遅く起きた日曜日に、ちょっとそこまでの気分で海を渡る(スズキナオ)

2021.1.3


この短い、しかし大事な時間

2杯飲んだところで「淡路島ハイボール」をあとにする。すぐ近くに松本康治さんが惚れ込んだ「扇湯」がある。外壁の上部は水色に塗られていて、なんだか夢の中に出てくる建物みたいだ。

銭湯ファンの間では“遺産”と呼ばれるという「扇湯」

商店街から折れて石段を登った先には「観音寺」というお寺がある。高台にあるので眺望が一気に開ける。

岩屋の町と海を見下ろすように建つ「観音寺」
境内からこの風景を見ながら地元の方がお酒を飲んでいることもあるらしい

再び商店街に戻る。創業102年の老舗日用品店「西海商店」もこの12月末で閉業されるという。

また商店街が寂しくなる
閉店セール中とのことで商品はどれも大特価

600円のアルミ鍋と60円の豆腐すくいを買ったらお茶碗をひとつサービスしてくれた。

なんとかわいいお茶碗

明石海峡大橋のたもとにある「道の駅あわじ」まで歩いてみることにした。

フェリーでくぐった明石海峡大橋のつけ根に道の駅がある

売店で缶ビールを買い、明石の商店街で調達した「たこ飯」を突っつく。人の姿もほとんどなく、静かな時間が流れる。

たこ飯の派手過ぎない旨みが今の気分にぴったりだと思った

道の駅のすぐそばにあるホテル「淡海荘」では一人800円で日帰り入浴を受け付けていて、露天風呂から真っ正面に海を眺めることができる。

海の目の前に建つ「淡海荘」

ひとっ風呂浴びていくことにする。タイミングがよかったのか、浴場は貸し切り状態。湯舟に浸かって少し体を温めては外に出て海風に吹かれ、それを繰り返す。

自分が乗ってきたフェリーが明石に向かっていくのが見えた

日が落ちてあっという間に真っ暗に。ポカポカと温まった体で夜の岩屋商店街を引き返す。「淡路島ハイボール」はいよいよ最後の時間が迫り、ひと際賑やかなムードだ。

この光景を見ることももうないのだな

フェリー乗り場の「岩屋ポートターミナル」に戻ってきた。静かに次の便を待つ人々がいる。

昼間と打って変わって静かなフェリー乗り場

だいぶ長い時間が過ぎたように感じる。実際は島に辿り着いてから5時間も経っていないのだが、なんだかすっかり寂しい気持ちだ。

夜の海を無言で見つめるひととき

行きと同じく13分で明石港に着いてしまう。この短い、しかし大事な時間、海を渡って島へ行き、再び海を越えて戻ってくるというこの行為が、自分に必要な儀式のように思えてくる。

次はいつ来られるだろうか

明石に着いてしまえばあとはまっすぐに駅を目指し、快速電車に乗って帰っていくだけだ。電車に乗った途端、さっきまで洋上にいたことがまるで嘘みたいに思えるのも毎度のことだが、それが幻じゃなかったことを示すように、私は島で採れた野菜がたくさん詰まったリュックを背負い、片手にはアルミ鍋の入ったビニール袋を提げている。

■スズキナオ「遅く起きた日曜日に」は毎月第1日曜日に更新予定です。


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  • スズキナオ『関西酒場のろのろ日記』

    本体1800円(税別)/232頁/四六判
    ISBN 978-4-909483-72-0 C0095
    発売日:2020年9月30日/発行:Pヴァイン
    『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』の大ヒットで注目を集めるライターのスズキナオ。東京で生まれ育ち、数年前に大阪に転居。それまで馴染みのなかった関西の地と、酒場や酒を通じて出会ってゆく様子を滋味とペーソスあふれる文章で綴ります。
    登場する酒場:中津「いこい」「はなび」、天満「但馬屋」、西九条「玉や」「金生」、「風の広場」「大阪城公園」、淀屋橋「江戸幸」ほか多数

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  • スズキナオ『酒ともやしと横になる私』

    本体1300円(税別)/208頁/三五判変型
    ISBN 978-4-909004-77-2 C0095
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    「チミドロくん、元い、スズキナオさんはもしかして偉人の類いなんじゃないかと思って来てる今日この頃です」……キセル 辻村豪文(音楽家)
    「心底どうでもいい話を読まされてるなと思ってたら、それが宇宙の真理に直結していたりする。ナオさんの頭の中って、本当どうなってんだろ」……パリッコ(酒場ライター)
    「自分をダメだなって思ってるみんな! ここにも仲間がいたぞ! でも何か違うんだ。やっぱナオさんは面白いわ!」……ビロくん(友達)

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スズキナオ

大阪在住のフリーライター。「デイリーポータルZ」「メシ通」等のWEBメディアで記事を書いている。酒とラーメンが好き。パリッコとの飲酒ユニット「酒の穴」としても活動中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)など。

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