男にとって最大の弱み?俺たちは「母親」について語ることができるのか(清田隆之)

2021.6.18


「許せない」より「知りたい」が勝ってしまう絶望感の正体

「母に対する恐怖心やアレルギーは正直今でもあって、忘れようにもなかなか忘れられませんよね。中高生くらいがピークだったと思いますが、そのころ、母親が乳ガンになって入院した時期がありました。母が家にいることがとにかく恐怖だったので、ちょっとほっとした気分になったんです」

『姿』を書こうと思った背景をたずねると、池田さんはこんな風に語り始めた。病院には母親の同僚や部下がよくお見舞いにきていて、その話を聞いていると、職場での母は気さくで仕事熱心でみなからの信頼も厚い人であることが感じ取れたという。また公務員の仕事には特有の事情があり、それが本当にしんどいということも伝わってきたそうだ。

「それで、自分が恐怖に感じていた裏側で母に何があったのか、なぜか知りたくなったんです。おそらく入院によって距離を取れるようになり、少し余裕ができたことも大きかったと思います。ちょうど古い写真を整理することがありまして、若かりし日の両親が水着姿で肩を組んでいる写真などが出てきたんですね。当時僕はドラえもんのタイムマシンとか、時空を飛び越える系のアニメに影響されていた部分もあり、このときの両親と話せたらどれだけいいんだろう……なんて考えていました。そういう思いも背景にあるかもしれません」

客席数に制限がかかったコロナ禍でありながら1500人以上を動員

許せない気持ちはありつつも、それ以上に「知りたい」が勝ってしまう──。思えばこれは『弟兄』の執筆動機とも共通している。日常的に暴力を受け、死んだザリガニまで食べさせられたにも関わらず、池田さんは20歳のときに偶然いじめっ子と再会し、「みんな当時のことをどう思ってるんだろう」と興味を抱く。そして電話をかけたり一緒に飲みに行ったりして話を聞き、なんと実名の使用許可まで取りつけて『弟兄』を上演した(参考:加害者に許可を取り、いじめ被害を“ほぼ実名”で演劇化──「ゆうめい」池田亮)。

そんな道のりを思うと、母親の過去を掘り下げようと考えたのはむしろ池田さんらしいのかもしれない。

「母との思い出はほとんどが恐怖で占められていますが、ごくたまに優しいときがあって、そこで喜びを感じている自分がいました。仕事のこととか、母の背景がわかればまた優しくしてくれるんじゃないかと期待していた部分もあって、そんな自分が気持ち悪っ!て(笑)。それに決着をつけたかったというのも大きかったように思います」

 俺を殴って叩いて抓(つね)って、あんたが今まで俺に「こうなってほしい」ってことをずっとしてきたから、俺もあんたに「こうなってほしい」ってことを返してんだよ!!

ゆうめい『姿』より

このような激しいセリフもたくさんある。しかしそこには、単に恨みつらみをぶちまけるというより、「こういうことをされて自分はこう感じました」というものを親に見せることでコミュニケーションを図りたいという意図があるようだ。

「いじめっ子たちに『弟兄』を見せたときもそういう感覚でした。もちろん最初は気持ち優先で戯曲を書くんですが、相手の意見なんかも取り入れるうちに段々と作品優先の発想になってしまう。今回も両親といろいろ話し合って作りました。そういうときの母は仕事モードで話がとてもわかりやすく、演劇経験もあるので出してくるアイデアもおもしろかったりする。お互い話しづらい内容を題材にしているのに、作品を磨きあげるべく、なぜかふたりで客観的に意見を出し合っている……なんだか不思議な体験でした」

私も植本さん同様、母の過去を掘り下げてみたいという気にはまだまだなれないし、ましてやインタビューや話し合いを通じて一緒に何かを作っていくなど想像すらできない。でも、そういうタフでセンシティブなコミュニケーションを積み上げてきたからこその迫力が『姿』には間違いなくあり、最後のシーンでは号泣してしまったし、こういったクリエイションに憧れの気持ちも正直ある。はたして私にも、母とこのようなコミュニケーションを取れる日がくるのだろうか──。

『姿』の劇場公演は終わってしまったが、6月15日(火)からアーカイブ配信が始まったところで、21日(月)21時半まで視聴が可能だ。そして今年12月には、さまざまな母たちの生い立ちをさらに深掘りしていく新作公演『娘』がザ・スズナリ(下北沢)で予定されている。親子関係を見つめ直すきっかけにもなる作品なので、アーカイブ視聴&観劇をぜひオススメしたい。

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  • ゆうめい『姿』

    ゆうめい『姿』アーカイブ配信

    【本編に加え、アフタートークも収録】
    作・演出の池田亮と、本作に出演しており、池田の実の父である五島ケンノ介、高野ゆらこ、さらに池田の兄である春日部組・いけちゃんをゲストに迎え、本作のモデルとなった親と子、劇と現実の違いについて、トークを行いました。2019年、三鷹市芸術文化センター星のホールにて上演し、今年5月、東京芸術劇場シアターイーストにて再演を果たした、ゆうめい『姿』。再演、且つ客席数に制限がかかったコロナ禍でありながら、1,500人以上を動員した。

    配信期間:2021年6月15日(火)~2021年6月21日(月)

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清田隆之

(きよた・たかゆき)1980年東京都生まれ。文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。 『cakes』『すばる』『現代思想』など幅広いメディアに寄稿するほか、朝日新聞..