朝9時の有楽町、居酒屋での忘れられない記憶から誕生した『いつものラジオ リスナーに聞いた16の話』

2023.8.19
朝9時の有楽町、居酒屋での忘れられない記憶から誕生した『いつものラジオ リスナーから聞いた16の話』

文=村上謙三久 編集=森田真規


ラジオのパーソナリティやディレクターが記した本が数多く出版されている今、「ラジオを聴くこと」をテーマに、ラジオリスナーへのインタビューを集めた書籍『いつものラジオ リスナーに聞いた16の話』(本の雑誌社)が8月4日に刊行された。

インタビューに登場するのは、一般のラジオリスナーからハガキ職人、構成作家などラジオ番組を支えるスタッフ、ラジオリスナー研究家に大学教授、そして武田砂鉄といった人気パーソナリティ。

企画・執筆・聞き手を担当したのは、『深夜のラジオっ子』(筑摩書房)などこれまでにたくさんのラジオ関連本を手がけてきた村上謙三久。ここでは、村上氏がラジオリスナーにインタビューすることになった経緯を、その代えがたい魅力と共に明かしてもらった。

『星野源のANN』で言語化された一般リスナーインタビューの魅力

原稿を書きながら『星野源のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)を聴いていると、こんな言葉が耳に入ってきた。

「芸能人じゃない人とか、表に出る人じゃない人のオールナイトニッポンをやりたいってずっと言ってたんですよ。絶対おもしろいはずだと。人間っていうのはどんな人でも、自分だけで抱えているものとか、共有してないもの(があって)。共有してないから、それが普通なのか普通じゃないのかって判断できなくて、自分では普通だと思っていることがまわりでは異常だったりするものがあって。どんな人も絶対おもしろいんだっていう思いが僕はあるんですよ」(2023年6月6日放送)

そんな言葉を聴いて、私は思わず「それそれ!」と膝を打った。私が一般リスナーをインタビューするときに感じていた思いを代弁してくれていたのだ。この番組を聴いていると、モヤモヤとした気持ちを言語化してくれる瞬間がよくある。「それこそがラジオの魅力だ!」なんて方向でコラムを書きたくなったが、本題とは違うので、別の機会にしたい。

100人超のリスナーインタビューを経て感じたこと

ラジオ本を製作するのと並行して、100人あまりのリスナーをインタビューしてきた。あくまで趣味の範疇としてつづけてきたが、私の実感としては、パーソナリティ(やラジオスタッフ)と一般リスナーをインタビューすることのおもしろさは変わらない。

読者が多いのは圧倒的にパーソナリティのほうだ。取材する立場としては有名人を前にすると緊張もするし、過去に取材を受けた経験がある場合が多いから、「さらに突っ込んで聞かなければ」というプレッシャーもある。

一方、リスナーに関しては、一般の人たちだからこちらの緊張はほとんどない。他人と共有していない初公開の秘話ばかりで、話し慣れてない人が多いから、掘り下げていく難しさはあるけれど、同時に言いようのない快感がある。

そんな違いはあるけれど、取材する根本的なおもしろさは遜色ない。そのおもしろさが詰まっているのが、今回刊行した『いつものラジオ リスナーに聞いた16の話』である。

『いつものラジオ リスナーから聞いた16の話』村上謙三久/本の雑誌社/2023年8月4日発売
『いつものラジオ リスナーに聞いた16の話』村上謙三久/本の雑誌社/2023年8月4日発売

特別な番組になった『ラブレターズのANN0』

では、どうしてそんなふうに一般リスナーをインタビューするようになったのか。明確なキッカケがある。2015年3月27日の『ラブレターズのオールナイトニッポン0(ZERO)』最終回だ。

不定期ながらもラジオ本を継続的に制作できるようになった当時の私は、学生時代以来、久しぶりに深夜ラジオにドップリとハマり始めていた。そんな2014年春にちょうどスタートしたのが、お笑いコンビ・ラブレターズの『ANN0』だった。

ラジオ好きの溜口佑太朗と塚本直毅が「深夜3時の枠で10年つづける」と高らかに宣言して始まったこの番組は、まだラジオ本を作り出したばかりでフワフワしていた私の心を鷲掴みにした。初回で塚本が意中の相手に電話で生告白。撃沈するどころか、交際がスタートすることになるという多幸感あふれる放送を聴き、即座に「この番組を取材しよう」と決めた。

番組内でオファーしたことを勝手にバラされ、取材後に原稿チェックをお願いすると、放送中に公開で修正指示を受けた。私は自分が運営する『ラジオの時間』編集部のアカウントで、ツイッター(現「X」)での生実況に参加していたが、番組でイジられることも多かった気がする。

取材対象としても、ひとりのリスナーとしても、そんな距離感でのめり込んだ番組は『ラブレターズのANN0』しかない。私にとって特別な番組だった。radikoのサービスは始まっていたとはいえ、タイムフリー機能は実装されておらず、リスナーは生聴取中心で、当時は今よりも“深夜の秘密基地”感が残っていたように思う。気になる方は、ぜひサブスクリプションサービス『オールナイトニッポンJAM』で聴いてみてほしい。

しかし、この番組はたった1年で終了を迎えてしまう。当時の『ANN0』はパーソナリティの入れ替わりが早く、1年で切り替わるのが既定路線。残念ながら「10年つづける」という野望は叶わなかった。

「全部文字にしてかたちに残したい」と思った朝9時半の居酒屋

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村上謙三久

(むらかみ・けんさく)編集者、ライター。1978年生まれ。プロレス、ラジオ関連を中心に活動。『声優ラジオの時間』『お笑いラジオの時間』(綜合図書)の編集長を務め、著書に『深夜のラジオっ子』(筑摩書房)、『声優ラジオ“愛”史 声優とラジオの50年』(辰巳出版)、『いつものラジオ リスナーに聞いた16の..

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