北山耕平インタビュー「新しい意識、新しい新聞」(赤田祐一)【第3回】自分たちの新聞を作ろう

2020.5.17

「イメージ・スーパー・マーケット」

――北山さんたちが『写楽』で連載されていた「イメージ・スーパー・マーケット」 *25 という企画ページがありましたね。あれは、日本におけるニュー・ジャーナリズムの最高峰の仕事だと思うのです。そもそもは、新しいタイプの新聞を作ろうという試みで始めたと聞いたのですが。

北山 そうです。新聞作ろう、自分たちの新聞を作ろうと。それは本来、いまだに変わってないし、日刊新聞が作れりゃ最高だな、と思ってるひとりではあるんだけど。

――ずいぶん覚えてる企画がありますね。新宿歌舞伎町で風俗営業法が試行になった日、カメラを屋上から、コマ劇場前の噴水を狙って、俯瞰で“その日”を撮ったレポートとか。

北山 みんな、頑張ってたんだよね、あの頃。

――ああいうのは、北山さんが、すべて指示されるんですか。

北山 違います。あれは6人ぐらいのスタッフがいて、その中に小学館の人間がひとり入ってて、その人が進行をやって、その6人が話し合って、俺とFLYコミュニケーションズ *26 の長野真 *27 さんでセレクションして、これとこれがおもしろそうだからっていうかたちで、最終的にアンカーをやるというかたちをとってたんですよ。

――歌舞伎町の噴水を午前0時に俯瞰で撮るとか、そういう視点は、誰かがディレクションしなくては、出てこないんじゃないでしょうか。

北山 それは、みんなで話をするわけ。毎週会議があって。何かを撮るのと、公開されたメディアの中から選ぶのと、いろいろ方法があったよね。どちらかを選ばなきゃいけないときもあったけど。それをどうするかっていうのは、会議で逐一決めていったの。

――じゃあ、それやってらした頃は、「イメージ・スーパー・マーケット」一本に、かかりきりですか。

北山 そうだよ。週刊誌なんて仕事やっちゃったら、毎週水曜日、夜中から朝まで徹夜とかさ。週一遍それやってグダグダになって、2、3日ボーッとしてて、月曜日になると会議が始まって、火・水ぐらいに取材が終わってきて、水曜日の夜中に原稿書くという、クレイジーな作業だよね。

――ひと晩で書いてたんですか。

北山 ほとんどひと晩ですね、全部。全ページふたりでひと晩で16ページ作るというかたちで。『宝島』にいたときに、自分はペラ(200字詰め原稿用紙)で180枚をひと晩に書いたことがあるわけ。だから、そこまでは書けるっていう自信みたいなものがあって、だいたい「イメージ・スーパー・マーケット」だと、40~50枚くらいで済むから、そうするとだいたいひと晩で書けるんだよね。あんまり考えないほうが、いいもの書けるんですよ。時代と反応するっていう意味では。

――技巧とかレトリックとか……。

北山 あんまり考えないほうがいいわけ。考えると、考えオチでつまんなくなっちゃって、狙ったなって感じでミスすることも多いんですよね。

――「イメージ・スーパー・マーケット」のキャッチ・コピーがよかったですね。

北山 あれは長野さんと俺との共同で。あれだけしか作らなかったこともありますよ。でもあれは、意外と、みんなタイトルがおもしろかったから、もってたみたいなところがあるし。

――ああいうのは大事ですよね。

北山 大事ですよ。“タイトリスト”っていう人がアメリカの雑誌にはちゃんといるし。タイトルだけ専門につけて、おもしろいキャッチ・コピー作っていく人たちだよね。日本だと、広告のコピー・ライターになれば、ものすごいカネ稼げるでしょ。広告じゃない世界のコピー・ライターって、カネ、稼げないんだよね。ただ、そういう人たちのほうが、無意識に与える影響は、でかかったりするわけ。

『Quick Japan』(飛鳥新社)創刊準備号(1993年8月1日発行)。グラフィックス=羽良多平吉

――片岡義男さんも、コピーがうまいですよね。

北山 じょうずだね。

――片岡さんは、頭の中で一回英語で考えて、翻案してるんでしょうか。

北山 そういう場合もあるんじゃない? 俺だって、そういう場合もあるもの。まず英語でできて、じゃあそれをどういう日本語に置きかえるかというのを次に考える場合とか。非常に大きいですよね。そういうかたちで動くときが。

――翻案ということに興味あります?

