現代のラップ・スターの本質を“知った気にならない”ために
30代も半ばを過ぎて、東京で何不自由せぬ生活をしていると、まだ将来有望な若者が、なぜ簡単に犯罪に手を染めてしまうのか、なぜ得体の知れないドラッグにハマってしまうのか、なぜ愛する人を守ろうとせずに危害を加えるような行動に出てしまうのか、なかなか理解しづらいことがある。特にそれが遠く離れたアメリカの端っこに生きる若者のことであればなおさらだ。
しかし、本書ではテンタシオンの両親のことや彼の細かな一挙手一投足までが論じられ、その大胆な訳文の文体と共に、彼の楽曲を通して伝わってくるのとは全く別のかたちでテンタシオンの人となりが頭の中に入ってくる。彼は、インターネットで生まれ、インターネットによって殺された。センセーショナルに時代を飾ったスターとしてはこれ以上にないほどの幕の引き方であった。
彼が「SAD!」や「Fuck Love」、そして「Jocelyn Flores」といった楽曲で訴えたかったメッセージとは何であったのか。
本書を通じて今更ながら、私はそれらをただ“知った気になっていただけ”であったことに気づかされた。確かにテンタシオンやコダック・ブラックといった、問題を抱えた若いミュージシャンのことを「問題児であり、理解できない」と一蹴することは簡単だ。もしくは、そうしたミュージシャンが作り出す内省的な楽曲のことをまとめて「エモ・ラップ」とか「メロディアス・ラップ」とラベルを貼って括ってしまうことも、また簡単である。
しかし、本書を読み進めていくうちに、彼ら、そして彼らの作品を必要とする若いリスナーたちにとって救済とは何なのか、ということも考えられずにはいられなかった。 刹那的で鋭い彼らの作品を、SNS時代の賜物としてただ消費するだけでいいのか。彼らの作品の背景にある本質的な問題にも、同じくらいの注意を向けなければならないようにも感じる。
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『ぜんぶ間違ってやれ──XXXテンタシオン・アゲインスト・ザ・ワールド』
ジャレット・コベック著/浅倉卓弥 訳
定価:2,300円(税別)
出版年月日:2020年11月25日
ページ数:224ページ関連リンク
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