宇多田ヒカルの孤独とアウトサイダーな感覚。「怖くてもただ正直でいる」強さとは

2022.6.17

文=TAN 編集=菅原史稀


1998年(平成10年)12月9日に発売された、宇多田ヒカルのデビューシングル収録曲「time will tell」。本稿では、31歳の会社員TAN(LGBTQ+に関するコンテンツを作るチーム「やる気あり美」の一員、セクシュアリティはゲイ ※プロフィールより)が、この名曲と宇多田ヒカルから学んだことを紹介する。


音楽を聴きながら、考えたこと

初めまして、TANです。今回、こちらへ寄稿するにあたり「音楽」というお題をいただいたのですが、自分には専門的なバックグラウンドがなく、どんなことを書けばいいのか悩んでいました。そんなときに「音楽を聴きながら考えたことを書くのはどうか」というアドバイスをもらって「それなら書けるかもしれない」と思い、チャレンジをしてみることにしました。

ここでは、大事なことを考えるきっかけとなった一曲として宇多田ヒカル「time will tell」を紹介しながら、宇多田ヒカル自身の魅力について書いていきます。

「time will tell」のワンフレーズに、思わず大反省

先日、親しい友人に悩みを相談されました。友人の職場には問題があり、彼はそのことで大変な思いをしていました。

最初は彼の話をうんうんとうなずきながら聞いていましたが、だんだんと感情的になる彼を前に「でも愚痴を言っても問題は解決しないよ」と、合理的な意見を装った心ない言葉をかけそうになりました。それを口に出すことはなかったけれど、うまく話を聞けずにモヤモヤしてしまったのです。

そのときに頭に浮かんだのが、宇多田ヒカル「time will tell」のこんなフレーズでした。

1998年にリリースされた、宇多田ヒカルのデビューシングル『Automatic/time will tell』収録曲

泣いたって

何も変わらないって言われるけど

誰だって

そんなつもりで泣くんじゃないよね

宇多田ヒカル「time will tell」より

ああ、彼の話を聞いていたときの自分が理解していなかったことは、これだったんだなと思いました。

みんなが問題を解決するために、人に相談をするわけではない。たとえ問題は解決はしないままでも、涙を流したり、人に話すことで、気持ちは楽になることがあるのだ。

相談をすることが苦手な僕は「話を聞いてもらう効用」を実感できずに、軽視をして、泣いている人を前にして「泣いても何も変わらないよ」と言いかけてしまった。問題を解決することのほうが大事だと、合理的なフリまでして。実際は求められてもない解決策を押しつけただけでした。大反省です。


宇多田ヒカルの「パーソナル」な言葉

多くの同年代の人と同じように、僕の人生にはいつも宇多田ヒカルの音楽がありました。

姉と「Automatic」のMVをまねした7歳。『キングダム ハーツ』で流れる「光」に涙した11歳。気になる人とカラオケで「One Night Magic」を歌った22歳。コロナ禍、「BADモード」に癒やされた31歳。

どの曲もたくさんの人に愛される大衆性がある一方で、聴いているうちに宇多田ヒカルの日記を読んでいるような、パーソナルなものに触れた気分にもさせます。それは宇多田ヒカルが歌詞の中に、自分の置かれた状況や考えを散りばめているからかもしれません。

今回、自分の傲慢さを「time will tell」に気づかされたように、宇多田ヒカルの「個人的な言葉」を「自分のこと」として理解できる瞬間が、この先にもあるのだと思います。未熟さを突きつけられることもあれば、よい変化を感じることもあるのかもしれません。いずれにしても、この先も宇多田ヒカルの音楽が共にあることが、心強くてうれしいです。

宇多田ヒカルが「ノンバイナリー」を公言したことの意味

そんな宇多田ヒカルは昨年、(ある意味)一番個人的なことを公にしました。自分がノンバイナリーであることのカミングアウトです。


※「ノンバイナリー」とは、「男・女」「彼・彼女」「男性・女性」のようなバイナリーのどちらか一方にとらわれないすべてのジェンダー・アイデンティティを指しています。(出典:エリス・ヤング著、上田勢子訳『ノンバイナリーがわかる本――heでもsheでもない、theyたちのこと』明石書店 P25より)

本人はこのカミングアウトについて、LGBTQ+の現状を踏まえてこんなふうに語っています。

「私ができることをやろう」という気持ちは大きくなっていました。それでも、オフィシャルにカミングアウトをするのは怖かったです。私はカミングアウトをして、仕事をクビになったり、家族のサポートを失う心配をする必要はありませんでした。友達も家族も今までどおりに接してくれるとわかっていました。でも、それでも怖かったんです。私が失う恐れがあることは、知らない誰かが私に持つかもしれないパブリックイメージくらいでした。けどそんなのはどうでもいいこと。私が公表することで、よい影響があるかもしれないし。結局のところ私はただ正直でいるだけ。それの何が悪いのだろうと思いました。

Billboard「Hikaru Utada Returns, With ‘BAD Mode’ & A Better Sense of Self」より(筆者による日本語訳)

同記事にもあるとおり、宇多田ヒカルの孤独やアウトサイダーな感覚は長い間クィアな人たちを惹きつけ、宇多田ヒカルはLGBTQ+のコミュニティから支持されてきました。そんなファンにとって、この葛藤の末のカミングアウトはどれだけ大きな意味を持つことでしょう。僕はこの勇気ある個人的な告白が、宇多田ヒカルの言葉と同じように、やがていろいろな人の一部となり、社会に変化を起こす種になると信じています。

洗面器の中で皿を洗うショーも最高!新宿二丁目『宇多田ナイト』

東京のクィアな人たちが集まる街、新宿二丁目では定期的に『宇多田ナイト』が開催されています。このパーティでは、宇多田ヒカルの曲で一晩中踊り倒したり、宇多田ヒカルにまつわるドラァグ・ショーが行われます。

僕が遊びに行った回では、ドラァグ・クイーンの方が「光」に合わせてひたすら洗面器の中で皿を洗うパフォーマンスをしていました。これが本当に最高で、今でも元気がないときは、その動画を観て笑顔を取り戻しています。

2002年にリリースされた、宇多田ヒカル10枚目のシングル『光』MV

コロナが原因で長らく参加できていない『宇多田ナイト』ですが、次に参加したときはきっと、カミングアウトに勇気をもらった皆と一緒に、大声で歌ったり全力で踊ったりしながら宇多田ヒカルへのリスペクトを表したいと思います。

東京のクィアコミュニティの一員より、大きな愛を込めて!

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TAN

(たん)1991年生まれの会社員。セクシュアリティはゲイ、LGBTQ+に関するコンテンツを作るチーム「やる気あり美」の一員。キンパが好き。