北山 ありますよ、谷譲次 *28 が好きだったから。今でも好きですよ。谷譲次の文体が俺に与えた影響ってすごく大きいと思う。文体模写をしたのが非常に役に立ったよね。谷譲次も、英語で考えて書いてた人だよ。うまかった。その意味では先駆的な人だよね。で、独特の「声」を持ってたし。

――ああいう人も、日本の“ニュー・ジャーナリスト”って気がしますね。

北山 そうだね。でも谷譲次の場合、ほとんど翻案だよね。

――原案があるんですか。

北山 オリジナルがあって、向こうの三文雑誌みたいなものから記事を選んで、それを小説にしちゃうとかさ。じょうずだよね。すごくそういうのがじょうずな人だったね。だから、谷譲次が牧逸馬(まき・いつま)の名前で『世界怪奇実話』とかいうのを出してたでしょ。あれも、ほとんどそうだよね。かっこいいじゃんって感じで。今の時代に合ってるんじゃないかって気がするぐらいだから。ああいう人がいなくなっちゃったのは、惜しいですよね。実におもしろいけどね。好きだった。

*25 「イメージ・スーパー・マーケット」…1980年に『写楽』の創刊号から始まったオール・カラーの雑誌内新聞。アメリカの全国紙『USAトゥディ』を連想させるつくりは、カラー・テレビの活字版のようであり、新しいタイプのメディアであることを宣言していた。

*26 FLYコミュニケーション…写真やイラストを使ったヴィジュアルな出版物の企画編集を主として行う会社。

*27 長野真…雑誌『アート・ワークス』の編集長でFLYコミュニケーションの代表者。FLYの設立メンバーであり、北山耕平と共に『湘南―最後の夢の土地』(1983年、冬樹社)、『ジョン・レノン家族生活』(1990年、小学館)、『スーパー・スヌーピー・ブック』(1985年、角川書店)、『アメリカの神々 アニー・リーボビッツ写真集 』(1984年、福武書店)などを編集していた。2012年没。

*28 谷譲次…昭和初期の流行作家。谷譲次、林不忘、牧逸馬、と3つのペンネームを使い分けて作品を発表した。本名は長谷川海太郎。中でも、谷譲次名義による「めりけんじゃっぷ」シリーズは、1920年代のアメリカにおける日本人青年の放浪生活を、コスモポリタン的な視点で、ニュー・ジャーナリズム調に報告したもの。

■北山耕平インタビュー「新しい意識、新しい新聞」(赤田祐一)
【第1回】ソフトな奴隷制を打ち破る編集
【第2回】ロック雑誌の中に「声」を探していた
【第4回】自分の頭で考えて、自分の目で見て、自分の手で書く
【第5回】ニュー・ジャーナリズムには人生が凝縮されている


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  • 北山耕平・著『自然のレッスン』

    発行:太田出版 定価:本体1200円+税
    自然に生きることは、どこからでもはじめられる――街から始めるオーガニック・ライフのための、シンプルな技術と魂の処方箋。曽我部恵一さんの愛読書としても知られる1冊。今も新たな読者と静かに出会い続ける続くロングセラー。
    (目次)第一部 こころのレッスン/第二部 からだのレッスン/第三部 食べもののレッスン
    http://www.ohtabooks.com/publish/2001/07/10202302.html

    北山耕平(きたやま・こうへい)
    1949年生まれ。立教大学卒業後、かつて片岡義男氏と遊び友達であったことから宝島社に入社。『宝島』第4代目編集長を経てフリーライター/エディターに。『ポパイ』『ホットドッグ・プレス』『写楽』『BE-PAL』『ART WORKS』『ゴッドマガジン』等の雑誌創刊に立ち会う。ベストセラーになった『日本国憲法』の企画編集に参加した。著書に『抱きしめたい』(1976年、大和書房)、『自然のレッスン』(1986年、角川書店*2001年、新装版、太田出版。2014年、ちくま文庫)、『ネイティブ・マインド』(1988年、地湧社*2013年、サンマーク文庫)、『ニューエイジ「大曼荼羅」』(1990年、徳間書店)、『ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ』(2007年、太田出版)、『雲のごとくリアルに』(2008年、ブルース・インターアクションズ)、『地球のレッスン』(2009年、太田出版*2016年、ちくま文庫)、訳書に『虹の戦士』(1991年、河出書房新社*1999年、改定版、太田出版。2017年、定本・最終決定版、太田出版)、『ローリング・サンダー』(ダグ・ボイド、1991年、平河出版社)、『時の輪』(カルロス・カスタネダ、2002年、太田出版)、『自然の教科書』(スタン・パディラ、2003年、マーブルトロン)、『月に映すあなたの一日』(2011年、マーブルトロン)等がある。

  • 雑誌『スペクテイター』最新号(vol.46)特集「秋山道男 編集の発明家」

    発行:エディトリアル・デパートメント 発売:幻冬舎 定価:本体1000円+税 
    spectatorweb.com

    『クイック・ジャパン』創刊編集長であり、本記事の執筆者である赤田祐一が編集を務める雑誌『スペクテイター』最新号、特集「秋山道男 編集の発明家」発売中。
    「若い時代というのは、自分を圧倒するものが目の前に出現すると、無条件で心酔したり、神格化してしまうようなところがある」
    赤田が、北山耕平と共に心酔した編集者のひとりであるスーパーエディター・秋山道男の総力特集。
    「あらゆるクリエイティブはエディトリアルだもんね」


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