朝9時の有楽町、居酒屋での忘れられない記憶から誕生した『いつものラジオ リスナーに聞いた16の話』

2023.8.19

初めてのリスナーインタビュー

今はニッポン放送側から公式に「禁止」されているが、当時は“出待ち”が黙認されており、『ラブレターズのANN0』でも出待ちに来ていたリスナーとのエピソードがよく話題に上がっていた。最終回の出待ちは『ANN』の歴史においても大きなイベントとして位置づけられていて、この番組も例外ではなく、当時の自分のつぶやきによると、70~90人ほどのリスナーが集まった。

放送終了後、土曜日の朝5時半から行われたのがパーソナリティ、スタッフ、リスナーが集まった打ち上げである。あくまでも“別々に店に集まった”というテイではあるが、番組内で“公式打ち上げ会場”と呼ばれていた24時間営業の居酒屋には40人ほどのリスナーが集結。

ラブレターズやスタッフが店内中央の席に座り、それを取り囲むように、リスナーたちがいくつかのテーブルに分かれて、打ち上げが始まった。私もひとりのリスナーとしてこの場に潜入していた。

私の人生において、これが初めてちゃんとラジオリスナーと話した体験だったかもしれない。同じ番組を聴いていたという共通点こそあれど、それぞれ初対面の人たちがほとんど。それでも、偶然同じ席になったリスナーたちとラジオトークに花が咲いた。私は市場調査をしようと、ここぞとばかりにさまざまな質問をした記憶がある。

印象に残っているのが、参加した多くのリスナーが私の作ったムック本『お笑いラジオの時間』(綜合図書)を持っていたことだ。ラブレターズやその日の『ANN』1部を担当していたアルコ&ピースにサインを入れてもらっているリスナーも多く、うれしそうに見せてくれた。

「全部文字にしてかたちに残したい」と思った朝9時半の居酒屋

本を製作していくにつれ、読者というのは漠然とした存在になっていく。感覚のズレも生まれやすく、えてして実態を掴めなくなる。しかし、この打ち上げには、熱量を持った読者が多数参加していた。

ここまでたくさんの読者を目の当たりにした経験は初めてで、私は言いようのない感動を覚えた。ここにいる大部分の人が自分の作った本を読んでいて、おもしろかったと思ってくれている。そう考えて、ひとり泣きそうになっていた。

打ち上げは結局朝9時半までつづいた。ハガキ職人の自己紹介や作家さんによる投稿指南などを挟み、後半になると、ラブレターズやスタッフさんたちがそれぞれのテーブルを回ってくださり、土曜日の早朝とは思えない異様な熱量が居酒屋の中に充満していた。どのテーブルでもパーソナリティ、スタッフ、リスナーが垣根を越えて、笑顔で語り合っている。

ほろ酔い加減でそんな風景を眺めながら、私は「すべてのテーブルにICレコーダーを置いて、全部文字にしてかたちに残したいなあ」と妄想していたのを覚えている。最後は全員で記念撮影をしてお開きになったが、私は「このまま夜まで打ち上げがつづけばいいのに」なんて考えていた。

もう8年も前のことなのに、私の中ではいまだに強烈な印象が残っている。このときに感じた思いが、ラジオに関する本を作る上での基本姿勢につながっているような気がする。忘れられないと同時に、忘れちゃいけないと思っている。

8年間の活動が詰まった『いつものラジオ』

たくさんの読者を前にした感動。そして、実際にその場で知り合ったリスナーとの間に生まれた交流。それが長い年月を経て、巡り巡ってかたちになったのが、今回の『いつものラジオ リスナーに聞いた16の話』である。取材した方の大部分は、あの有楽町の居酒屋から始まった縁からつながって、お会いした方々だ。だから、今回の本は「自分の知り合いを読者に紹介する」ような気恥ずかしさがある。

この8年間で、100人近くのリスナーから話を聞いてきたが、その中からラジオ業界に飛び込み、放送作家やディレクターとして活躍する人も出てきた。確認していないが、反対にラジオを一切聴かなくなっている人もいるかもしれない。友達に近い距離感になった人もいれば、取材時に1回会っただけの人もいる。

本というかたちになるまで、一切収入にはつながらなかった時間と手間のかかる贅沢な趣味なのだけれど、今後もさまざまな立場のリスナーに話を聞いていきたい。ただ、“ライフワーク”と言われると、「そんな大したもんじゃない」と言いたくなる。そんなかっこいい、深い意味があるわけじゃなく、ただ単におもしろいだけ。私がラジオを通して人と関わるのが好きなだけなのである。

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村上謙三久_新プロフィール

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村上謙三久

(むらかみ・けんさく)編集者、ライター。1978年生まれ。プロレス、ラジオ関連を中心に活動。『声優ラジオの時間』『お笑いラジオの時間』(綜合図書)の編集長を務め、著書に『深夜のラジオっ子』(筑摩書房)、『声優ラジオ“愛”史 声優とラジオの50年』(辰巳出版)、『いつものラジオ リスナーに聞いた16の..

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