「大切なことに合わせて生きる」を選ぶ人生。乗代雄介著『旅する練習』(僕のマリ)

2021.3.15
旅する練習

文=僕のマリ


匿名での執筆活動をはじめてから2年が過ぎた。幸運にも、こうやって雑誌で文章を書いたり、連載持ったりしている。

よく、なぜこの活動を家族に隠しているのか問われる。胸を張っていいと言われるが、わたしはまだ作家ではないから、その気にはなれない。定職にも就かず、東京でひとり暮らしているわたしを、両親は内心情けなく思っているだろう。歳を重ねる度に結婚や出産を期待されていて、それが悔しくて仕方ない。

わたしには「何にもない」と思われているのだろう。

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.154に掲載のコラムを転載したものです。

母の懺悔

乗代雄介『旅する練習』

昔から、兄たちを超えたくてもがいてきた。優秀な彼らはいつもほめられていた。末っ子のわたしは、共働きで忙しい両親にとにかく自分を見てほしくて、勉強もスポーツも頑張った。それでも兄たちにかなうはずはなくって、コンプレックスを抱えながら大人になった。現在、結婚して子供も授かった彼らは、わたしからすればもっとずっと遠いところにいる。

乗代雄介著『旅する練習』では、サッカーが得意な少女・亜美と、小説家の叔父である私が、千葉の我孫子から鹿島まで歩く風変わりな旅に出る。「サッカーの練習をしながら宿題の日記を書く」亜美のかたわらで、ひたすら風景を描写する私は、旅の途中でみどりさんという心優しい女性と出会い、行動をともにすることになった。「私には何もない」と嘆くみどりさんだったが、この旅を通じて自分の生きる道を見いだす。

2年前、母が義姉にこう言った。

「この子ね、親の贔屓目なしで、いろんなことに対して才能があったんよ。特に表現することが上手で。三兄弟で一番抜きん出てたのがこの子。でもね、わたしたち夫婦は普通じゃないことが怖かった。どうにか普通に育てたくて、この子の可能性をねじ曲げるような育て方をした。そんなことせずにのびのび育ててたら、今頃大物なってたんじゃないかって、今でも思うんよ」。

母の懺悔のような言葉はわたしの心の奥深くに刺さり、涙になって流れた。

本作を読んでいたら急にこのときのことが蘇って、わたしは切なさで身が持たない。大物になんてなれないよと苦笑しつつも、もっとたくさん文章を書いてプロになりたい気持ちが勝る。

両親が願っていた生き方はできないと思っていたが、わたしの可能性を誰よりも早く信じていたのは紛れもなく両親だった。わたしはみどりさんが決意したように「大切なことに合わせて生きる」人生を選んで加速している。

この選択に迷いはない。だからなにも後悔しないでいいと言ってあげたい。わたしは自分の生き方を、ちゃんと見つけたのだ。

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