この水を持ち帰り、焼酎を割って飲むことにしよう!
そんな話を聞いていて、私によこしまな気持ちが芽生えた。「あとで喉が乾いたら飲もう」と、なんの気なしに汲んだ水だったが、「いや、この水を持ち帰り、焼酎を割って飲むことにしよう!」と決めた。山から汲んできた水で割って飲むお酒なんて絶対においしいに決まっているではないか。井伊さんの話を聞いた今となってはなおさらのことである。
ペットボトルの蓋を改めてきつく締め、私は歩きつづけた。井伊さんと「えっちゃん」の店主とが「万里の長城」と呼んでいるという手すりを見せてもらった。
この長くつづく手すりも、店主が地道に作り上げたものだ。井伊さんが手伝った一部分をのぞいてはたったひとりで作りつづけたものだという。そう聞いてもなお、これがほぼひとりの力で作られたものだとは信じられないほどの距離に渡って、手すりは延々とつづく。
自分に合う水に出会った井伊さんが「えっちゃん」店主と知り合ったのはこの「万里の長城」のおかげなのだとか。ここを歩き、「誰がこんなすごいもの作ったんだろう」と思っていた井伊さん。ある日、向こうから歩いてくる店主の顔を見て「あ、この人だ」と不思議とすぐにわかったんだと語る。
「えー!そんなことがパッとわかるものなんですか!」と私が驚くと、井伊さんは手すりの断面を指し示し、「なんとなく丸太の切り口に似てたんです」と言う。
そんな話も、こうして山を歩いているとすーっと自分の中に入ってくるように思える。実際、山で出会った店主はまるで仙人のようにも見えたし、それぐらいの神通力は持っていそうだ。
山を下りた私は、早速(いや、正確には帰りに立ち飲み屋に寄ったあとでだったが)山の水で焼酎を割ってみることにした。この水のために今日はずいぶんがんばったぞ。これはそんじょそこらの水ではない。「がんばり水」と名付けよう。
まずは「がんばり水」だけをひと口飲んでみる。うまい。家の浄水器の水を飲む。まあ……これもうまい。しかし、「がんばり水」のほうがまろやかで、それでいながら味の輪郭がはっきりしているように思える。
そこにキンミヤ焼酎を少し足してみる。水の中に焼酎が溶けていく時、ゆらーっとグラスの中に広がっていく様が美しくて、いつも見惚れてしまう。飲んでみると、いつも以上に飲み口が柔らかくなったような気がする。うむ、うまいな。
焼酎を少し濃い目にしてみようとか、今度はあえて薄めで試してみようとか、そんなことをしているうちに「がんばり水」はあっという間になくなってしまった。あっという間だ。
今度は1リットルのペットボトルを持って汲みにいきたい。2リットルぐらいいけるかな。山を登り終えた足は今日もガクガクしているが、山の水のせいかそれとも酔いのせいか、不思議とがんばれそうな気がしてくるのである。
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登場する酒場:中津「いこい」「はなび」、天満「但馬屋」、西九条「玉や」「金生」、「風の広場」「大阪城公園」、淀屋橋「江戸幸」ほか多数関連リンク
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