“今ここの楽しさを最大化するマインド” タイパやコスパが重視される世の中で、「寄り道」のあり方について語り合う【スズキナオ×林雄司】
文=後藤亮平 撮影=須藤未悠 編集=Quick Japan編集部
「新幹線から見えた店に行ってみたい」──そんな日常のちょっとした路線変更は、思わぬ楽しさを導いてくれる。
今年5月、スズキナオの『新幹線から見えたすき家へカレーを食べに行く』と『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと 増補新版』が刊行された。本書には、一見無駄とも思える思いつきを行動に移すことで、豊かな時間を浮かび上がらせるようなエッセイが収められている。
今回、書籍収録のエッセイを掲載していたWEBメディア『デイリーポータルZ』の代表・林雄司とスズキの対談が実現。タイパやコスパが重視される世の中で、「寄り道」のあり方について語り合った。
目的とは違う「よけいな部分」が盛り上がったりする
──対談が始まる直前、スズキさんは「林さんとしゃべるのは緊張します」と言っていましたが、スズキさんにとって林さんはどういう存在なんですか?
スズキ 林さんのことはネットの黎明期から存じ上げていて、自分がライターとして書かせてもらう前から『デイリーポータルZ』の読者だったんです。だから、今でも「憧れの世界の人」みたいな感じなので緊張していますね。それに、自分がおもしろいと思って言ったことが、「おもしろいか、それ?」と思われたらどうしようかなって。そういう緊張もあります。『デイリーポータルZ』で何年も書かせてもらううちに落ち着いてはきましたけど。
林 デイリーって、執筆経験のない人を育てていくことが多いんですけど、ナオさんは最初からでき上がっていたので、「書き慣れている人だとラクだわ」と思ってました。
スズキ でも、おそるおそる書いてましたけどね。自分で1から考えた企画が、ほかの人たちの記事と並ぶんだと思うと、プレッシャーはありました。最初はなんとかおもしろくしようと、ちょっと無理をしてたかもしれないです。

林 明らかに珍しいことをするのが『デイリーポータルZ』の主流のなか、ナオさんの記事はそうではないけどポジションを確立しているなと思ってたんですよ。でも、今回の本を読んだら、新幹線から見えたすき家に行くとか、パチンコ店に併設されている食堂のラーメンを食べるとか、珍しいことをいっぱいしてますよね。なんか勘違いしてたなと思って。日常の些細なことを描くみたいに言われてるけど、意外に企画性もある。
スズキ それはデイリーだからできたというか。奈良の大和上市にある食堂を訪ねたらやってなかったっていう話とかは、本当は書き直さなきゃいけないんですよ。そこに行くための旅だったんで。でも、それも「お店がやってなかった」っていう旅だし、どうにかするしかないと思って書きました。
林 お店に行ったらやってなかったっていう記事は、デイリーにずっとあるんですよ。定休日調べろよっていう。なんで調べないんでしょうね。「もう一回行ったらどうですか?」と思うような記事もあるんですけど、おもしろいものは「まあいいか」ってなるんです。
スズキ 奈良の食堂は、もう一回お店がやってたときのものも書いたんですけど、やってたときのほうが困りましたね。やってないほうが、「じゃあ、どうしたら記事が成り立つのか」ってジタバタするので。
林 書きがいがありますよね。うまくいっちゃうと意外に書くことがない。おもしろいのって、ジタバタしてるところじゃないですか。やっているお店が「いいお店でした」だと、記事としてはお店が主役になっちゃうんですよ。店でも物でも、それが中心になるとおもしろくない。「(この道具は)皮が剥けて便利です」よりも「空いた時間でこんなことができた」とか、「自分がこんなふうに変わった」とかが主題だから、お店がやってるかどうかは大事じゃないのかもしれない。
スズキ それは今回改めて思いましたね。
林 あと、ナオさんの記事は読者のリテラシーがすごく高い気がします。ナオさんの記事って長いじゃないですか。8000字から下手すると1万字弱ある。企画と関係ないガチャガチャの描写とかがいっぱいあって、さすがに読んでいて「これいるのかな?」って思ったりするんだけど。
スズキ でも、自分が散歩したり旅したりするときって、もちろん有名なものを食べようとか、観光スポットに行こうとかっていう気持ちもあるんですけど、そこよりよけいな部分のほうが盛り上がったりするんですよ。
林 そこが受け入れられているんでしょうね。

