バター50gの衝撃! 「カレー+日本のおかず」という新機軸
1章で作ったものを、以下いくつかまとめて紹介したい。
「魔性のレモンバターチキンマサラ」は、材料の欄を見て、正直作るのを躊躇した。40歳を過ぎて、気を抜くと一瞬で腹回りがヤバくなる今、2人前で50g(!)という大量のバターを使うのはいかがなものか、と。枝元なほみと多賀正子による、世の健康志向に中指を立てまくった高カロリー上等の奇書『禁断のレシピ』(NHK出版)を思い出しつつ震え上がったが、焼き鳥の大好きな部位のひとつであるせせり肉を使っていることと、怖いもの見たさの好奇心に背中を押されてキッチンに立った。
バターの海に肉が浮かんでいる……。が、これがまあ旨い。背徳の味である。でも、ヨーグルトとレモンの酸味が効いているため、こってりのはずが印象は爽やか。これはいけない。しかも凄まじくご飯泥棒な味わいで、かっこむ手が止まらない。危険過ぎる……また作る。
「チキンラッサム」は、南インド料理でおなじみの、スパイスと酸味を効かせたトマトスープ「ラッサム」をアレンジしたもの。通常ラッサムには刻んだ玉ねぎとパクチーが入っているくらいで、具らしい具はないが、これは鶏もも肉を入れて食べ応えのあるものになっている。
カレー、スープ、おかず、ライスを盛り合わせた南インド料理の定食「ミールス」は、それぞれがひとつのプレート上で混ざり合い、渾然一体になった複雑な旨味こそが醍醐味だ。あれを食べていると、時にラッサムとチキンカレーを一緒に食べているような状態になることがある。あるとき「ならいっそ、ラッサムに鶏肉が入っててもいいんじゃないか?」と考えたことがあったことを食べながら思い出した。「どうせ混ざるなら、最初から混ざっていても一緒」と著者が考えたかどうかはわからないが、個人的には非常に理にかなった料理だと感じた。
「小海老のジャルフレジ」は、加える水分がトマトの水煮缶のみのマット系カレー。ボイルむきエビを使用することで、調理時間を短縮しているのが特徴だ。ちなみに、本書内で使用するトマトの水煮缶は、カットトマトではなく「あらごし」という裏ごしされたものが指定されている。これも、煮崩す時間を短縮するための選択だろう。また、本来は別のフライパンで行うテンパリング(ホールスパイスを油で熱して香りを移す、南インド料理でおなじみの工程。具材を炒める前に行ったり、完成した料理に最後にかけたりする)を、フライパンの隅っこで、他の材料を避けながら同時にやってしまう手抜き術(時短術)は、他のカレーにも簡単に取り入れられそうなのでぜひ覚えておきたい。
そして、今回の新機軸のひとつに、カレーと日本のおかずを融合したレシピがある。たとえば、「豚バラと里芋の和だしカレー」は、煮込み段階でだしパックを入れることで、(じゃがいもじゃなくて冷凍里芋だが)どこか肉じゃがを思わせる味わいに。筆者は、たまたま冷蔵庫に常備していた「千代の一番」(鰹節、鯖節、昆布、椎茸がメイン)を使ったが、パックの中身次第で味わいが変わっておもしろそうだ。余談だが、「千代の一番」には塩が入っていたからか、ちょっとしょっぱめの仕上がりになった。そのへんはだしパックの種類によって加減が必要かもしれない。
「インドカレーなんて簡単です」に偽りなし
時短という視点からほかに注目すべきは、電子レンジを使用したレシピだろう(2章「レンチンカレー&ライスとビリヤニ」)。
カレーの場合は、丼か耐熱ボウルに材料を入れて混ぜ、ラップをして電子レンジにかけるだけ。ものによっては、一部の材料を加熱の途中で追加する工程が加わるが、それでも簡単であることに変わりはない。
前作でも白眉の出来だった鯖缶を使ったカレーが、本書ではレンチンバージョン「帰ってきた鯖缶カレー」としてカムバック。作り方こそ簡略化されているが、味わいは負けず劣らずの出来栄えだ。
南インド料理ではおなじみの長粒米バスマティライスも、パスタのように茹でて湯を切って蒸す、いわゆる湯取り炊きをせずとも、ジップロックコンテナを使ってレンジで炊けてしまう。ポイントは、最初にしっかりと米に浸水させること。あとはレンジで加熱し放置する(蒸す)だけで、ふわっとパラパラなバスマティライスの完成だ。これならカレーを作っている間に簡単にできてしまうので、米にまでこだわるハードルもかなり下がるはずだ。
また、前作ではエリックサウス監修のレトルトカレーを使い、レンジで作る驚きの簡単ビリヤニのレシピが掲載されていたが、本作では、そうした省略なしのビリヤニをレンジで実現してしまっているから驚いた。バスマティライスを炊くときとの違いは、米の下に鶏肉や玉ねぎ、スパイスなどの具材を混ぜ合わせたものを敷くこと。拍子抜けするくらいに簡単&おいしくできてしまうので、「ビリヤニは専門店じゃないと食べられないもの」という思い込みが強い人ほど、ぜひチャレンジして驚いてみてほしい。本の冒頭で、見得を切るかの如く宣言されていた「インドカレーなんて簡単です」のひと言が、強い実感を伴って思い出される。
レンジ料理というと、時にパサパサしていたり、簡単でおいしいけど正直火を使ったものには若干劣ると感じることもままあるが、ここで紹介されるレシピに関しては、そうした物足りなさは皆無だった。ただ機械的にレンジで加熱をするのではなく、最初は600〜700Wで、途中から200W(解凍モード)で——といった具合に、まるで火加減を変えるかのような細やかな調整を施すことで、時短料理が時に陥る「時間と味のトレードオフ」を回避する。
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