シカトを受けたトラウマは今も消えない
それでもYouTubeを始めたとき、YouTuberの中に僕は友達がいませんでした。僕は機械やゲームにめっぽう弱く、当時みんながイベントの楽屋でスマブラやスマホアプリでコミュニケーションを取る中僕はひとりでお弁当を食べていました。数年経った今、逆に「ゲーム知らない人」「機械の触り方わからない人」としてここに残っていられたのは、まわりのみんなが共通の話題がなくても輪に入れてくれたのが大きいと思います。
どこか青春な雰囲気を感じますね。そして僕は友達について書くにあたってひとつ明かしたい過去があります。
実は、僕は友達という存在にはトラウマがあります。中学生のとき、まわりに友達がいなくなったことがあるからです。「シカト」的な行為を受けた経験がある人全員が感じることだと思いますが、このトラウマはなかなか消えません。もう12年前だけど、そのときのことが今の自分に影響を及ぼしていないと言ったら嘘になります。
しかし得たものは多いです。人はいかにまわりとのコミニケーションの中で自分というアイデンティティを確立していくのか、いかにまわりからの見え方を気にしているかを学びました。
そして僕はもうひとつ気づいたことがあります。僕はそんな状況でもまだ目立ちたかったです。リーダーシップを取りたかったです。
殻にこもりたくなるような出来事でしたが、だからもっとまわりを見て、まわりのよさを引き出してみんなが楽しい空間を作れるようになろうと思いました。今の僕にそんなことができているのか定かではありませんが、自信がなくなった僕にとっては少なくともいろんな機会に恵まれて、客観視してほかの人のよさを引き出す能力に自信がつきました。
ネットの世界でつながることのリスクと希望
中学3年生のときのあの思い出が、今まわりの人と少しでも楽しい時間を過ごせるための教訓になっていたらと思います。そして自分の経験や仕事から考えると、現代社会において「友達」の定義が変化していると感じました。SNSのフォロワーも友達と言っていいのではないかと僕は思います。
SNSで出会い、実際に会って話したりするケースもあると思いますが、そもそもSNS上の付き合いだけでも友達という表現には当てはまる時代になってきています。直接会話するわけでなくとも、お互いにその人に聞こえるところで発言しているわけですから。
今の小学生は公園で待ち合わせをせずに家に帰ってゲームの中で待ち合わせをするそうですね。もはやゲームの中でもかなりの濃度で人とつながれるようになってきたのはとてもいいことだと思います。今まで以上に人とのつながりの多様性があり、各々を形成する人としての経験や学びの幅が広がるということです。
しかしこの文化はまだ若く、決まりがあったり先生がいたりするわけではありません。人の目の前で悪口を言ったら先生に怒られるし、陰口は言うなと親に厳しく教えられましたが、ネットで匿名で使ってはいけない言葉で人を過度に傷つけることへの倫理的な指導がまだまだ足りません。
まだ整備されていく途中ではありますが、「会って話しているのと同じ」倫理観や道徳観が求められるし、その先には僕らが小さかったころには想像もできなかった友達を作りやすい時代が待っているのではないかと思います。YouTuber同士だって最初はお互いの動画を観たことがきっかけで仲良くなっているわけですしね。
『クイック・ジャパン』vol.153では「特集:水溜りボンド 二人三脚の旅の途中で」と題し、「毎日投稿」を終了するふたりへのロングインタビューを実施。さらに動画撮影現場への密着レポート、関係者からのコメント、トミーとカンタが選ぶ「2020年ベスト動画」などの豪華企画を掲載している。
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