『デイリーポータルZ』で書けるということが推進力
──目的から離れたところでつい盛り上がってしまうのが、“寄り道”的な感覚なんでしょうね。おふたりはそういった感覚を大事にしつつも、一方で記事を書くという目的があるから寄り道をされている部分もあるかと思います。そのあたりのバランスについてお聞かせください。
スズキ 『新幹線から見えたすき家へカレーを食べに行く』は、その思いつきと、実際に行ってみたことをおもしろがってもらえるかもなと思ってはいました。でも、中身はただすき家に行くだけの散歩なので、「これでいいんだろうか」みたいな気持ちもあって。
林 全然いいと思いますよ。たぶん、「新幹線から見えた店に行ってみたい」って、誰もが身に覚えがあると思うんです。でも、その感情に気づかないというか、なかったことにしてるんじゃないかと。ナオさんは、そういう見なかったことにしている感情を見つけて、言語化するのがうまい。
スズキ でも、月に1回ぐらい書いていると、「もう締め切りまで間に合わないから、なんかしなきゃ」っていうパターンも多いんです。友達を呼んで土手に行ってみてなんとかするみたいな。そっちも苦しいんですけど、楽しいんですよね。
林 それもいいですよね。この前デイリーに載せた「JR大阪駅の改札を出て最速で乾杯できるのは誰か」は、まさにそれでよかったな。なんかほら、本にある「高知の珍しい魚を食べる」とかだと、ナオさんがちゃんとしちゃってる感じがして。「日本の失われつつある景色を描く」みたいな。
スズキ 自分としては、読む価値のあるものを増やしたほうが本を買ってくれる人にとっていいのかなと思うんですけど、本を読み直してみると、『「15年間すき焼きを食べていない」という友人とすき焼きを食べに行く』とかがおもしろいなと感じたりもします。
林 歳を取ると、だんだんちゃんとしたものを書くようになるんですよ。でも、友達とすき焼きを食べるような、身に覚えがある感情を書くのはいいですよね。

──「見なかったことにしている感情を見つける」という言葉が気になったのですが、おふたりは普段からそういうことに意識的だったりするんでしょうか。
スズキ やっぱり『デイリーポータルZ』という特殊な場所に書けるということが推進力になっているので、違う仕事をしていたらやっていたかどうか。デイリーを言い訳にして、いろんなことをやらせてもらっていると思います。
林 そうですよね。『デイリーポータルZ』みたいなことをやっておきながら、記事でもないのに変わったことをしてる人を見ると、「なんでそんなことしてるんですか?」って言いたくなるんですよね。デイリーのライターも、人の試みに対しては「え、それ無駄じゃないですか?」とか平気で言う(笑)。ナオさんも、自分のやっていることは無駄だと思ってなくないですか?
スズキ どうかな。バカバカしいことをして一日が終わったとしても意味がなかったとは思わないのは、僕が酒の世界の住人だからかもしれません。酒なんてまさにそうじゃないですか。今日が楽しく終わっただけでいい、みたいな。そのレベルでいうと、無意味とか無駄とか思わないですね。
林 「無駄」って、生産性とか、遠くにある価値を大事にする考え方がベースにあると思うんです。でも、ナオさんみたいに「今ここの楽しさ」を大事にする考え方だと、無駄っていう発想にはならない。今日が楽しいわけだから。
スズキ いや、ライターでよかったな。それを書いて、誰かに喜ばれたりすることすらあり得るので。
目的に縛られず、自由に路線変更してもいい

──この対談では、寄り道や無駄の価値について伺いたいと思っていましたが、寄り道が目的になると寄り道ではなくなるような気もするんです。「本人は無駄だと思っていないけど、他人から見たら無駄」くらいがちょうどいいのかもしれないですね。
林 そうですね。「新幹線から見えたところに行ってみましょう」って言うと、それはもう生産性的な考え方ですから。なんかね、「デイリーって無駄でいいですよね」と言われると、「はい、そうなんです」って答えるんですけど、ちょっと無礼だなと思うんですよ。無駄だと思ってないし。無駄という言い方そのものに、生産性のあるもののほうが偉いという考えがある。でも、その考え自体が間違っているのではないかという気がするんです。
スズキ 僕も便利だから「無駄」って言っちゃいますけど、本当に思ってたらやってないですよね。
林 新幹線で見たすき家に行くために、しょうがなく働いてるから。主従が逆じゃないかなって。なんか、「行こうと思っていたお店がやってなかった」みたいなことに、無駄とか無意味との向き合い方が隠れている気がします。目的を持たずに生きていれば、失敗も成功もない。
スズキ そうですね。「お店に行く」というのはインスタントな目的で、いつでも変更可能というか。
林 とりあえず目的がないと家から出ないから。
スズキ でも、別に死守すべきものでもないっていう感じで構えられるのがデイリーだなと思うんです。外に出る動機だけ作って、あとは出たとこ勝負。途中で路線変更して全然違うところに着地したっていいっていう。
──日常でも大切かもしれませんね。普通は目的のお店が閉まっていたらテンションが下がりますけど、そこからが勝負だというマインドがあると豊かさにつながる気がします。
林 そこから自由時間が始まるわけですからね。
スズキ そうそう、何にも縛られていない時間と、今来た場所だけがあるみたいな。そこで自由にできたら楽しいですよね。
林 まあ、記事にするっていうアウトプットがあれば、そういう自由時間を書けるぞっていうのがあるんですけど……。
スズキ だから、みんな日記を書いたり、ブログをやったり、ZINEを作ったりするのか。
林 デイリーでライター登録して、「記事を書かないライター」になるのもいいかもしれないですね。でも、いつか企画が記事になるかもしれないっていう。自分の中では「これは記事になるから大丈夫」って思えるじゃないですか。
スズキ 仮ライター制度。めちゃくちゃいいと思います。実際に書く苦労すらない。「心にデイリー」っていうね。
林 そうそう、書くのって大変じゃないですか。めんどくさいから。それ募集してみようかな。記事のタイトルだけもらって、あとは箇条書きとか。それが一番楽しいですよね。


