間を注ぎ、劇場で観客を待つことは、藤田くんにとって「祈り」に近い行為なのだろう。

2015年に『cocoon』を上演してからというもの、藤田くんは時折「世界は何も変わらなかった」と口にした。2017年にインタビューしたときにも、『cocoon』の再演を振り返り、彼はこう語っていた。

藤田 あの劇を観にきてくれるのはよっぽどなことだと思っていたんです。僕は戦争物っていうのが怖かったし、たとえば手塚治虫の漫画を手に取るにしても、『火の鳥』は開くのに体力が要りますよね。それと同じように、『cocoon』という作品を観るためには「マームとジプシーが好きだから」ってだけのモチベーションでは観れない気がしたんです。少なくとも僕の感覚ではそうなんです。わざわざ戦争物を手に取るためには動機が必要で、娯楽というレベルでは観れないと思うんですよね。そうやって観にきてくれたお客さんたちが作品に向けてくれるまなざしを、僕は客席の後ろから観た。そこには泣いている人もいれば怒っている人もいて、何も思っていないような人もいたけど、「この経験をしにきたってことは一生忘れるなよ」と思ったんです。だから今、辛いです。結局のところ何も変わらなかったなと思って、結構辛かったですね。すごくチープな言い方になってしまうけど、あの会場に関しては平和のイメージだったんです。別に平和を謳って公演をやっているつもりはなかったけど、あの作品を観るために劇場に足を運ぶってことは、少なからずそういう意志のある人たちがいたんだと思えたんです。でも、そこから2年経った今、あの公演って何だったんだろうと思わざるを得ないんですよね。その気持ちが『sheep sleep sharp』に繋がっていくんだと思います。

マームとジプシー公式サイト「mum & gypsy 10th Anniversary Tour 藤田貴大 特別ロングインタビューvol.4」

今とは違う世界を思い描くこと


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橋本倫史

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