老後のように、“今”を最大限楽しむ
林 ナオさんがどこか行ったときに引っかかるものって、ナオさんにとっては価値のあるものじゃないですか。この前、『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京)を観てたんですけど、郵便局に35年勤めたお母さんが退職金で買った絵を、娘が鑑定に出していて。それっておかしくないですか? お母さんは働いてもらったお金で絵を買って満足してるのに、それをお金の価値に変換しようとするのは、すごくいけないことなんじゃないかなって。
スズキ お店とかもそうですよね。ランキングとか口コミとか関係なくいい店はあって、ランキング的な価値観から脱することができたら、いろんなものがよく見えるのになって思います。わざわざ窮屈にしてますよね。自分の中ではランクづけされたものに対する興味もあるんですけど(笑)、でもちょっと抗いたいというか、その価値観ばかりではない世の中にしたい。
林 だから、おいしいものにだけ価値があるっていうのも、一元的な考え方かもしれない。うちの近所に味のないラーメンを出す店があるんですよ。そこに行くのはお金の無駄かもしれないけど、それを体験してみるほうが豊かな気がします。リアクションが主役になるから、記事としても人を描きやすそうですし。
スズキ 僕とライターのパリッコさんがデイリーに書いた「伝説の天国酒場「たぬきや」跡地で飲む」という記事があって、多摩川沿いにあった酒場の跡地に飲みに行ったんです。何もないただの河原なんで、味すらない。何もないところで飲んでるだけ、みたいな。そんなことすらやってもいいじゃないかと思って。
林 あれもたしかに言われたときは無駄だと思ったんですけど、記事が載ったときは全然そうは思わなかったんですよね。ありだなって。
スズキ 自分で読み返してみても楽しそうだなって思いました。酒の肴は味のあるものじゃなくて概念でもいいみたいな広げ方をしていて、そういうことをふたりでよく楽しんでいましたね。
──そういう楽しみ方のヒントが詰まっているから、『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』の帯には「実用書」という言葉が入っているんでしょうね。
スズキ 『デイリーポータルZ』のマインドっていうのは、絶対に持っておいたほうが得なんですよね。実用的なんですよ、このわけわかんない人生みたいなものを生きていくのに。
林 そうですね。今日の楽しさ、今の楽しさを最大化しようっていうのがデイリーの思想ですから。「老後のために2000万円貯める」みたいな考えとは別の意味で実用書ですよね。
スズキ でも、マインド自体は老後にも活きてきそう。なんか、すでに老後みたいですもんね。
林 そう、老後っぽい。「今日は天気がいいからどっか行こうかな」みたいな、元気なうちから老後を過ごしてる感じ。

スズキナオ
1979年、東京都生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』などを中心に執筆中。近著に『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)『家から5分の旅館に泊まる』(スタンド・ブックス)など。2026年には『新幹線から見えたすき家へカレーを食べに行く』『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと 増補新版』が発売された
林雄司(はやし・ゆうじ)
デイリーポータルZ株式会社代表。2002年に立ち上げたWEBメディア『デイリーポータルZ』をはじめ、『Webやぎの目』、『死ぬかと思った』などのサイトを運営。『世界のエリートは大事にしないが、普通の人にはそこそこ役立つビジネス書』(扶桑社)『ビジネスマン超入門365』など、独自視点のビジネス書なども手がけている


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